第48話 吸血鬼アイドルとの後夜祭
後夜祭の花火の準備のため屋上への階段を上りつつ、シュウは少し微笑んだ。手元のスマホでは彼女の新曲PVが流れていた。声が綺麗なのは知っていたが、複雑な振り付けをしっかり記憶できるとは。
ほんの少しだけ、笑ってしまう。
(どうやらアホは一回死ねば直るらしいな)
見事にアイドルユーチューバーとなった彼女だった。
ただシュウは――あの夜から、彼女と一度も会っていない。
転生前の記憶は本人も知らない方がいい。それは銀行強盗や征治朗との私闘などの犯罪行為から身を守るための手段。それは生徒会の連中を守るためにも繋がるのだ。だからこそ元吸血鬼アイドルを抱える事務所の黒幕な雫も、直接は会っていないはずだった。
それになにより、転生後の彼女はもう別人。ならば、別の人生を歩むべきだ。
(……や、嘘だな。単純に、俺が嫌なんだ。アイツじゃねーアイツと顔合わすのはなァ)
俺も女々しいなァ、と自嘲する。
けれど、許して欲しい。自分のなかにある、あの夜の記憶は特別だ。あの一夜かぎりの、おとぎ話。その主人公でいられたコトを守りたいのだ。
(あの夜のヒロインと同じ顔で声で、否定されたくはねぇーンだな、どうしても)
思うと同時に、彼女の新曲PVが途切れた。
この感傷も終わらせなければならないらしい。
屋上への扉を開け放ち、顔を上げる。
出迎えてくれたのは、少し肌寒い秋の夜風。
ささやかな星空、少し欠けた月。
そんな淡い光を夜空から連れてきたようにして、
「――、」
居るはずのない、彼女が立っていた。
(ひ、日傘……)
呼びかけそうになるのを、どうにかこらえる。
そんな理性に反して、瞳はただ彼女を写し続けている。
「……、」
屋上の手すりに肘をかけ、振り返った彼女はただただ美しかった。たった今まで自分に歌いかけていた画面の向こうの存在がやってきたみたいに、現実感がなかった。
と、その彼女がこちらに歩み出してきた。
「……、」
なぜか彼女に対抗するように、自分の足が勝手に歩き出す。思考が、まったく働かない。自分でも訳も分からず歩み寄っていく。
心に過ぎ去っていくのは、一週間前の記憶。
彼女と共に戦った貴い思い出。
それを懐かしいと、彼女と笑い合いたかったのだろう。
だから、再会へと歩みを進めて。
「……ひ、」
かすかな呼びかけを漏らす自分の隣を、
「――」
彼女は――すれ違った。
「、が…さ…」
自分にしか聞こえない彼女の名前をつぶやいて、口端を上げる。
そう、彼女は何も覚えていないのだ。
(ま……これでいいンだよな)
気づけば、足は止まっていた。慌てて、踏み出す。彼女とはなんら関係ない他人のままでいるために。生まれ変わった彼女を、それでも守るために。
けれど、歩き出せなかった。
背後から袖が引っ張られている。
「――挨拶もなし、か?」
変わらない、彼女の声がする。
だから思わず、前と変わらず軽口を叩いた。
「……お、おいおい、カツアゲみたいな絡み方だな? 最近のアイドルの流行か?」
「歌って踊るだけでは売れないのだ」
「新種だな、アイドル自身が金を調達するなンてよ」
「金がないと抜かすヤツには飛べと言えばいいらしいな」
「セコいな、小銭までかっぱぐ気かよ?」
「うん――シュウのせいだ」
背中を向け合ったまま、そこまで言って。
「悪影響を与えたみたいだな」
ニヤけつつ、彼女に向き直る。
「ううん、キミが意地悪なのはいつものことだ」
彼女は微笑んだ。その微笑はどうしようもなく、彼女のままだった。
いや、彼女は少しだけ変わったのかもしれない。
「やっと、やっと、また会えたっ!」
いきなり抱きついてきた。
「……ああ、そうだな」
口端を上げながら、シュウは彼女の肩を優しく叩いてやる。彼女も変わったのなら、自分も少しぐらい変わってもいいのだろう。
とか思っていると、彼女がまくしたててきた。
「一週間だぞ、一週間っ! それだけの時間、スピーチとか笑顔とか、歌と踊りの練習! しかも実戦な動画撮影と更新祭りを地獄みたいにさせられたのだっ! どこに訴えればよいのだっ!」
「お、訴えるだなんてやっぱ賢くなったな。だが雫に訴訟なんて通じねぇぞ、諦めろ」
「むぅ、やはり未だに人間社会は理解しづらいな。善いと言われてることが、実は悪いとか」
「ンなモンさ、俺ら人間はひ弱でな、建前で身を守るのさ」
彼女の両肩をゆっくりと押して、彼女の目を見つめる。
「――で、元吸血鬼……なにが、どうなってる?」
発生した数々の疑問を続ける。
「お前の寿命はとうに過ぎてンな? だから、お前が変わらず吸血鬼のままってコトはねぇはずだ。けど、そうすっと吸血鬼の記憶が残ってるのは矛盾する、どうなってやがる?」
彼女が小首を傾げた。
「き、奇跡? 吸血鬼の神様が、わたしと小悪党を哀れんだから?」
「おい、説明が面倒だからって、得意な夢物語で誤魔化すンじゃねーよ」
「う、うん。やはり騙せぬか……ならば説明しよう」
「おう、頑張れ」
「一言でいうと――わたしは転生に失敗したのだ」
「……ああ!? 人化血清は完璧だぜ。お前以外の吸血鬼で人間になったヤツもいるンだ」
「う、うん……わたしだけが例外らしい、人間への転生が途中で止まってしまったのだ。えっと、あ、甲一号ワクチンだ。人化血清の前に打たれたワクチンの効果で――」
「――そうかっ、あのワクチンは甲一号ウイルスの浸食を阻害しただけじゃなくて――人化血清の魂へ干渉――転生をも阻害させたのかっ!」
奪取した後に判明したことだが、甲一号ワクチンは未完成品だった。
甲一号ウイルスのために作られたはずのそれは、しかし。
他者の鬼道術による魂の干渉、その全てを阻害するのだった。しかも阻害すると言っても鬼道術ごとに阻害する程度が違うという未完成っぷりだ。
(ンな半端なモンだったからこそ、俺らを実験体にして完成させようとしてたんだったな)
と、久鬼征治朗の自白内容を思い出していると、
「あ……今、シュウが言ったような説明を、風鈴にもされた気がするぞ?」
「姐さんが? あ、そういうコトかッ! 誕生日プレゼントって、こういうサプライズかっ!」
「うん、雫も楽しそうだった」
「だよなァーっ! お前のプロモーションしてる雫が知らねぇはずはねぇよな、クソッ!」
「う、うん……その、気色悪いほどに嬉しそうなところ悪いが」
「盛大に悔しがってンだよ、俺は」
そう言い放つと、彼女は優しく穏やかに笑って。
「ねぇ、シュウ。都合の良い奇跡はね、あの夜で終わってしまったのだ」
こちらの歓喜を台無しにしてきた。
「…………悪い」
口元を引き締めて、シュウは彼女の言わんとしていることを代弁する。
「転生に失敗した……その代償があるンだな?」
「うん、察しがいいな」
「悪運には慣れてるからな」
「うん、そうだったな……聞いてくれるか?」
「おう、なんでも話やがれ」
そう促すと、彼女は哀しそうに微笑んだ。
「……わたしはね、中途半端な吸血鬼で、中途半端な人間なのだ。両眼は人のものとして光を取り戻した。再生能力は失ったが、日の光には未だ弱い」
それにね、と彼女は続けた。
「わたしは鬼道術を使えなくなってしまったのだ。あの夜のように、わたしはキミと肩を並べて戦うことがもう、叶わない」
それが、なにより寂しいと彼女は告げていた。
「……」
口端を持ち上げて、シュウは彼女の頬に手を当てた。
「なんだ、相変わらずアホだな。気にすンなよ、んなコト」
言葉遣いは粗野だったが、自分でも分かるくらいに優しい声だった。あの夜の思い出を、彼女も大事にしてくれている。それが嬉しかったせいだろう。
「むっ、そ、それは、も、もうキミの共犯者にしてくれないという、か、解雇宣言かっ!?」
なにやら勘違いした彼女が歩み去ろうとした動機を白状する。
「キミの声で聞きたくなかったぞっ! やはり見知らぬ他人のまま、逃げればよかった! 人化血清では中途半端な吸血鬼を人間にできないのだしなっ! もうキミと肩を並べて戦うことも、肩を並べて学校へ通うのも日だまりを歩くこともできないのだしなっ!」
ひとしきり叫んでから、彼女は寂しそうに目を伏せた。
「――な、日傘」
呼びかけても、うつむいたままの彼女に言ってやることにした。
「出逢ったとき、お前がしたみたいに……今度は俺がお前に夢物語を語ってやる」
思いつきをそのまま、告げてやる。
「中途半端な吸血鬼を人間にする血清をいつか、俺がお前にくれてやる」
顔を上げた彼女に、言い重ねる。
「そうだよ、お前は再生しない半端な吸血鬼らしく、もう傷つかなくていいンだ。半端な人間らしく、お前はバカみたいに歌って踊ってればいいンだ。血を流すのは、男の子な俺がやってやる。今度はそうやって離れながらも、一緒に戦えばいいんじゃねーの?」
「……戦う? わたしのためだけの、人化血清のために?」
「おう、甲一号ワクチンの欠陥改良のついでにな。ああ、そうさ、親父の業績を超えねぇとさ、俺、死んだ後で小馬鹿にされるしな」
頬を赤くしながら、彼女は言った。
「つ、つまり、わ、わたしはこれからもキミの共犯者?」
「おう、俺の共犯者はカツアゲまでこなせる、ちょっと悪めのアイドルだ」
「キミと同じ小悪党な、アイドルか?」
「ああ、世界を騙くらかす|小悪党≪アイドル≫だ」
言いながら、彼女から離れる。屋上に仕掛けてあった打ち上げ花火の筒に歩み出す。愛用のジッポを取り出す。
「とりあえず夜空の暗さあたりにでも、無駄に刃向かってやろう」
既に隣にまで歩み来ていた彼女が、一緒にジッポに手をかけてくれた。
「に、偽物の星くずで夜景を台無しにする……のだなっ!」
彼女の不可思議な言い回しに口端を上げて、一緒に導火線に火を灯す。間を置かず、夜空を焦がす打ち上げ花火。それはまるで、失った彼女の炎術のように夜空を照らし上げていった。
「ほらな? たとえ鬼道術を失ったお前だろうと、俺の悪知恵でこき使ってやれンだよ」
「うんっ! わたしはどうやらタチの悪い男に捕まってしまったのだなっ!」
「おう、気をつけろー? 俺は昭和の芸能事務所みたいに睡眠時間を削ってやンぜ?」
「うんっ、キミの嫌がらせが楽しみだ」
彼女の横顔が、本当に嬉しそうに微笑んで。
「い、嫌がらせ返しを先払いしてやらねばな……覚悟はいいか?」
囁くように問う、彼女の唇が近づいてくる。
「き、奇襲すぎるが……受けて立ってやるよ」
言い切ってすぐに、口を塞がれた。好都合だった。これ以上、言葉なんて必要ないのだ。だから、無断で打ち上げた花火にキレた雫たちが駆け込んでくるまで。
ずっと、彼女と唇を重ねていた。
悪徳生徒会と吸血鬼のちょっと悪めのおとぎ話 クロモリ @wakawak
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます