第46話 指輪を交わし合うように

 ――わたしを殺して、と彼女に告げられた。

 けれど、臆するコトなんてなかった。

「任せとけよ、日傘」

 ただ、そう答える。分かっているからだ。彼女が望んでいるのは、死ではない。彼女は自らの悲願に命を捧ぐ。それが、彼女にとって生きるということだ。

 きっと彼女が望んだ、彼女であるために。

(まァ――共犯者なら、付き合わねぇとな)

 苦笑しながら、口を開く。

「高校でも言ったけど、もう一度、お前の転生後の悪だくみを話すぞ」

 人化血清のアンプルを拳銃型の注射器に装填する。

「お前は人間になった最初の吸血鬼になる。少なくとも確認できる、唯一のな。否が応でも、世の中に注目される。で、その世間の興味関心を逆手に取る。要するに、お前は元吸血鬼の美少女アイドルになっちまえって話だ。人化血清のプロモーションにはいいだろうさ。SNSでバズらせてやるよ」

「美少女か」

「そうだ、お前は見てくれはいいンだぜ? 自覚なかったのか?」

「う、うう? て、照れてばよいのか?」

「うるせぇな、好きにしけよ」

「う、うん? 仕方がないな?」

 言って、本当に照れ始めた彼女。

つい、口端が上がってしまう。

 ニヤつきながら、彼女を見つめてしまう。

 できるならば、ずっと。

 ずっと、そうしていたかった。

(いいや、どころかさァ……)

 思い描いてしまう、どうしても。

 求めてしまうのだ、彼女との日々を。

 吸血鬼とか退魔士とか悪名とか――面倒なコトと無縁の、ごく普通の日常を。

 その日々はきっと、ただ学校に通うことしかやることがなくて。

 戦いなんて空想上の存在で、彼女も自分も血や涙なんて流さずに済むのだ。

 あまりに平和で退屈だから、その日々の幸福を老後に気づいたりするのだ。

(でも……俺とコイツには、ンな上等な日々は手に入らねぇ)

 けれど、それでも。

(でもよ……ま、今夜は最高だったなァ)

 彼女に人質にされたり、腹いせ気味に彼女を裏切ろうとして、できなくて。

 今度は自分が人質をとって脅迫してみたり、無理からに文化祭をやったり、手作り気球で飛んでみたりした。

 そして、

(俺は、俺の宿敵を倒した)

 彼女と一緒に戦って。

(ならさ……今度は俺が一緒に戦ってやらなきゃな)

 彼女が戦い続けてきた吸血鬼としての自分――彼女の宿命と。

 吸血鬼を殺すためにある、この世界と。

(――だから)

 人化血清を装填した拳銃型の注射器を握りしめる。

「じゃ、やンぞ」

 優しい微笑で、彼女がうなずく。

 うなずき返して、彼女との別れを始める。

 不思議と、悲しいだけではなかった。

 今夜の思い出を、彼女と共に抱いていくことはできないけれど。

(……それでも、俺たちは共に戦った)

 この夜を、彼女と共に乗り越えていく誇らしさがあった。

(この先……俺はお前と見た夢を叶えようとする限り――)

 彼女が一緒に居なくとも。

(――俺とお前の魂は共にある)

 彼女に、渾身のニヤけ顔を見せてやる。

「言い残すコト、あるか?」

 彼女の首筋に、拳銃型の注射器をあてがう。

 だが、グリップを握る手が震えてしまった。

 銃口越しにそれを感じたのか、

「――」

 彼女がグリップへと手を伸ばしてくる。

 彼女の手が自分のそれと重なった。

 伝わってくる彼女の体温も、きっと彼女が遺していくモノ。

 彼女が傍に居てくれた、その証だ。

「分かってンぜ、日傘」

 もう、手は震えなかった。

 彼女と共に、トリガーに指をかける。

 ゆっくりと目蓋を下ろしておく彼女に、

「忘れねぇよ、俺はお前を」

 今度はこちらから、夢物語を贈る。

「お前が言ってくれたように、今夜の俺自身を」

 この夢物語はきっと、現実になるだろう。

「つか忘れらっかよ、初恋ってヤツなんだからさ」

 捨て台詞みたいな告白をして、彼女と共にトリガーを引き絞った。

 彼女の返答を聞かなかったのは、

「せっかく生まれ変わるンだ、今度は俺よか上等な男を好きになれよ……」

 どうせ彼女も、自分と同じ想いであると知っていたから。

 互いに、知っていたからだった。

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