第44話 もっと、彼の顔を見ていたかった

 瞳に焼き付けたのは、彼が彼自身の宿敵を倒し果せたこと。

(うん、さすがシュウだ)

 思わず、微笑んだ。

 嬉しくてたまらない。

(打ち勝ったのだ、宿命に)

 敵が倒れ伏して、彼の顔がさっきよりもよく見えた。

 惚けたようなその顔には安堵と、かすかな誇らしさがあった。そんな彼の顔を見て、自然と口が動いた。

「……格好悪いね、その右腕だけの甲冑姿」

 悪口になってしまったのは、きっと、彼の所為だ。

「悪かったな、うるせぇな、ってか自分でも分かってンだよ」

 だって、彼も悪口で答えてくれたのだ。彼らしい、少し拗ねたみたいな、悪ガキみたいなそ彼の顔を、もっと見ていたかったけれど――

「――お前、残った片眼も……っ!」

 やはり、彼は気づいてしまった。

 そう、彼は気づくのだ――吸血鬼の、|化物≪わたし≫なんかの傷さえも。

 だから、彼は駆け寄ってくる。

 きっと、必死な顔をしているのだろう。

 必死な顔に、彼の優しさが隠れているのだろう。

 そんな彼の顔を今は、わたしには、はっきりと見えないのだ。

「……クソッ、思ったよか甲一号ウイルスの進行が早ぇッ! 待ってろよ、日傘ッ! 俺が甲一号ワクチンも人化血清もまとめて――」

 彼の必死で――優しい声音が遠ざかる。

 遠のいてしまう彼に、なにか言い残さねばと思うものの

「――、」

 唇が動かない。それどころか目蓋が落ちる。意識が暗闇に引きずり込まれていく。

(シュウの言う通り、わたしは愚かだな)

 彼に残していく最後の思い出が、つまらない悪口だなんて。

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