第35話 悪徳生徒会の文化祭の終わり

「あははははははっ! ああ、どうしてこう、ヒトをおちょくるのって楽しいのかなァ!」

 ワイヤレスイヤホンから流れてくる征治郎の激高ぶりを、シュウは堪能していた。

 ちなみにこのリアクションが知りたいがために、昔のラジオを改造しての盗聴器(FM電波帯をジャックするので逆探知はされない)をこしらえたのだ。で、吹き付ける強い夜風とプロパンガスのバーナー音に負けないくらいに、爆笑している。


 が、その実、余裕は全くない。


 なんせ今現在、上空二百メートルを飛んでいるのだ――しかも、手作りの熱気球で。


 屋台用のプロパンガスが即席のガスバーナー。気球の本体は屋上一面に仕掛けていた強化ブルーシートの罠、通称・生ゴミ袋の転用。強化ブルーシートは丈夫で機密性も高く軽い。なおかつ、もともと球状になる仕掛けだったので端々を縫製するだけだった。

 で、ゴンドラは屋台の骨組みを溶接して形にし、ベニヤ板を渡して暗幕を張った。

 球皮の縫製は楓。ゴンドラの骨組み溶接はシュウ。設計は気球に搭乗経験のある、黒いお嬢様な雫。また航行に必要な風は、狙撃手な琴音が読んでくれていた。

 当然、気球制作など初めてだったから、様々な問題が発生している。とりあえず乗り心地は最悪。一畳半ほどのスペースにスシ詰め状態だ。


 ――いや、乗り心地はどうでもいい。墜落が危ぶまれているのだから。


「ゲスい笑顔をしてる場合じゃないわよ、シュウ! 計算より早くガスがつきるわ! 誰よ!? 体重を虚偽報告したのは!?」

「意外なことに、私です」

「せめて赤くなって照れなさい、琴音!」

「え、え? 計算が合わないって……落ちるの!? 私たち死んじゃうのっ!?」

「委員長、黙って! ってか手伝って! ガス切れボンベ捨てるからっ!」

 雫と琴音と楓がプロパンガスのボンベを、眼下を過ぎ去っていく無人のビルの屋上に放り捨てた。深夜のオフィス街なので|人気≪ひとけ≫はない。もし外れたとしても死傷者は出さないだろう。

「よし、琴音の体重が今のボンベより軽いことを祈るわ」

「私の体重を甘く見ないでください」

「あはっ、やっぱあんたを落とせば良かったのかしらねー」

 軽口を叩き合う二人に対して、楓がうなだれる。

「うぅー笑ってる場合じゃないよぅっ! 墜ちちゃうんでしょっ!」

「な、泣くなって。気球は炎なくてもすぐには墜落しないし、多少の計算ミスにも備えてンだ」

 楓の肩をたたき、シュウは日傘を指差す。

「日傘! 今からお前がガスバーナーだ! ほら、炎出せ、早く!」

「月が近いぞ、シュウ! 触れられるやもしれんっ!」

「あ、くそっ! うきうきしてンなよ、ガスバーナー!! つか、コイツに熱気球の説明すんの忘れてたのは、俺だけど!」

 向き合った日傘の手を取り、気球内部に導く。

「普通の赤い炎、火力は押さえ気味から徐々に強く! 気球に直撃させんなよ、元はビニールだからすぐに溶ける! 今言ったこと全部やんねぇと墜落死だからな!」

 小首を傾げつつも、日傘は炎術を発現した。

「う、うん? そうなのか、欠点だらけなのか。シュウの悪知恵もたいしたことないな」

「うるせぇぞ、予備燃料。黙って炎垂れ流せ。つか、しょうがねぇだろ、そもそも思い付きなんだから……いやいや実際、こんな飛ぶとは思ってなかったし――」

 本音を漏らすと、皆に睨まれた。

 抗議は当たり前だとは、シュウだって思っている。この脱出方法を自信満々の顔で演説した。ただ皆も結局は、納得していたはず。

 そう――花火を打ち上げた直後、シュウたちは屋上に運び込んでいた気球で飛び立った。本来ならばすぐに気球は膨らまない。だが、シュウがそれを解決した。気球の内側に仕掛けた爆炎の攻性結界を発現させて、即座に気球内部の空気を熱し、膨らました。結界内にだけ効果のある攻性結界の特性を活かし、気球自体を損傷させずに浮力を捏造した。

 そんな作業をするためにも、花火を打ち上げたのだ。花火は上空に一旦、敵の目を向けさせる狙いもあった。一度、警戒した場所には注意を払いづらい。逃走車両の爆破、人質の解放、矢の掃射も狙いは同じ。敵の目を上空から外すためだった。

 余裕ぶった顔を取り戻して、シュウは口端を上げる。

「ま、いいじゃねーか。今のトコ、上手くいってんだからさ」

「それそれ、あたしたちが聞いてた以上に上手くいってるのよね」

 雫が腕を組み、問うてくる。

「琴音が射抜いた逃走車両、誘爆したわね? 手榴弾の爆発じゃなかったわ。きっと爆弾が仕掛けられてた。どうしてエンジンルームだって読めていたの?」

「逃走車両には、なんか細工するだろうなってコトぐらいしか読んでねぇよ。ま、車爆弾作るなら爆薬仕込むとこはエンジンルームが多いってだけさ。誘爆したのは単なる運だ、運」

 なんとなく不機嫌そうに、雫はまた問うてくる。

「で……鬼ごっこで使う予定の檻を攻性結界の遠隔操作で壊して、人質の余りを逃がす。それは理解できる。でも彼らが都合よく校庭に出て、包囲網へと向かったのは?」

「またも幸運だな。ま、人質の余り連中も|征治朗≪テキ≫のウイルス宣言を聞いてたから、ワクチンを求めて走るだろうな、っていう当たりはつけてたけど」

 眉が跳ね上がる雫に、追加の説明をしておく。

「あいつらは校舎内に居ても良かった、俺らが校舎内に残ってるって演出できればな。そんなわけで、時限式のワイヤートラップの矢の掃射もやったんだ」

「……全部、教えてくれても良かったじゃない?」

「悪かったな、余裕が無かったんだ……そう怒るなよ」

 言い訳してもむくれ続ける雫に肩をすくめつつ、シュウは足下のボストンバックをつま先で小突く。中身は日傘が銀行強盗で得た札束だ。

「慰謝料が欲しけりゃ、俺の取り分から勝手にとれ」

「嘘ッ、シュウが金を自分からッ!? 明日、世界が滅ぶのね!?」

「……うるせぇな、金に汚いシュウくんが滅んだンだよ。今夜、あの校舎でな」

 適当に言った言葉に、シュウは自分自身で納得した。

 そういえば、今まで金のことを忘れてたのだと。きっと調子に乗っているのだろう。自分らのようなクソガキだけで、空だって飛べてしまえたのだ。

 調子に乗って思うのは、自分は本当には、どこにだって行けるのだということ。望みさえすれば、運命と血縁関係な万有引力だって振り切れた。

 そう、ボロくず同然の気球がそれでも、夜空を進んでいくのだ。現実から解き放たれたように、自由な夜だった。

「ああ、そうさ。十六年かけて育てた小狡いだけの俺はたぶん、もう死んだ。誕生日を境に変わった俺は馬鹿を押し通すために、悪知恵を駆使するンだ」

 そんな自分語りは雫と琴音には無視され、楓はそもそも聞いていなかったらしく問うてくる。

「そ、そんなことよりも、無事に着陸できるよねっ!?」

「……はいはい、分かってるよ、委員長。着陸も決めてやるって」

 言いながら、シュウは苦笑する。皆、いつも通りだと。否、いつも通りにしているのだと。

(なんだかんだ――やっぱ、こいつらはタフだな)

 そう、本当ならば、命を脅かす甲一号ウイルス兵器のことを、誰かが口にしてもいいはずなのだ。確かに、常人には三日以上の時間が残されているとは宣告されている。もちろん、シュウは皆に甲一号ワクチンを奪取するまでの計画も演説してある。

それでも、甲一号ウイルスの初期症状は現れているのだ。

 雫は時折こめかみを押さえていた。琴音は時折咳き込む。楓は少し顔が赤い。今はまだ風邪と同じ程度だろう。

 だが刻々と死に向かっているのだ、恐怖がないはずがない。

 それでも普段通りにしているのは、きっと日傘のため。最後に、自分たちの日常を彼女に贈るつもりなのだ。

(まぁ、雫と楓は間違いなく、そうだろうな。琴音は正直、分からねぇけど)

『……想像に任せますよ』

 と、琴音がアイコンタクトを送ってきた。彼女の顔を見ていたとはいえ、絶妙なタイミング。この狙撃手とも長い付き合いだから、表情を読まれたのかもしれない。

(……ははっ、最高の馬鹿どもだ。最高の悪友どもだ)

 かすかに声を上げて笑っていると、注視していた眼下の街に目当てのモノを見つけた。琴音を警戒し、表情を消しつつ、シュウは口を開く。

「雫、質問がある」

「なによ? シュウ暗殺の日時が知りたいの?」

「それは知らないでおく、せっかくの暗殺が暗殺じゃなくなるし。で、だ。えっと二時方向……あのオフィス、お前の親戚の企業舎弟だよな?」

「そうだけど……――なに企んでるの!?」

 雫が警戒するよりも早く、日傘に目配せする。

 途中から妙に静かだった彼女の目には、やはりというか、涙がたまっていた。けれど、彼女は慣れないウインクで、涙をひとすじ流して答えてくれた。


 ――彼女との悪だくみの始まりだ。


 赤い炎を消した手に素早く、彼女は銀色の炎をほとばしらせる。瞬く間に揺らめく鉄鎖になった銀の炎は、雫と琴音と楓を一気に拘束した。どこで覚えたのか、鉄鎖は囚人を移送するように腰と手首に絡みついている。

「囚人姿、よく似合ってンぞーお前ら、や、楓はちょっと微妙かな?」

「シ、シュウ君!? な、なに、これっ! ど、どうして!?」

「……ま、説明は甲一号ワクチンを届けたときにな」

 言うと、雫と琴音が口々に不満を告げる。

「侮辱された気分よ。あたしは足手まといってこと?」

「今度から、シュウくんの表情をも当てにしません」

「はいはい、明日にでも雫には詫びを、琴音には変顔してやるよ」

 言いながら、シュウは雫の実家と繋がりのあるビルの屋上が近づいてくるのを確認。取り決めていた通りに、彼女にうなずく。

「今一度、皆に言う」

 かすかに震える唇で、彼女は静かに告げる。

「人としての幸福を掴んでくれ」

 雫たちの返事も待たず、彼女は銀の鉄鎖を片手で操り、雫たちを夜空へ放り出す。次いで、彼女は空いていた手に先端に|錨≪いかり≫のある鉄鎖を形成。投げ縄のごとく、雫の持ちビルの屋上へ投擲。錨がコンクリートを穿つ。

 ここでシュウも彼女に助力。共に錨のついた鉄鎖を綱引きみたいにして、吊した雫らが着地できる二、三メートルまで屋上を引き寄せた。

 急造の気球でできる、強制的な高度調整だ。タイミングを見計らって、うなずく。

「すまないな、最後に騙してしまって」

 彼女は銀色の炎を消失させた。

「気にすんなよ、日傘。あいつらも、たまには騙される側に回るべきさ」

 拘束が解かれた雫らが屋上に転がるのを、シュウは登山部から盗った双眼鏡で確認した。

 そんなときに、彼女のささやきを耳にとめる。

「出逢ってくれて、悪友となってくれて……本当に、わたしは……わたしは……」

 言いかけた言葉の続きのように、彼女は赤い炎を両手に吹き上げさせた。雫らの居る屋上をつなぎ止める鉄鎖はすでになく、それだけで気球は緊急上昇。

 だんだんと小さくなっていく雫らを見送るように、彼女の横顔が微笑をみせる。やっぱりというか、ちょっと無理した彼女の笑顔に、悪態をついてやる。

「――捨て台詞が足りねぇよ、日傘」

 ニヤつきながら、足下のボストンバックを掴み上げ、遠ざかっていく屋上に向かって放り捨てる。バックの口が開いていたのか、一万円が幾札かひらひら舞う。

 銀行強盗の汚い金が粉雪のように綺麗に見えるほど遠のいて、次第に屋上すら見えなくなっていった。もちろん、雫たちの返礼を確認するすべは、今はない。けれども。

「見たかよ、一億円のサヨナラだ。あいつらコレで、日傘を死ぬまで忘れねぇよ」

「……うん」

「だからさ、泣くなよ」

 彼女の涙を強引に拭ってやると。

「無理を言ってくれるな、シュウめ」

 彼女の顔には、不敵な笑顔が現れていた。彼女はほんの少し悪どい笑顔で、少し失敗した現実を悪徳生徒会らしく騙したのだった。

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