第47話 生徒会は文化祭の傍ら、マネージメント業をする

「おう、姐さんか。あンときの礼もまだだったな」

 あれから一週間後、高校の廊下の隅に隠れて、シュウはスマホを手にしていた。

『気にするな、キミへの借金はしかと増額したんだからね』

「暴利でも受けて立つさ。甲一号ワクチンと人化血清の量産だけじゃなく、吸血鬼のコミュニティに人化血清をサバいてくれたンだしな」

『大した仕事じゃなかったさ。日彰の弟子仲間には鬼道術治療を専門とする退魔士が居た、吸血鬼コミュニティへのコネは公安が持っていた。だから私は頭を下げるだけでよかったよ』

「他人に頭を下げたんだ、姐さんには大仕事じゃねーか」

『……キミが私をどう思っているかは後で問いつめるとして、だ』

 声音に微苦笑を滲ませて、|風鈴≪ふうりん≫が言い続けた。

『桜塚の悪名が潰れた気分はどうかな?』

「クソ面倒だ、今度は親父と俺が英雄に祭り上げられてンだからな。つか、なんで征治朗サンは洗いざらい白状したんだろーな、俺らが掻き集めた証拠を使う前だったのによ」

『アイツはね、現実には抗えないのさ。悲しいが、それが大人というものだよ』

「……征治朗サンを連行したときにでも、なんか話したンか? それとも知り合いだったの?」

『いや、今のは忘れてくれ。少女だった頃の、私の未練だ』

「あ、あー今はとりあえず聞かないでおくぜ、誰かのヘビーな昔話は胃もたれを起こすし」

『そうしてくれ。話は戻るが、ヒーローが嫌なら私が情報操作をやってやろうか?』

「もう俺の悪友がやってくれてるよ、そいつはな、SNSの真っ最中。あれこれ頑張ってバズらせてるよ。ほんで、じきにあの夜、俺はなんにもやってねぇってことになる」

『上手くいくだろうな、世間の関心は今や人化血清そのものに向かってる。そうそう先日、テレビ局を占拠して電波ジャックなんて愉快なことをやったのは、キミの発案かな?』

「おうよ、テレビの未だに高い信頼性を悪用したさ。あの人化血清の家電風味な実演販売はネットにも流した。国内外の鬼道術研究機関にも血清のサンプルを送ってもある。このまま世論は、俺らに都合良くなるだろ」

『間違いないだろうね、人化血清の成功例――彼女も世界中の人気者だ』

「……ああ、見てくれはいいからな。相変わらずよ」

『それが未練というものだよ、シュウ』

「うるせぇな。俺が知ってるアホの子は今や、人化血清の販売推進アイドルで吸血鬼種族の初のユーチューバーだ。今度、歌が出すらしいしな」

『黒河雫の|仕業≪しわざ≫か、あれは女傑だな。事務所を立ち上げた挙げ句、人化血清の利権まで押さえた。しかも囮会社を駆使し、黒河雫の名が表に出ないようにしている』

「ああ、その女の野望はもはやアメリカ大統領の頬を福沢諭吉でぺちぺち叩くことらしい……ってか、そうだよ、俺じゃなくて雫から金をせしめてくれよ。協力するからさ」

『ふむ、タフになったな。キミはだから、偽名を捨てたのかな?』

「……今更、偽物の名前やら過去で自分を守るっても、あの思い出を裏切るように思えてな」

『少年らしい感傷だな』

「や、開き直りさ。神様に送りつけられた|不運≪ジャンク≫でも俺が悪用してやる、っていうな」

『随分といい男になったな。不運も幸運も今のキミを好きにはできまい』

「……おい、まさかお姉さんぶるために連絡を?」

『半分正解だ、私からキミへの一週間遅れの誕生日プレゼントがある。受け取ってくれ』

「お、おう、なんだろうな? つか、正直怖ぇよ。姐さんが俺に優しいだなんてよ」

『なら、キミの期待にも応えよう。元吸血鬼の人権擁護団体の名簿制作、法整備に関わる政治屋の脅迫リストも順調だ。私の手間賃の試算ができたから――』

「お、おう……姐さんの悪逆非道な一手で世の中が変わンだな、よかったよかった! けどな、俺は今、延期されてた文化祭を強行してる生徒会員なんで!」


 姉貴分に言い捨てた後、シュウは生徒会室に駆け込んで。

「見て見て、あたしの小悪党っ! 今、とっても幸せっ」

 万札を扇としている雫と、万札製の紙飛行機を飛ばしている琴音を目撃した。生徒会室には、『仁義なき鬼ごっこ』やら元吸血鬼アイドルのプロモーション収益金が運び込まれている。

「楽しそうだな、悪党ども。とてもワクチン無しじゃ生きられねぇ病人とは思えねぇーよ」

「どうせワクチンなんて改良されます、シュウくんの活躍によって」

「遠回しな脅迫ありがとうな、琴音」

 と、机に突っ伏していた楓がつぶやく。

「ほ、ほんとにお願いね、シュウ君。定期投与の言い訳、そろそろお父さんにバレそうなの」

「お……おう、言い訳もワクチンも俺がどうにかしてやる」

 楓の肩を叩いていると、着信があった。

『あ、シュウ兄さん? マスコミや野次馬な人たちから逃げられた、そっちにもう少しで着くよ』

「おう、尾行のまき方がサマになってきて、兄さんは嬉しいぜ」

『うーん、他人様を騙すようなことが上手くなっていいのかなー』

「自分を騙すよかマシさ」

『……今、イラってした! なんか兄さんのそういうとこ、ひどくなったっ!』

「ま、それについては今日の後夜祭でしっかり説明するさ」

 と、通話を切って、悪友たちに言う。

「じゃ、後夜祭の花火、確認してくるなー」

「あ、あの子の歌のPV、ネットに上げてるから見てあげてー」

 という雫の声を背中で聞きながら、屋上へと向かった。

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