第5話 悪徳生徒会の書記はクズであることを自覚している、大悪党の父親のせいで。
その後、シュウは学校中にトラップを仕掛けて回った。結果、鳥羽高校は忍者屋敷ばりに仕掛けまみれ。踏んではいけないタイルとかが存在する。
とりあえず一段落だと、シュウは適当な空き教室の床で寝っ転がっていた。と、監視カメラにダラけているのが映っていたのか、雫から連絡が入った。
『ねぇ、書記。あたしに働けって怒られるの好きなの? 待ってたの? マゾなの?』
「たとえマゾでもお前じゃ盛り上がらねぇよ、俺は」
『……想像させないでよ。っていうか、あたしに下ネタは早すぎるわね』
「なに照れてンだよ、お前にそんな女子力は無いはずだ」
『やかましいわね。いいからトラップのチェックに回って。あんたの担当なんだから』
「や、俺が仕掛けたやつなら問題ねぇぞ」
と自信を持って言うように、シュウのトラップ技術は一流の域にある。罠スキルを持つ理由は聞いてこない。極道らしく後ろ暗い人間に慣れているのだろう。
『そ、あんたが言うなら問題ないか』
「ああ、そうさ……って、悪い、ちょっと無線切るぞ」
『ん? その声色だと、アレね? いつもの女の子からの連絡?』
「そう、お前の百倍以上に可愛い女の子からのDMだな」
『ほほう、飽きもせずあたしにケンカを売る訳ね?』
不穏な声を上げる無線機を切りつつ、シュウは立ち上がって空き教室を出る。足の進む先は廊下の隅。そこは監視カメラ網の死角だった。
「雫なら|読唇術≪どくしんじゅつ≫とか使えても不思議はないし」
ここまで雫さえ警戒しなければならないのは、
「……やっぱ|小春≪こはる≫から、か」
DMの送り手である妹を護るためだった。誰からも……悪友からも隠さねばならないほどに、シュウと妹は面倒な過去を背負わされていた。
「だから、兄貴にまで気遣う大人な中一になっちまったんだよなァ」
わざわざ電話をしていいかを尋ねる妹のDMに、シュウは目を通す。
そして返信しようとした指が震えていることに、
「いや、まァ、妹さえ安心させられねぇ俺が情けねぇ兄貴なんだけどさ」
頭痛みたいに意識を突き刺してくる過去に、シュウは口端を上げた。
(あの家では、小春はいつも泣いていたな)
子供の頃、泣き沈む妹の前で立ちすくむだけの自分自身も思い返す。
(けど、俺に気づくと笑ってみせてくれた――涙を流しながら)
無力な兄貴を許すような、妹の微笑を思い返す。
「……|日彰≪にっしょう≫サンよ」
鼻歌のように響かせたのは、父親の名前。シュウと妹と母、家族を崩壊させた張本人。いや世間的にはそれ以上の者だったと記憶されている。
人類を裏切った男――それが父親の悪名だ。
「恨むくらいは、許せよな」
シュウが自嘲気味に笑ってみると、視界に異変が起きた。
「……ん? なんだ?」
テレビのノイズのように、視界が歪んだ。自身のぼやき声が、今度は耳鳴りに潰された。
「おいおい、それほど疲れてねぇはず……」
意識が曖昧になる。現実認識が夢みたいに揺らぐ。
無意味かもしれないが、頭を振って目をきつく閉じる。
(先月の闇医者の検診によりゃ問題なかった。いや、あいつヤブって線もあるかァ?)
内心で毒づきながら、まぶたを押し上げたときには。
「……ッ!?」
突如として――その父親が正面に立ち現れていた。
「……、」
目の前の父親は白昼夢だ。シュウはそう判断した。父親はすでに死んでいる。いや、正確には吸血鬼に協力して殺されているのだ。
しかも吸血鬼を討伐する退魔士だった父親が、だ。吸血鬼の国外脱出計画に、父親は|荷担≪かたん≫していた。『抗体』の普及率の低い第三国へと吸血鬼を逃がすその計画は、半ば結実。
桜塚日彰と吸血鬼の一派は旅客機を奪取……するも、空自のF15に撃墜された。海中へと没するはずの旅客機はしかし、最後の抵抗とばかりに都内の住宅街へと突っ込んだ。多くの死傷者を出した一連の事件の日にちなみ、4・2事件と呼ばれている。
父親の動機も、その詳細も、シュウは知らない。全ては報道、人づてに聞いたこと。
知っているのは――誇張ではなく国中からの中傷にさらされて。
(小春が、まともに笑えなくなったコト)
父親が仲間を殺したのだと逆恨みした吸血鬼に襲撃されて。
(優しかった母さんの……精神が粉々に壊れちまったコト)
母親を田舎の精神病棟に潜伏させてから、逃亡犯のように生きるしかなかった自分と妹。過去の記憶を振り切るように、つぶやく。
「逃げ切ってやるよ」
自分も妹もようやく普通にやっていけるようになったのだ。たとえ素性を隠して、偽の身分でしか生きていけないとしても。それでもやっと得られた、まとも生き方だ。
だから、ひとつ決めていた。
(ああ、そうだ。俺は親父みたいにはならねぇ)
父親のように身内以外の、それも吸血鬼なんかを助けようとして悲惨な目には合わない。そう、テロ計画を決行した父親の如き大悪党ではなく。
(俺は小悪党として生きる)
自分と身内、悪友のためだけに小狡く上手く世の中を渡っていく。
(ああ、そうだ。どうでもいい他人――特に吸血鬼なんざ絶対に助けねぇ)
小悪党としての、それが自らに課した|掟≪おきて≫だった。
「ああ、そうだよな」
こんな幻覚だって、かつてはよく見た。今更、気にするほどでもない。けれど、父親は生前のように飄々とした笑みを浮かべ、外人みたいに軽く手を上げた。人類の敵などという壮大な悪名が似合わない、いつもふざけているような男だった。
幻覚の父親が再び口を開く――が、その途端、
「……あ?」
父親の幻覚は悪夢みたいに、消えていた。
「なんだ? なんだってんだよ……?」
ぼやいて、シュウはその場にへたり込む。目元に手をやった。涙のあとはなかった。幻だとしても、久しぶりに父親と再会できたというのに。
「いい薄情さだ……しっかり|小悪党≪クズ≫だな、俺は」
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