第8話 修羅場が日常の悪徳生徒会
ゆっくりと、シュウは目ぶたを開く。一瞬だけ逃避した現実はやっぱり健在だった。日傘と名乗った吸血鬼には拘束されているし、強襲部隊員には銃口を向けられている。
「……」
軽く落ち込むものの、シュウは気分を改めた。現実逃避と並行して、どう逃れるかを考えていた。幸いにも、自分が退魔士だと吸血鬼にバレていない。
もっと都合が良いことに、シュウの血中には『抗体』がないともバレていないのだ。
(この高校で吸血鬼に血ぃ吸われンのを怖がる奴なんて、俺だけだろうな……クソッ)
ちなみに退魔士のなかにはごく稀に『抗体』に拒否反応を示す不運な者もいて、不運を必ず引き当てるのがシュウだった。
つまり彼女に噛まれてしまえば吸血鬼となってしまい、そのまま強襲部隊員に蜂の巣にされるのだった。
よって、とっとと逃れるべきだった。
だというのに、見つけてしまった。背後から腹に回された日傘の腕。その手が握るボストンバックからは幾つもの札束がはみ出ている。
(――……っ!!)
自然と、シュウの口端が釣り上がる。
(ざっと一億以上ッ! はははッ! ときめきが止まらねぇ……ッ!)
無論、日傘が報道されていた銀行強盗をやらかした吸血鬼たちの一人なのだろうと察してはいた。俗に言う汚い金。だが、それがなんだというのか。そもそも、とシュウは思う。
どうして逃げるだけの、無力な被害者でなきゃならないのか。
(――迷惑料代わりだ。この吸血鬼から大金を盗ってやろう)
そう決意したときに、状況に変化が起きた。
銃口を向けてくる強襲部隊と、シュウたちの間。廊下の壁が動き――スイングドアのようにクルっと回った。悪徳生徒会特製の秘密通路。教職員から逃れるときに便利なそこから現れたのは、シュウが見慣れた二人だった。
「あ、本当に捕まってるわ」
くすっと笑いやがった雫。
「絵になってますね」
こくこくと神妙にうなずいている琴音。
「……壁から人が出てきたぞ?」
混乱する強襲部隊員たち。
「おぉっ、これが噂に名高いアトラクションとやらかッ!」
なにか勘違いした日傘は、はしゃいでいる。
「……、」
監視カメラで雫が気づいて来たんだな、とシュウが思っていると。
「わっ……こんなところに出るなんて、ひ、非常通路じゃなかったのっ!?」
廊下の壁が再び回って、楓が現れた。
「ちょ、ちょっと、生徒会長っ、なにがどうなって――人質に!?」
舌打ち混じりに、シュウは理解した。
(委員長に雫か、琴音がつけられたのか!? どっちか知らねぇけど、らしくねぇミスすンなよっ、つかミラクル起こしてンなよ、委員長もっ!)
と、強襲部隊員はようやく自らの職務を思い出したらしく、「危険だ! キミたちっ! さ、下がれ!」と今更ながらあわてている。
が、もう遅い。雫たちは強襲部隊員たちの射線を塞いでいる。雫たちを排除するにしても、強襲部隊員たちは日傘に隙を見せることになってしまう。
そして先の読めないのは、シュウも一緒。
彼女らの身を案じる……だなんてコトはない。雫も琴音もハイスペック。逃げ切るくらいはできる。どころか、一般人の楓を連れ出すことさえ可能だろう。
なので、
(――――なにしに来やがった?)
と、シュウは彼女らに視線で抗議する。
しかし雫も琴音も楓さえも、それを無視して彼女らは口々に言った。
「そこの吸血鬼さん。あたしの方が従順な人質になれるわよ?」となぜか挑発的な雫。
「私は人質になるために生まれてきました」と意味不明な嘘をつく琴音。
「き、危険よ、みんなっ! 人質になるなら風紀委員長の、わ、私っ!」と必死な楓。
そんなふうに雫たちは、三者三様に人質立候補した。
「な、なにが起きている……?」
強襲部隊員たちの困惑の声が上がる。無理はない。楚々としたお嬢様と弓道着姿の美少女と硬派そうな少女までもが人質権(?)を争っているのだ。
だがシュウだけは、彼女らの目的を見抜いた。
琴音は事前に話した通りに、吸血鬼の殺害が目的だろう。その証拠に目つきが異常なまでにすさんでいる。
で、楓はおそらく、委員長的な義務感と善意だ。人の良い彼女はきっと、シュウの身を案じてくれているのだ。よく見れば、軽く涙目だったりする。
(……なにこの罪悪感、俺が泣かしたわけじゃねーのに)
と、シュウはちょっと心苦しかった。その気になれば一応、自分は脱出できないこともないのだ。こうして拘束されているのは、吸血鬼の大金を頂くため。
そして、その野望は――
「あたしを人質にした方が同情を引けるわよ!」
人質としてのセールスポイントを力強く主張する雫と一緒だ。彼女の視線は日傘の鞄からはみ出ている札束に固定されている。
(この吸血鬼の金は、俺のもンだ!!)
内心で猛っていると。
「――!!」
雫が黒々しい笑みを浮かべた。
(|気取≪けど≫られたッ!?)
そう焦るものの、手遅れだ。
すぐさま、雫は上唇をなめて左目だけを細める。
それは合図――悪徳生徒会の、裏会議が始まる暗号だった。
しかも声が出さない状況下を想定したもので、要するに馬鹿みたいに素早いアイコンタクトを始めるわけだった。モールス信号をアレンジし、使用頻度の高いフレーズをワンアクションとしたアイコンタクトは無音での会話が可能。悪徳生徒の正式会員のスキルだったりする。
そんな高速アイコンタクトで、雫は主張した。
『分かっているわよね、あたしの小悪党? あたしが会長。|横取≪よこど≫らせなさいよ』
と、琴音も参加してくる。
『言ったはずです、吸血鬼は私の獲物と』
舌打ちしつつ、シュウも参入。
『どっちの提案も断る。二人とも帰れ。ちゃんと地獄にだぞ』
『甦ればいいわね、|閻魔≪えんま≫を脅して!』と酷いコトを楽しそうに意思表示する雫。
『射殺します、閻魔でも』と殺意みなぎる琴音。
『よし、そろそろ閻魔が今の俺みたいで可哀想だ。地獄への旅行計画はしっかり死んでからだ』
そう伝えつつ、シュウは状況を確認する。
背後の日傘は、「……どの者を人質――いや友人とすべきか?」とか悩んでいるし。
強襲部隊員らは、「応援はまだか!?」などと無線に怒鳴って動揺中。
アイコンタクトを知らない楓は「わ、私が人質にっ!」と必死に叫んでくれている。
一応、危険はないので、楓に対して内心で微妙に平謝りしつつ、アイコンタクトを続ける。
『で、だ。今まで俺が人質をやってたわけだぜ? つまり俺の|手柄≪シノギ≫なわけ。邪魔すンな』
神妙な感じでアイコンタクトしてくる雫。
『……分かったわ、仕方ない。お金の取り分は、あたしが八、琴音が一、あんたが一で』
『なにが分かったんだよ、このヤロウ』
『その金、例の銀行強盗のモノでしょ? そのまま使えないでしょ? あんたも琴音もマネーロンダリングはできないものね? でもでも、あたしには難しくないのよっ!』
『生き生きと他人の弱みにつけいンな、これだから極道なお嬢様はッ』
と、琴音が参入。
『もう我慢できません、そろそろ血が見たいです』
『怖ぇよ! しかもそれ、もう俺の血でもいっかな? みたいなコトだろっ!?』
全うなシュウの主張を無視しそうな琴音を、雫が説得。
『聞いて、琴音。今だったら、あの強襲部隊の連中が邪魔してくるわ。手柄を横取りされたくないでしょうしね』
『なるほど、確かに』
『だから、あの吸血鬼をこの場から連れ出す、立派な人質が必要よ』
『――なるほど、確かに』
『すげぇな、誰も俺の言うコト聞かねぇーの』
そんな愚痴もやっぱり聞きかない雫と琴音が計画を練っていく。
『うーん、人質が無傷だと切迫感が出ないわね』
『問題ありませんよ、その人質、皆のために刺されてくれますから』
『おいこら、俺だっていじめられたら泣くンだぞ!?』
『あ、それ惨めでいい人質ねっ! 号泣案、採用っ!』
という感じに、シュウがなにを言ってもダメだった。なんか順調に被害者になっていくだけだった。背後から拘束してくる吸血鬼よりも、よっぽどタチが悪いのに捕まったらしい。
ちなみに着々と強奪計画が整っている間、
「その人質を放してっ、お願いだからっ!」
勇気を振り絞って楓は訴え続けていたし。
「……むぅ、この三人とも上手く仲良くなれんものか?」
所持金が狙われているのも知らず、日傘は一人で盛り上がっていく。
「いや、|驟雨≪しゅうう≫が友人となってくれるかを先に聞かねば、うん、わたしが聞いた驟雨ならば返事は決まっているが。しかと耳にしたい、こう、幾度も思い返したいのだっ」
ある意味、|暢気≪のんき≫な修羅場のなかで、強襲部隊員の一人は決断していた。
指揮車からの秘匿回線で、人質にされた男子生徒の情報が入ったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます