第7話 滅亡寸前の吸血鬼の夢

 一方、シュウを人質にした吸血鬼――|日傘≪パラソル≫はずっと舞い上がっていた。

(吸血鬼の滅びの命運を今夜、わたしが変えるのだ)

 その資金を確保するべく、銀行強盗を敢行した。逃げ切るために仲間の吸血鬼と別れたが、成功といっていいだろう。手にしたボストンバックには、紙幣が詰まっている。

 また別れた仲間の吸血鬼とも、この高校で合流する手はずになっている。

 吸血鬼の命運を変えられた先。待ち受ける明日は、何度となく思い描いていた。

 いつも思い描く理想の明日は――いつか聞いた、おとぎ話。

吸血鬼に語り継がれた夢物語。それは、おとぎ話らしく軽やかに現実を飛び越える。


 だって吸血鬼が人間に出会うために夜から昼へと歩んでいく、と語るのだから。

 

 そんな夢物語を、大半の吸血鬼は信じていない。いや、おとぎ話など忘れているだろう。それほどまでに吸血鬼は現実に追い立てられている。陽の光と退魔士に怯えて逃げて、地下で息を殺すように生きるしかないのだ。

 特に『抗体』で吸血を封じられてから、吸血鬼は『|飢餓≪きが≫』にどんどん殺されていった。

(……人間は分かってくれぬのだろうな、吸血鬼の『飢餓』は)

 日傘が思う通り、吸血鬼の『飢餓』は人間の飢えと違う。そもそも吸血は食事ではない。

 吸血鬼にとって人の血は、麻薬に近い。吸血鬼は生まれながらに人間の血液に対して中毒、依存しているようなもの。それゆえに、血を吸わずにいると禁断症状に陥る。

 禁断症状――『飢餓』は身心を蝕み続け、最後には灰になってしまうのだ。

 無論、『飢餓』に殺されるまでの年月、身心の損耗や吸血本能の肥大化は個体差がある。ここまで生き延びた日傘もけれど、吸血鬼の宿命からは逃れられない。

だが、それでも。

「|吸血鬼≪わたし≫にとって人間とは友人とすべきもの」

 友人になってくれるかもしれない|人質≪シュウ≫に、日傘は己の誓いを宣言する。

「わたしは人間の血を啜らないと決めている――たとえ餓死しようとも、だ」

 吸血鬼の宿命に抗うと、日傘は決めていた。それは、『抗体』が人間の血を猛毒と変えたから、現実に追い詰められたから決めたことではない。

(わたしは人間たちの隣に居ようと、あの夜に誓ったのだ)

 記憶の底にある誓いの夜。そのとき抱いた己の意志を思い返し、日傘は奮い立つ。

必ず吸血鬼の滅びを自分が終わらせ、人間たちと共に生きていくのだと。

(……ただ、)

 脳裏を過ぎる、彼を人質にしたときに逃走した人間の悲鳴。人間が吸血鬼に怯えて逃げるのは普通なのだ、こちらに襲う意志がなくても。ましてや銃口を向けてくる強襲部隊員たち。彼らは容赦無く、吸血鬼を狩ってくる。

 そしてなにより、人質にした桜塚驟雨。

 彼の父親の話によれば、おとぎ話の主人公になるような優しい人間のはずなのに、友人になりたいと願ったが無反応だ。

 もしかして人間になれたとしても、と日傘は思う。

(真昼の世界には――ずっと昔から|吸血鬼≪わたし≫たちの居場所はないのだろうか?)

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