第9話 悪徳生徒会VS特殊部隊

「――聞け!」

 雫たちの肩越しに、強襲部隊員の一人がシュウを睨んでくる。その目は人質に向けるものではない。敵意がはっきりと浮かび上がっている。

「その人質は|桜塚≪さくらづか≫|日彰≪にっしょう≫の息子――|驟雨≪しゅうう≫だッ!」

 怒鳴った一人に呼応して、強襲部隊員たちの視線にこもる憎悪。その根底にあるのは日彰が起こした事件と、シュウ自身のテロ容疑。

(ああ……またかよ)

 テロ容疑という冤罪に、シュウは内心で嘆息する。シュウまでも吸血鬼の共犯者とされているのは、アンチヴァンパイア・カンパニー上層部の情報操作。彼らは強襲部隊から日彰という裏切り者を出した不手際を、新たな|悪役≪シュウ≫によって誤魔化したのだ。

 彼らによれば、桜塚驟雨は父親の遺志を継いでテロ計画を目論んでいるとなっている。捏造されたその情報は、シュウから人を遠ざけた。

 現に目の前の悪友たちさえも。

「あ、貴方が……ホントに?」

 楓は顔を蒼白にして後ずさる。

「裏がある奴だとは……思ってたけど」

 雫は目を見開いた。

「……そうだったのですか」

 吸血鬼嫌いの琴音だからなのか、その目にかすかな敵意が現れた。

「――」

 慣れきってしまった他人との不意な別れに、シュウはかすかに口端を上げた。

(あーもう、この高校には居られねぇーなァ)

 いつか、こんな日が来るかもしれないと覚悟していたけれど。

(結構、気に入ってたンだけどね――悪徳生徒会)

 どうしようもなく苦しかった。

「そいつは人質ではない! だから君たちが庇う必要は無いッ!」

 強襲部隊員は雫たちにがなり立てた。

「「「――」」」

 強襲部隊員の説得に雫たちは無言。ただ立ちつくしている。

「――ちッ」

 舌を打ち、強襲部隊員たちが動いた。雫たちに銃弾が当たるのを避けるため、小銃を背に回す。彼らの一人が駆けだしてくる。直後、彼は小刀を抜き払った。

「そいつは吸血鬼の手先――共犯者だッ!」

 刀身に刻み込まれた梵字に似た幾何学模様――|呪印≪じゅいん≫が淡く輝く。

「――っ」

 鬼道術の高速展開だ。刀身強度を上げるための基礎鬼道術。速く正確。シュウへの敵意が、今までの混乱を忘れさせたのだろう。

 他の強襲部隊員も呼応し、雫たちを押しのける。

 壁に突き飛ばされる楓。

「――きゃっ!」

 受け止めたのは、雫と琴音。

「重いわよ、委員長ッ」

「でも、雫よりは軽いかと」

 この状況でも変わらない二人の軽口。

「……はっ」と思わず安心して、シュウは笑ってしまう。

 ただ笑っている場合ではなかった。

 突出してきた強襲部隊員が、あと二歩の距離まで迫っている。

(あと一歩で、奴の間合いッ!)

 暢気に人質をやっている場合じゃない。アンチ・ヴァンパイア・カンパニーの強襲部隊は民間人の殺傷を許されていない。が、吸血鬼に協力する人間は別だ。

(俺ごと吸血鬼を斬り捨てるつもりだッ!)

 だがしかし、父親のように殺されてやるわけにはいかった。

 妹を独りにするわけにはいかないのだ。

 それにもっと短絡的に、突き飛ばされた悪友たちの報復をしなきゃ気が済まない。

 制服の内ポケットに忍ばせた文庫本――呪符の束に手を伸ばす。

(|抜き撃ち勝負≪クイックドロウ≫だ、クソ野郎ッ!)

 敵の踏み込みは予想以上に迅速。

 小刀の振り下ろしは、それ以上。

 その刃は既に、こちらの肩口に迫っている。

(間に合えよッ!)

 片腕を失う覚悟で、呪符を引き抜こうとする。

「――ッ!?」

 が、できない。

 腕が動かなかった。

 直後、斬撃と思われる衝撃――だというのに、苦痛がない。

 違和感と疑問が渦巻くなかで、

「……あ……?」

 目の前の現実に、気の抜けた声が出た。

 

 敵の刃を受け止めているのは――吸血鬼、日傘の背中だった。

 

 いつのまにか、彼女に抱きしめられていた。

「――、」

 ようやく、シュウは状況を理解した。

 日傘は自分と入れ替わるように動いたのだ。腕が動かなかったのは、彼女が抱きしめていたからだ。そしてこちらの身代わりに、彼女はその背中で敵の刃を受けたのだ。

「キミは必ず無傷で解放するよ」

 彼女の宣誓にシュウの口から、かすれた声が漏れる。

「な……ぜ?」

場違いなほど晴れ晴れと笑って、日傘は後ろ手に自らの背を斬りつけた刃を握った。

「キミは未来の友人だ」

敵の小刀を奪い投げ捨てた日傘が翻る。

「そしてわたしは、友人をこの身に代えても守ることにしている!」

日傘に向き直られた強襲部隊員は、

「ちッ! 吸血鬼がまさか人間を庇うとは……っ」

 驚愕しながらも即応。飛び退く。

「遅いっ!」

 敵へと踏み込み、日傘は爪を振るった。爪に伴うのは紅蓮の炎。吸血鬼の鬼道術だ。呪印を使う退魔士とは違い、吸血鬼は己の肉体のみで発現させられる。

「――ぐっ!」

 炎術と爪に、強襲部隊員は背に回していた小銃を盾とする。

 だが、無意味だ。

 小銃は溶け、衝撃で敵はふっ飛ばされる。

 そして後方に控えていた強襲部隊員たちに突っ込む。

 強襲部隊員らは負傷した者を庇いつつも、隊形を整える。

 けれど日傘に気圧されたように、元の位置にまで後退していった。

「怖いのならば……逃げればよいぞ」

 そう言い放ちながらも、日傘はシュウを守るように立ちふさがっている。その背中には気高さがあった。その背には、敵の刃につけられた傷があった。

「……」

 開きかけた口を、シュウは閉じた。なにを言うべきか、分からなかった。

「ねぇ、驟雨――」

 と、日傘が顔だけを振り向かせてきた。当然のように微笑んでいる。

「――む? なんて顔している? わたしは吸血鬼だ、再生能力があるから死にはせぬ」

 彼女の言葉通りに背中の裂傷はふさがっていく。

 けれど、その笑顔は自らの返り血に濡れている。唇は苦痛にきつく引き結ばれている。誰かを安心させるための、力尽くで不格好な微笑。

「――、」

 だから、シュウは彼女が気に入らなかった。

 だって、彼女の微笑は他人のためのものだ。

(久しぶりの、見慣れた笑顔だ)

 よみがえる苦しい記憶。涙に濡れていた妹の微笑。その思い出がささやく。

(他人のために、微笑む女は気に入らねェ)

 破壊衝動にも似た激情は、強襲部隊員への敵意を強める。いや、それどころか、日傘本人にさえ敵意が湧く。なぜ、人質である自分を盾としなかったのか。なぜ、彼女自身が傷つかねばならないのか。怒鳴り散らしながら、彼女を問い詰めたくなる――けれど。

「……驟雨?」

 不思議そうに、日傘は首をかしげた。

 彼女の青い瞳はよく見れば、猫のように瞳孔は縦長に切れている。

 微笑の|名残≪なごり≫がある口元からは、鋭い牙が覗いている。

「……っ」

 奥歯を砕かんばかりに噛み締めて、シュウは踏みだしかけた足を止めた。

 彼女は吸血鬼だ。母親の心を壊し、小春と自分の平穏を奪った人類の敵対者。助けるわけにはいかない。吸血鬼の味方に付くということは即ち、人類を敵に回すこと。

 その結果は知っている、父親のように死ぬだけだ。

(妹を泣かすだけだ)

 否、それでは済まないだろう。

(いや泣くだけで済まないかもな、妹も母さんみたいに……)

 脳裏によぎる、幼子のような母親の笑顔。不幸な過去と幸せな未来も失った、幼い笑顔。

(妹は――小春だけでも、まっとうに過ごさせる)

 過去の誓いに、シュウは口端を上げた。

(そのために、俺は小悪党であろう)

 ならば、シュウがすべきことは日傘を助けることじゃない。その逆だ。この吸血鬼を強襲部隊に売り渡す。彼女の共犯者という嫌疑を晴らすこと。

 彼女の金をかすめ取れれば、なおいい。

 最優先は自分と妹、次いで悪徳生徒会の悪友たち。この高校に居られなくなるのだから、捨て台詞代わりに多めに分け前をくれてやろう。

 と、当初の目的に立ち戻るまでの数秒で状況は急展開している。

 小首を傾げ続けている日傘の肩越しに見えるのは――


「この鳥羽高校は――われわれ悪徳生徒会の縄張りだ」


 当たり前のように抜いた拳銃で、天井に発砲した雫の背中。言葉使いは悪徳生徒会長のそれに戻っている。つまり、雫は本気だ。

「必然、この高校で暴れていいのは、われわれだけだ。われわれだけなんだよ」

 発砲したものの、見た目が完全な少女の雫に、強襲部隊員らは躊躇した。

「お、おいっ! さ、さっき言ったがその男子生徒は桜塚驟雨――」

「――だから? それが、なんだ? キミらが殺そうとした小悪党は、|悪徳生徒会≪われら≫の書記だ」

 こともなげに言って、雫は銃口を強襲部隊たちに照準。

「必然、書記を殺されかけた|生徒会長≪あたし≫はキミらを殺し返す権利がある」

 完全な敵対行動だったが、強襲部隊は雫の外見にとまどっているらしい。

 小銃を向けるのが数秒ほど遅い。

 そのわずかな時間は、彼女にとって充分すぎた。

「悪徳生徒会規則」

 琴音の淡々とした声と共に、強襲部隊員の銃口の全てに矢が撃ち込まれた。うちひとつの小銃が暴発。爆砕。部隊員の苦鳴に混じる、琴音の宣告。

「復讐は、悪人の正義」

 琴音は独自改造による折り畳み式の弓を展開、横倒しに構えていた。空いた手でたくし上げられた袴から無数の矢がこぼれ落ち、リノリウム床に突き立つ。

「吸血鬼は後回しですね、書記の復讐してあげましょう」

 独特のつがえ方で、弓に装填される複数の矢。

「――お……い、」

 思わぬ雫たちの行動に、シュウは困惑していた。まともな言葉は続かない。よく分からない感情が胸のうちで衝突し合い、結果、ひとつ思いに結実する。

(俺を庇う奴らなんて……この世の中に居たンかよ)

 目の前の現実が信じられずにいると。

「け、け、警察、呼ばなきゃっ!」

 壁際で、うずくまっている楓の声音を耳にした。

「あ、あ、ダメよね、警察は! 生徒会のみんなが捕まっちゃうかもっ!」

 混乱しながらでも、楓でさえ自分たちを庇ってくれている。

「――は、はは。頭おかしいぞ、お前ら」

 かすれた声で、シュウは笑う。

「こ、こいつら――」

 対して、強襲部隊員たちは激高していた。隊長らしき男が声を張り上げる。

「こいつら全員、吸血鬼の共犯者だ! この場の人間全てを|排撃≪はいげき≫しろ!」

 被せるように、雫が叫び返す。

「吠えるな、政府の飼い犬どもがッ! 前夜祭にはちょうどいい、この無粋な駄犬どもを血祭りに上げろ! 悪徳生徒会諸君ッ! ついでにそこの吸血鬼!」

「全員のアキレス腱をもれなく穿ちます」と、かすかに口端を上げる琴音。

「よく分からんが、分かったっ!」と、強襲部隊員に向き直る日傘。

 シュウもいつもの自分を取り戻して、

「その会長命令、俺が聞いたなかじゃ最高だ」

 駆け出した。

「この場の人間への鬼道術の行使を自由とする!」

 部隊長の物騒な命令を聞いたからだ。

 通常武器ならば、雫や琴音もなんとかなるのだが、鬼道術はそうもいかない。退魔士以外の人間には、そう知られていない戦技だからだ。最悪、悪徳生徒会の悪友が殺される。強襲部隊を言いくるめるのはもう、不可能。

 実力行使しかない。

「あーでも俺はこれで吸血鬼の共犯者確定なんだよなァ、クソッ!」

 が、そのぐらい仕方ない。さっきの悪友たちと同じく強襲部隊にケンカを売るのも、きっと腐れ縁というものだ。やけくそ気味に懐の文庫本から呪符を引き破る。

 同時、体内に意識を向ける。普段は心臓に寄生し|擬態≪ぎたい≫している特殊器官――退魔士が生まれ持つ、鬼道術を発現させるための『|炉心≪ろしん≫』を鼓動させた。

 炉心が送り出すのは血液ではなく、己の魂だ。削り取った魂を疑似量子化し、呪印によって様々な物質に精製する。それが鬼道術の基本原理。

 疑似量子化した魂が呪符に至り、燐光(りんこう)を放つ。鬼道術の発現準備完了。それまでに日傘と雫たちを追い抜き、強襲部隊員らの前にまで駆けていた。

「テロリストといえど所詮、子供か」

 強襲部隊員たちの笑声。彼らも既に鬼道発現準備を完遂しているからこその、余裕。銃口の燐光は銃弾よりも威力がある鬼道術の証。

 本当に彼らはこの場の全員を虐殺するつもりだ。

 実際、そうなるかもしれなかった――この文化祭前夜の校舎でなければ。

「ははっ、さっき言われたろ? ここは俺たち生徒会の縄張りなんだ」

 壁際の床――そこはほんの少しだけ周りの色と違う――を踏みつける。

 ガコン、とタイルが押し込まれて機械音が床から響く。

 即座、シュウは後方宙返り気味に飛び退く。

 同時、強襲部隊員たちが立っていた床一帯がめくれ上がった。床だったモノは袋のように強襲部隊員たちを包み込こみ、天井へと吊り上げる。

「なぁっ!」「――罠かッ!?」「ふざけるな、なぜ高校に罠がある!?」

 などと口々に叫ぶ強襲部隊員総勢八名は、巨大な袋に捕らえられ、天井にぶら下がっていた。

 これは明日の文化祭で活躍予定だった罠の一つ。床に迷彩塗装されていた強化ビニールシート(幾重にも縫い合わせてある)をワイヤーで吊って、投網のように複数の敵を捕らえる罠。通称、生ゴミ袋だ。設計通りに、殺してはいない。

「ふっはははァッ!」

 悪徳生徒会らしく、高笑いをしてやる。ならびに天井からつり下がった巨大な生ゴミ袋に呪符を投擲(とうてき)。ゴミ袋に敷設された呪符の配置を即座に確認し、シュウは己の鬼道術を発現。

 呪符のそれぞれから放たれた燐光が立体的な|呪印陣≪じゅいんじん≫を描き上げる。

 空間を加工する、それは結界だ。

 ただこの結界は通常のように内部を護るものではなく――結界の内部領域を攻撃するものだ。

 結界のなかで『|攻性結界≪こうせいけっかい≫』と呼称されるそれが、シュウの得意技だった。亡父に罠の技術と共に鍛えられた鬼道術。

「不運だったなァ、政府のパシリどもッ!」

 このまま一網打尽にできるかと思いきや、強化ビニールシートから小刀の切っ先が突き出た。

「こ、攻性結界かッ!? 日彰の鬼道術を継いで!?」

視界を確保した強襲部隊員の声。その後の判断は、迅速かつ正しい。

「だが呪符を切り裂けば、結界を突破――」

「――させねぇよ」

 だが敵よりも、こちらが早い。攻性結界の安全装置にして|撃鉄≪トリガー≫――|解除符≪かいじょふ≫をジッポライターで焼き払う。攻性結界がその威力を領域内に解き放つ。

 一瞬の閃光の後に、

「く……そっ」

強襲部隊員たちの罵声は寝息へと転じていく。

「はい、いい夢見てねー」

 ジッポの蓋を閉じ、シュウは攻性結界――『催眠結界』の戦果にニヤける。

 結界内への攻撃は脳の血流量を強制的に減じるガスだった。結界領域に精製、散布されたそれはアフリカ象さえ昏倒させられる。生ゴミ袋の機密性も手伝って強襲部隊を一網打尽にした。

 天井のゴミ袋がうごめかなくなったのを確認して、シュウはつぶやく。

「ブランクも問題なかったな」

 攻性結界内に精製できる攻撃は他にも爆炎なり電撃なりあったが、その中でも調整の複雑な非殺傷系のガスを選んでいたので、いささか不安だった。

(殺さないほうが、使い道に幅があるだろうさ)

 そう内心でニヤついてから、炉心の鼓動を止める。退魔士の戦闘解除だ。ついでに軽く息を吐き、なにげなく振り返ると。

「……あー」

 雫たちと目が合って、シュウはうろたえる。が、決まり悪げに続ける。

「ま、爆睡させた連中の言ったことは事実でな。俺は……悪名高い桜塚驟雨だ」

 本名を告げるのは、子供の頃以来だった。

「今まで騙してて悪かっ――」

「いいから。そういうの、面倒だし」

 手を払うしぐさをしつつ、雫が続けた。

「驟雨って言いづらいから、シューウ……や、シュウがいいかしらね?」

「呼びやすいですね、賛成」

こくりとうなずく琴音。

(俺はシュウと呼ばれる運命か……ああ、いや、そンなコトよりも)

つい、言ってしまう。

「俺を……怖がらないわけ?」

「ん? あ、退魔士の……なんだっけ? おもしろ超常現象のこと? そうね、怖いというよりも善い見世物ね。お金が取れるわ!」

 雫が拳を握りしめる。そして琴音は無表情に小さく|手拍子≪てびょうし≫。

「アンコールを要求します」

 異能たる鬼道術は、彼女らにとっては宴会芸扱いらしかった。

「や、鬼道術の方じゃなくてよ 俺は日彰の……」

「あ、それ? ま、あたしでさえ驚いたからね、逆にその悪名で詐欺をやれるわねっ!」

「私がその気ならさっきシュウくんを三回ほど殺せています、どう恐がれと?」

 雫と琴音の視線は、変わっていない。

 彼女らはいつも通り、悪友として自分を見ている。

「……ははっ、お前らホント、正気じゃねぇな」

「敵をうきうき罠にかけてたシュウに言われたくないわ!」

「暴力を信仰するのは正気の証です」

「お前ら、悪人ってか変人だな。俺もまァ、たいがいだけど」

 いつものように雫たちに笑いかけながら、シュウは軽口を叩く。悪友たちと軽口の応酬が変わらないことが、たまらなく嬉しかった。

 悪徳生徒会は正式構成員を絶対に見捨てない、という雫の勧誘を思い出す。悪人は悪い仲間しか信頼しないと|盃≪さかずき≫を交わしたのだった。

 彼女らの常識外れぐあいに、シュウの口元がほころんでいると。

「ち、ち、違うでしょっ、みんなっ! おっかしいよっ! なんで今まで通りになのっ!?」

 隅でうずくまっていた楓が立ち上がった。

「……」

 経験通りの楓の怯え方に、シュウが口端を上げると。

「ほ、ほ、本当に貴方が指名手配のテロリストなのっ!?」

 楓が声を絞り出して問うてくる。

「ああ、俺が桜塚驟雨だ。まぁ、シュウって呼んでくれ」

 後ずさる楓に、シュウは続ける。

「……甘木楓サン。これから、あんたの想像以上の荒事が始まる。とっとと逃げた方がいい」

「――え? あ……あの……」

「じゃぁな、委員長。悪かったな、あんたの言うとおりに真面目になれなくてよ」

 言うと、楓が立ち止まった。

「そ、そうよね、私は風紀委員長、だよね! み、みんなを放って置けないっ! なにができるか分からないけど、私も残るっ!」

「……おいおい、委員長サン。俺、テロリストなんだけど?」

「なおのことだよっ! わ、私が一緒について行ってあげるから、じ、自首しない?」

「いや、まぁ、テロリストってのは濡れ衣なんだけど……」

「ほんとにっ!? だ、だよね! なら冤罪だって分かって貰えばいいんだねっ! さ、さっきのだって、向こうが先に刃物振り回してきてたもんね、正当防衛? だったよねっ!」

「ふむ……甘木楓もなかなか」「剛毅ですね。雫、勧誘しますか?」

 と、傍らの雫と琴音が企み始めた。

 いつもの――失われなかった光景に、シュウはつい笑いかけてしまう。

(……いや、まぁ、和んでる状況でもねぇーけどさ)

 現在、悪徳生徒会は強襲部隊を倒した本格派の犯罪組織と化してしまった。昏睡させた強襲部隊員らの無線は無論、本部につながっているのだ。ゆえにアンチ・ヴァンパイア・カンパニーは警察と連携し、悪徳生徒会を狙ってくると考えていい。

 舌打ちをこらえつつ、打開策を練ろうとして。

「――心より感謝する」

 生徒会を窮状に突き落とした元凶の、吸血鬼の声を聞いた。

「驟雨……いや、シュウだな。それに琴音、雫、楓だったか?」

 それぞれに微笑みかけながら、日傘は|典雅≪てんが≫な一礼をした。なぜか着ている制服のスカートの裾を、持ち上げている。昔の貴族のような謝辞が金髪碧眼に似合っていた。

「皆にも重ねて感謝を」

 どう反応すべきか迷う皆に先んじて、日傘が続けた。

「うん、特にシュウは日彰に聞いての通りの格好良さだったぞ」

「あァ? なんだって?」

「うむ、照れたか。うむうむ、それも良きかな。日彰から伝え聞いたキミの格好良さは……」

「違ぇよ、格好の善し悪しなんざ知るか。親父が、なんだって?」

 なぜか残念そうに、日傘は話題を切り替えた。

「日彰が語り聞かせてくれたぞ? シュウは優しい奴だから吸血鬼だろうと救うとな」

「はぁ!? じゃ、俺の本名を知っていたのは……いや、待て待て。今の俺の居場所は親父には分からなかったはずだぞ? なぜ俺がこの鳥羽高校に居るって分かった?」

「日彰の特有の術。今日を発現の刻限とした時限式の鬼道術だ」

 一枚の呪符を、日傘が見せつけてくる。その呪符は、シュウまでの距離と方角が方位磁針のように浮かび上がっていた。呪印組成が高度すぎて、理解不能だったが。

「――あのヤロウ、息子になに仕掛けてくれてんだよ」

 ぼやくと、日傘は続けてきた。

「雫、琴音、楓。それにシュウ。四人もの人間が、わたしを助けてくれた。吸血鬼を見捨てぬ人間が三人も居てくれるなんて、今日まで思いもよらなかった」

 言い終えて、日傘は微笑んだ。

「吸血鬼はやはり、滅びずともよいのだろう」

 微笑みながら、彼女は一筋の涙を流していた。

「――――」

 彼女の涙から、シュウは目をそらす。さきほどの自分と似ているのだ。そう、人類の敵――その忘れ形見という悪名を、雫たちに笑い飛ばされたときと近しい。

(クソッ、泣いてンなよ。吸血鬼)

 毒づきながら、シュウは意識を切り替える。

(俺は小悪党だ。自分と身内と悪友しか助けたりしねぇ)

 そう、断じて見知らぬ吸血鬼など見つめるべきではない。父親の呪いじみた遺志など知ったことではない。優先すべきは、生徒会の面々と妹だ。

(ああ、そうだ。小春に誕生日を祝われてやる。こんな最悪な夜を超えンだ、むせび泣くね)

 吸血鬼に対して考えるべきは未だ持っている大金をいかに奪うか。人質にされた慰謝料が逃亡資金になったが、だからこそ必須。

 当然というか、雫は諦めていない。ってか、大金に目が釘付けだ。

(コイツらのタフさは全米でも人気が出そうだな)

 内心で苦笑していると、琴音が悪徳生徒会の特製アイコンタクトを送ってきた。

『私は吸血鬼を仲間だと絶対に認めません。状況が許せば言った通りに射殺します』

 琴音のそれに、シュウもアイコンタクトで答える。

『おう、安心しろ。俺もこの吸血鬼を身内だなんて考えねェよ、ただ今ンとこ、コイツには仲間だと思われているのは都合が良いさ、捨て駒にもできるしな』

 不承不承にうなずく琴音――の次に、声を潜めた楓に呼びかけられた。

「吸血鬼さんと一緒に居ても平気、だよね? 私も『抗体』を投与されてるし」

「おう、あんたが血を吸われそうになったら、俺がなんとかするさ」

「――シュウ、聞き捨てならぬ」

 耳が良いのか、日傘に聞きとがめられた。

「言ったはずだぞ。わたしは『抗体』など関係なく人間の血を奪うことはないと。吸血鬼の本能になど、わたしは負けん」

 どう答えるべきか迷っていると、楓は安心したように笑顔を浮かべた。

「え、そ、そうなんだぁ、吸血鬼にも色んな……人? が居るんだね」

 日傘に距離をとりつつも、楓はそれでも言った。

「日傘さん、お近づきの|証≪しるし≫? に一緒に食事にしません? 私、料理得意なんですっ!」

「おおっ、本当か!? 料理は人間が作ったもののなかで、わたしが好きなものの一つだッ!」

日傘の満面の笑顔に、元来お人好しな楓は即座にほだされた。

「き、期待に応えてみせちゃうっ! 人類代表だね、私っ!」

「うむっ、吸血鬼代表として受けて立とうぞっ!」

 微妙に友情の芽生え始めた楓と日傘の後に、シュウたちは続く。

「ま、食事は大事か」「鉄則です」

 という雫と琴音の声音を聞きつつ、シュウはため息混じりに廊下の窓を見やる。目に飛び込んでくる光景に、口端を上げた。

(……さすが首都圏のアンチ・ヴァンパイア・カンパニー。仕事が速い)

 窓越しに見えるのは、既に高校を取り囲んでいる強襲部隊の装甲車。通常装備の|投光機≪とうこうき≫で校舎を照らしあげる装甲車列は第一次封鎖線。

(既に校舎の封鎖されてる上に、野次馬連中を追っ払う第二次封鎖線まで敷かれてンな)

 鳥羽高校のあるオフィス街には警察車両の赤灯がビルの谷間にチラついていた。また撮影&照明機材を持つ人影も遠目に見えたので、報道陣も集まっているらしい。

つまり、この仰々しい包囲網から脱出しなければならない。

(本気出すなよ、エリートども。俺はか弱い小悪党なんだからさぁ……)

 内心で愚痴りながら、包囲網から視線をそらして、夜空を見上げる。と、投光機の光さえ照らすような、満月がこちらを見下ろしていた。

 まったくもって嬉しくないが、吸血鬼に|出会≪でくわ≫すには、うってつけ夜なのだろう。

(結果だけ見りゃ、俺はあの吸血鬼を助けてンだよな)

 吸血鬼に優しくない世界にあってなお、満月だけは吸血鬼にも奇跡を贈るらしい。

が、そんな月光の冴え冴えとした優しさは、忌々しいことに美しく映った。

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