第36話 悪徳生徒会長は嫉妬する

 夜空から舞い落ちてくる札束に、|黒河雫≪くろかわしずく≫は舌を打つ。

「綺麗すぎるわよ……シュウの分際で」

 甲一号ウイルスの初期症状で、雫たちは立つ気力さえなく屋上で寝っ転がっていた。

(病院は無駄よね。あの二人を信じてワクチン待つより他にない、か)

 ため息をつく雫に、琴音が声をかけてくる。

「初めて聞きます、雫のため息」

「あたしだってね、病気のときには弱気になるのよ」

「初めて見ます、雫が嫉妬するところを」

「うるさいわね。それより、あたしたちが助かるかどうか賭けない?」

「死ぬ間際まで退屈しないのですね、ギャンブラーは」

「逆よ、退屈しないために賭けをするの」

 と、楓が割り込んできた。

「も、もう尊敬するわよ、二人とも。こんなときにまで冗談を言えるんだから」

「委員長に褒められるなんてね、奇跡ってやっぱりあるのよ」

 口端を上げてつぶやく雫。

「こ、今夜だけだよ、私が貴女達を褒めるのはっ」

 力が抜けたような長い嘆息をして目を閉じ、楓がぼやく。

「あぁ、もうっ、今夜の私はどうかしてたぁ! 二度と、貴女達に付き合ったりしないっ!」

「……それは無理ね。あんたは、あたしたちがなれなかった本当の善人だから」

 楓に聞こえないように憧れを乗せてつぶやいて、雫はスマホを取り出す。

「賭け金の回収は、下っ端をコキ使うわ」

「賭けは成立していませんよ、雫。私たちは皆、シュウくんを信じています」

 琴音の言葉を無視して、雫はこのビルに詰めている若い衆に指示。内容は金の回収と、万一のために自分たちを匿うことだ。

 自分ができる全てを終えて、雫は寝てしまおうと思った。

 だが舞い落ちてくる札を見つめて、ふと格言を思い出す。

「……地獄への道は善意の煉瓦でできている、だったかしら。その逆もあるのかもね」

 独り言のつもりだったが、琴音が付き合ってくれた。

「悪意が、楽園に通じていると?」

「少なくともシュウはきっと、そんな思い違いを始めているわね。小悪党の性悪さでもって、この現実を今よりマシにしようとしているんだから」

「あの吸血鬼の、影響かもしれません」

「……少しだけ悔しいわね、それ」

 彼に置いて行かれた寂しさから逃れるように、雫は話題をすり替える。

「もしも日傘が生徒会に居てくれたなら、シュウは変わり続けたのかしらね」

「シュウくんだけではなく、雫も。神の実在を証明できるくらいの確率で……私も」

「あら、趣旨替え? 吸血鬼嫌いは今夜で終わり?」

「少なくとも……あの吸血鬼だけは嫌えなくなっていったかもしれません」

 琴音は独り言みたいに続けた。

「しかし、あの吸血鬼は悪徳生徒会にとって一夜かぎりの夢に近いですね」

「そうね……もう会えないものね」

 かすかな沈黙が生まれ、雫は日傘への謝意やら感謝を胸に秘めていると。

「日傘、さん」

楓がつぶやいていた。

「どうして、もっと一緒に居られなかったの……?」

 すすり泣き始めた楓を笑い飛ばすように、なぐさめるように、雫はつぶやく。

「幸せを掴んでくれって、あんたは最後に言ったけど……残念だったわね、日傘」

 忘れないうちに、彼女に答えておく。

「あたしたちはもう幸せだったわ――今夜、あんたとバカ騒ぎできたんだからね」

 言い終えてすぐに、強い夜風が雫の頬をなでる。だからか、この夜風が生徒会の声明を届けてくれるなどと、あの吸血鬼みたく夢見がちに、信じておくことにした。

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