第30話 敵同士は嘘しか言わない

 赤紫色の防御結界に囲われた校舎を見て、久鬼征治朗は指揮車に戻った。

(防御結界の継続時間は、あと二時間。甲一号ウイルスが大気中で存在できる時間も同様だ)

 よって予定通り二時間後に突入だと指示するべく、征治朗が無線を取ると。

『あーあー聞こえるか、征治朗サンよ』

 強襲部隊員の無線の共通周波帯で、シュウの声がした。おそらく強襲部隊員から奪い取った無線機からだろう。驚くことはない。予想の範囲だ。

「しっかり聞こえているが?」

『応答、感謝するぜ。ちなみに感度良好だ。つか、あんた、テロリストの方が向いてるぜ? ウイルス兵器とかぶち込んでくるあたりなー日本じゃないほうがご活躍できるぜ?』

 妙に陽気なシュウの声に、征治朗は眉をひそめる。

(虚勢か? それとも死の恐怖で正気をなくしたか? それともブラフ――)

『おいおい、黙ンなよ。いや、謝るべきか? 妙に愛想が良くてごめんな? ああ、安心しろ。俺は余裕ぶってるわけでも、狂ったわけでもねぇからさ』

「ならば?」

『少し興奮しちまってんだ。ついさっき、俺はあの吸血鬼を殺したンだからな』

 征治朗は考え込む。シュウたちがもともと持っていた無線は未だに傍受し続けている。しかし砲弾を撃ち込んで以降、交信自体がないのだ。シュウの言葉の裏がとれない。

『おいおい、黙るなよ。あんたが言った条件ってヤツだろ?』

「それが、退魔士の生き方だ」

『今となりゃ同感だ。ちょいと甘い作り話をしてやったら、あの吸血鬼は背中を向けて――』

「それで、この会話の真意は?」

『確認さ。俺を本当に、あんたの部下にしてくれンのか?』

「無論だ」

『本当かな? 今、強行突入しないのはアレだろ? 甲一号ウイルスってやつのせいだろ? 宿主無しでウイルスが生きられんのは防御結界の継続時間と同じ、二時間くらいってトコ?』

「――」

『おいおい、驚くなよ。俺も結界を使う退魔士なんでね、それくらいは分かるさ。いやいや、んなことよかさ、あんたは二時間猶予をくれるって言ったのに、ウイルス入りの砲弾をぶち込んだわけだ。それで、俺はあんたの言葉を信頼しきれねぇ』

「……日彰の遺言は?」

『安心しろ、親父の鬼道術理論は理解してる。他にも手みやげがあるぜ。他の仲間も拘束した。この連中はサンプルとして、どうせ吸血鬼を解剖とかしてるマッドな研究所行きなンだろ?』

「父親よりは賢いようだな。その父親の仇に下る気分を聞いても?』

『親父を超える、最高の気分さ』

「それで、この無線の真意は? まさか挨拶だけじゃあるまい」

『おう、理解が早いあんたの下は楽しそうだ。で、車……ワンボックスを手配してくれないか?』

「なぜ?」

『嵐山風鈴の首、欲しくない? あの女、あんたの弱み握ってるぜ? だが俺が相手なら……』

「この場を逃亡したと見せかけ、あの女を殺す、か? 匿ってくれとでも言って油断させて?」

『ご名答。やっぱ、俺とあんたは上手くやれンな』

「車は用意しよう」

『でさ、嵐山風鈴を殺せたら成功報酬として甲一号ワクチンに、人化血清をおまけしてくれ』

「……なぜだ?」

『親父の遺言の裏取りをしたいンだ、あんたのためにさ』

「いいだろう」

『就職祝い、もう一つ欲張らせてくれよ』

「なんだ?」

『あんたに殺されるとき、親父はどんな顔してた?』

「…………笑っていた、な」

『はっ、あのおっさんらしい人生舐めた死に様だ』

 そのふざけた軽口で、シュウは無線を切った。

(桜塚はお得意の騙し合いを再開した、か)

 冷めたように思いつつも、征治朗の口端は吊り上がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る