第11話 男前な姉貴分

 とりあえず、シュウたちは直通の秘密通路で生徒会室に移動していた。監視カメラ網によって強襲部隊を見張るため。ちなみに生徒会室の天井からスライド式の|梯子≪はしご≫で降り立っていた。

「……うそ、うちの高校になんで秘密基地がっ!?」

 初めて見る生徒会室に、楓が目を丸くしていた。

「なんとっ! 高校は隠し部屋まで完備しているのか! 楽しいところだなっ!」

 初めて見る生徒会室に、日傘がはしゃいでいた。

「光栄に思うが良いわ、ここに立ち入った者は悪徳生徒会以外では初めてだから」

 気軽に笑いかけながら、雫が監視カメラのモニター席に座る。

「え? え!? これ、校舎の中が写ってる!? う、うそ監視カメラなの!?」

 楓の素直なリアクションに、シュウは口端を上げた。

「おう、コレで風紀委員会の予定は盗み見てたンだ。持ち物検査をすり抜けられた|仕掛け≪タネ≫さ」

「だから検査の日に限って教科書とか持ってたんだ……普通の日は持ってないくせにぃっ!」

肩を落としてうめく楓にニヤニヤしつつ、シュウは校内設備を遠隔操作するコンソール(当然、無断で作った)に手を伸ばす。と、かすかに聞こえる機械音と重苦しい音。

「ぼ、防火シャッターが勝手に降りた。私たちが生徒会のみんなを追ってたときも、」

「そ、偶然じゃねぇンだ、委員長。こっから遠隔操作してたんだ」

「シュウ、委員長とじゃれ合うのもほどほどに」

 監視モニターに素早く目を通した雫が言ってくる。

「強襲部隊は校内には居ないわね。悪徳生徒会の見習い生徒たちは全員、逃げてるわ」

「俺の人質姿を見られたからな。吸血鬼のコトを触れ回ったんだろうさ。ま、都合がいいさ。心おきなく高校の玄関やブラインドを封鎖できるンだ」

 無事に高校の封鎖を終えたのを見届けて、シュウはため息をつく。

「うし、引きこもり完了。コレで連中が|空挺作戦≪ヘリボーン≫で屋上に降り立ってくれりゃァ話が早いのに」

「あ、確かに。鬼ごっこで最終兵器な予定だった、巨大生ゴミ袋で一掃できたわね」

 雫と言い合うのは、屋上一面にしかけた大規模な強化ビニールシートのことだ。校舎外にタレ下げるような感じにはなるが、さっきの要領で多くの敵を一網打尽にできるはずだ。

「罠もいいでしょうが結局、攻めないと勝てません」

 隅のロッカーから予備の矢筒やら拳銃を取り出し、琴音が中央の円卓に置いていく。

「え? もしかして全部、本物っ!? さっき黒河さんが撃ったのもっ!?」

 飽きもせずに驚く楓に、雫はかすかに笑う。

「無論よ。敵を倒せない武器に価値はないからね」

「勇ましいのはいいんだけどさ、籠城犯の基本は持久戦だぜ?」

「もちろん、敵を引きつけてから斉射します」

 悪徳生徒会の面々は、それぞれ悪い笑顔でうなずき合った。

「え、え!? なんで落ち着いてるの? 包囲されてるんだよ、私たちっ!?」

 監視モニターを指さす顔色の悪い楓に、シュウはニヤっと笑ってみせる。

「常識の通じない犯罪者の世界にようこそ、歓迎するぜ」

「うぅ、一瞬だけシュウ君の悪い笑顔が頼もしく見えちゃったよぅ……なにこの敗北感っ!?」

 頭を抱える楓はしかし、表情を一転させて叫んだ。

「ううん、シュウ君の責めるのはいけないよね、私が望んでここに残ったんだからっ!」

「その痛々しい独り言やめてくれ、委員長。大丈夫だって、あんたは必ず生きて帰すさ」

「ほ、ほんと? 頼ってもいいの?」

 涙目の楓にうなずいたシュウに続き、日傘が叫んだ。

「うん、シュウは頼れる男だぞ。わたしが保証するっ!」

 と、雫がシュウにアイコンタクトを送ってくる。

『一応、聞いておくけど。あの吸血鬼を助けようとか考えてないわよね?』

『言ったろ、俺は吸血鬼嫌いだ。あいつのせいで俺の素性バレちまったンだぜ?』

『一応、言っておくけど。アンタなんか、ずっと悪徳生徒会の下っ端よ』

『出世欲ゼロの俺には似合いだな、コキ使われてやる……前に、家族の安全確認してくるわ』

 生徒会室を出ようとするシュウに日傘が反応する。

「何処へ行くかは知らんが、共に参ろう。主犯は人質を守らねばなっ!」

「俺は便所に行くんだけど? それでも来るか、吸血鬼?」

「う……ぬぅ……それでも、だ。わたしが聞かされたシュウならトイレさえも格好良く……」

「お前がやってみせてくれれば、俺も格好いい用の足し方をごらんにいれるぜ」

「――ぬっ、う――」と顔を赤らめながら、日傘がうつむく。

 そのスキを突いて、シュウは生徒会室を抜け出す。

 で、トイレの個室に入って姉貴分に連絡を取る。妹と母の安全確保を依頼するためだ。

『おう、重犯罪者か。キミはつくづく不幸に愛されているな』

 気怠げな声音――既にこっちの事情を知っているらしい姉貴分の|嵐山≪あらしやま≫|風鈴≪ふうりん≫だ。二十代の女性にしては、やたら渋い。が、なぜか似合っていたりする。

「ストーカー規制法が不幸も取り締まってくれればいいのにな。それよか小春と、」

『キミの妹と母君なら、私の|隠れ家≪セイフハウス≫に匿っている。しばらくは安全だ』

 当然のように言った風鈴の察しと根回しの良さに、シュウは息を呑む。おそらく彼女の取引相手――退魔士の監視組織『公安』も同じ感想を抱くのだろうと思いつつ、軽口をたたく。

「姐さん、惚れ直したぜ」

『なんなら結婚してやろうか?』

「面倒臭そうなプロポーズ、感謝するぜ。おかげで姐さんが女だって思い出せた」

『こちらこそ承諾してくれなくて感謝している。私も恋心など思い出せないからね』

「おう、闘争と金にしか興味の無い男前な姐さんで助かるぜ」

『感謝は言葉でなく金で示すものだ、大人の世界ではね』

「おう、汚い大人ルールに則って言い値で払うさ。小春を助けてくれたンだし」

『うむ、麗しい兄妹愛だ。小春も誘拐されそうになってさえ、キミを案じていたしな』

「……おい、小春がどうしたって?」

『退魔士と思われる連中に誘拐されかけていた、逆に私がさらってやったがね』

「そいつらが姐さんの言ってた、俺と小春を探っていた連中か?」

『不明だ、逃げられてしまった。断言できるのは強襲部隊以外にも、キミには敵が存在する』

「言われなくても、理解してるよ。今夜の俺は見せ物になるくらい不幸だってな。逆にどれだけ不幸なのか星占いでもして欲しいぜ」

『星空に運命を見出していいのは、生き方を知らん小娘と死に方を知った老婆だけだ』

 諭すように、風鈴が続けた。

『運勢ごときに自分を預けるな。悪運も幸運も、キミが勝ち得たモノではないのだからな』

「……はいはい、分かってるって。吸血鬼を売ってでも生き残れって言いたいんだろ?」

『うむ、ただ売却先はよく考えろ? たとえば私は高く買う――』

「――っておびき寄せた俺もセット販売されちまうと」

『いい調子だ。そうやって、全ての者を疑ってかかれ』

「おう。っても、例外はあるもんでな。もう疑い尽くしたなって、悪友たちも存在する」

『ほう……ようやくキミにも仲間ができたか』

「仲間だなんて綺麗なもンじゃなねぇな、ただの悪友どもさ」

『いや、悪友との絆は強靱だ。互いの悪徳さえ許し合い、悪夢さえ一緒に見るんだからね』

「おい……ポエムを口ずさむほど若くないだろ、姐さんよ」

『確かにな。まぁ、気にするな。キミが気にすべきは私じゃなく、今後のことだ。私は小春を誘拐しかけた連中や有益そうな情報を調べる。判明次第、|黒鳩≪くろばと≫で伝えよう』

 風鈴の鬼道術による疑似生命体を思い返しながら、シュウは言った。

「ああ、あの不吉に真っ黒な伝書鳩か。その情報にも金を払うからさ、小春と母さんの、」

『言われるまでもない、彼女らはもう充分に傷ついている。これ以上は、私が許さん』

「男前だね、さすが姐さん」

『私に夢を見るなよ、青少年。私はただ、私が許せん現実を駆逐するだけだ』

「変わりやすい女心を、姐さんが取り戻さないコトを祈っているぜ」

 通話を切って、シュウは息をついた。風鈴のおかげで、校舎の外の憂いは断てたのだ。

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