第16話 吸血鬼は人間のために戦いたい
この敵には勝てないと、吸血鬼――日傘は肌で感じていた。それでも、鎧武者に向き直る。それでも、微笑み続ける。
「なにを笑う、吸血鬼?」
鎧武者の問いには、答えない。シュウたちを傷つけた敵に話すことなんてない。いや、違う。心に残ったこの感情を誰にも渡さず、抱きしめていたかっただけだ。
そう、ついさっきまで|吸血鬼≪わたし≫と一緒に戦ってくれる|人間≪ひと≫たちが居た。
吸血鬼にだって、居場所はあったのだ。おとぎ話は現実に叶うと知れたのだ。肩を並べてくれる人間たちはきっと、どの吸血鬼にだって存在するはず。
(うん、わたしにさえ居てくれたのだ。ならば、われら吸血鬼は滅びない)
もし吸血鬼が人間になったならば、きっと吸血鬼は生き残る。きっと多くの人間たちがその隣に立つことを許してくれる。
(確かに、われら吸血鬼は人間の血を奪うように生まれついている。吸血鬼に変貌させた人間の生き方までも奪うように生まれついている)
遠い記憶――全ての吸血鬼を救おうと誓った夜。全てを失った夜。その夜に信じようと決めたことを、心のうちで繰り返す。
(それでも吸血鬼は人間を傷つけるだけでは、決してないのだ)
けれど、この信念は未だ証明し切れていない。
自分の隣に居てくれたシュウは傷を負ってしまった。それだけはない。血まみれの彼に、自分はなにを思ったか。自らのうちにひそむ吸血鬼の本性は、彼の血を欲してしまっていた。
ふいに思い出す彼の問いかけ――なぜ吸血鬼なのに、血を拒んででも人間を友人としたいか。
彼に答えそびれてしまった、|吸血鬼≪わたし≫の決意。
(なぜだろうな……シュウにだけは――わたしを知って欲しかったな)
その未練は、日傘の微笑をかすかに曇らせた。
「覚悟は済んだようだな、吸血鬼」
こちらの表情を勘違いしたらしい鎧武者が言ってくる。
「お前は、俺に殺される。今までの吸血鬼がそうだったように」
こちらの内心を思い違ったらしい鎧武者が言ってくる。
「だが、今だけ見逃してもいい。俺は桜塚驟雨の誘拐を黙って見過ごせばな」
どういうわけか知らないが、敵の狙いはシュウであるらしい。おそらく嘘ではない。鎧武者自身の視線は今もシュウに注がれていた。
けれど、だから、日傘は微笑む。
(なんてことだ、吸血鬼は人間を守るために戦えるのか)
彼に答えそびれた、自らの信条をここで示せる。
(ここに人間への答えを示すとしよう。吸血鬼は人間を傷つけるだけの存在ではないと。吸血鬼は人間の背中を守れるのだと)
自然と口元がほころぶ。同時に胸の内を埋め尽くす、なにか。それは見たことのない、けれど夢に見続けた陽の光に似ていた。
「うん――人と居られた高校≪ここ≫に、せめて|吸血鬼≪わたし≫の夢を刻んでいこう」
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