第10話 悪徳生徒会の天敵、着任

「強襲部隊の第二小隊長、|久鬼≪くき≫|征治朗≪せいじろう≫。鳥羽高校籠城事件に着任します」

 亡者のような声で、筋骨隆々の大男――征治朗が告げた。

「来てくれたか、久鬼君っ! すまないね、神奈川の吸血鬼一派を討伐した直後にっ!」

 鳥羽高校包囲網の|指揮車≪しきしゃ≫の内部で、征治朗は強襲部隊第一小隊の隊長に歓迎される。

「吸血鬼を殺るならば私はいつでも、どこへなりとも」

 感情を失ったような征治朗の声音。その静かな迫力に、年配の隊長はたじろいだ。

「う、噂通り頼もしいな。だが吸血鬼の返り血ぐらい拭ったらどうかね?」

 怯え混じりの愛想笑いに、征治朗は表面上、従う。頬を手で拭いつつも、内心で嘆息する。

(吸血鬼の返り血に怯える、退魔士か)

 ――退魔士は吸血鬼を殺すための存在。その理を幼い頃から祖父に叩き込まれた。普通の子供時代などなく、ただ吸血鬼の殺し方だけを覚えていった。

(退魔士は人類の刃であれ)

 退魔士を代々輩出してきた久鬼家の言葉は正しい。退魔士だけが吸血鬼を殺せる。だから自分は吸血鬼を殺す。理由はそれだけだ。銃弾が憎しみで敵の臓腑を貫かないのと同じこと。

 まるで物理法則のように、征治朗は生きてきた。

「そ、それでだね、久鬼君」

 隊長の愛想笑いにうなずきつつ、征治朗は言う。

「説明には及びません。あらかた報告を聞いています。あとは、私にお任せ下さい」

「しかしだな、先にこの現場に入った僕の、」

「分かっています。貴方の指揮によって、私が解決するのです」

「そ、そうかっ! いやはや、|無骨者≪ぶこつもの≫かと思えば気が利くじゃないか」

 征治朗の肩を馴れ馴れしく叩いた隊長は安心したように指揮車を後にしていった。

そして征治朗はすぐに指揮車に備え付けられたモニターに目を向ける。外部カメラから入る映像。指揮車両の外、その前方に広がるのは第一次封鎖線だ。

 装甲車列が作る包囲網の威容。吸血鬼の鬼道術にも耐え得る装甲車は高校の外壁に沿うように駐機。無論、敵の脱出路になりそうな校門や裏門には砲座のある装甲車で固めてある。

 構築された包囲網に一つうなずき、征治郎は指揮車両の後方を移すモニターに目を移す。オフィスビルの建ち並ぶ一角だ。鳥羽高校は少し変わった立地で、オフィス街のただ中にある。よって夜には|人気≪ひとけ≫がなく、避難誘導は最小限となっている。

(都合がいいな。いや、それ以上に)

 校舎を写すモニターに目を戻しながら、征治朗はつぶやく。

「……桜塚の息子、か」

 この事件は格別だ。桜塚驟雨が居るのだ。元同僚、日彰の息子。

(桜塚の息子を上手く拉致できれば、俺はさらに吸血鬼を殺せるようになる)

 なぜなら、桜塚驟雨は吸血鬼に関する機密情報を持っている。いや正確に言えば、彼はこれから機密情報を得るのだ。それも『抗体』が形作る世界体制を揺るがすほどの機密情報を。

(だが逆に拉致できなければ、俺は破滅するな)

 身の破滅を理解しながらも、なにも感じなかった。

「問題なのは吸血鬼をどうすれば絶滅させられるかだけだ」

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