第34話 敵は校舎突入する

 指揮車のモニター越しに、征治朗は校舎を覆う防御結界を見つめていた。

(防御結界の継続時間は、あと六十二秒ほど)

 装甲車列からの監視映像をも、征治朗は目を走らせる。校門付近を映し出すモニターには防御結界に隣接して止められた、シュウの要求したワンボックスカーがある。

(エンジンルームに仕掛けた爆薬量なら多少離れてもヤツを爆殺できる)

 考えながら、征治朗は爆弾の遠隔起爆装置を手遊びする。シュウが虚言を弄していたところで、車に乗った時点でこちらの思うまま。否、それ以上に、甲一号ウイルス兵器のワクチンを所持しているのだから、彼の命は握ったも同然。

(桜塚ならばおそらく、甲一号ワクチンを奪取すべく俺に接触してくるはずだ)

 そう思ったときに、防御結界の継続限界時間が秒読みになる。警戒心を高める。油断はしない。シュウならば必ず駆け引きを仕掛けてくるはずだ。

 開戦予想時刻の二秒前。異変が起きた。爆発音が響いたのだ。

(防御結界の消失よりも早くことを起こす、か)

 砲撃音のようなそれに、しかし焦らない。鬼道術を遮る防御結界がある以上、シュウの攻撃はありえない。モニターを見続ける。映し出されたのは、打ち上げ花火だ。

「陽動か。ならば仕掛けてくるな。やはり桜塚はあの吸血鬼を殺していない」

 つぶやき、無線を掴む。

「総員、連中が仕掛けて来るぞ!」

 そう叫んだのと同時に、征治朗は見る。モニターに映し出されたワンボックス。そのエンジンルームに突き立つ鏃。手榴弾が括り付けられてある矢羽根。

「伏せろッ」

 指揮車の外壁を揺るがす爆音と衝撃。

(逃走車両の爆薬は読まれていたか。罠使いなら当然、といったところか)

 こちらの罠が不発することにも、征治朗は備えていた。自身は既に甲冑をまとっている。部下にも損害はない。部下は全て装甲車内に待機させてあるのだ。

『――突入命令をっ!』

「待機だ。まだ続きがあるはずだ」

 と、校舎の玄関口から出てくる人影があった。しかしシュウたちではない。武装解除された強襲部隊員――人間爆弾にされなかった人質の余りだ。ただし全員が演劇の衣装に使うような仮面で顔を隠している。それをいぶかしむ間もなく、次なる異変。  

 校舎三階の窓から、無数の矢が降り注いだ。着弾は解放された人質の群れ。人質たちが悲鳴を上げ、散り散りに疾走。

『出てきた連中を助けろ』

 苦渋の選択を、征治朗は告げる。人質の余りはいずれも退魔士。並びに甲一号ウイルス罹患者。サンプルとして有用だ。そこまで考えて――

(――だからこその、罠)

 無線を掴み、潰走している人質たちに走る強襲部隊へ追加の命令を下す。

『解放された連中も先のように、人間爆弾にされている可能性もある! 警戒しろ! 拘束後に顔を確認しろ! 籠城犯どもが入れ替わっている可能性を忘れるなッ!』

 言うや否や、人質の一人から火花が上がった。舌を打つ。命令が遅かったと悔やむ。吸血鬼殲滅への部品が浪費された。

「……?」

 が、予期していたような振動、爆発音はしない。モニターを確認。人質から吹き上がった火花は緑やら赤やら色とりどり。なんてことのない、安物の花火だ。

「こんな状況でも悪ふざけとは父親に似ているな、桜塚」

 この場の主導権を握られてしまったというのに、征治朗の口は吊り上がった。

「命を危険に晒してまで、吸血鬼の肩を持つ、か」

 そう、シュウはもっと命を惜しむのだと征治朗は考えていた。甲一号ワクチンを求めて強襲してくる。そう読んでの迎撃の構えだったのだが。

 無線機を掴み、征治朗は告げる。

「予定通り強行突入を開始する。籠城犯どもは死ぬ気で来るぞ、覚悟しろ」

 これ以上、シュウの命がけの悪ふざけに踊らされるわけにはいかない。敵の仕掛ける攪乱に付き合う必要など無い。結局のところ、彼らは少数戦力の籠城犯に過ぎないのだ。


 急ぎ部下を連れだって、征治郎は校舎へと突入。校舎内を捜索して、二〇分ほどが経過。分散させていた班のいずれからも、シュウらを発見したとの報は届かず。だが焦りはしない。

 校舎は広いとはいえ、いつまでも隠れられるものではない。そしてまた手薄になったとはいえ包囲網の装甲車列は駐機したままだ。彼らが強行突破を仕掛けてきたという報告も無い。

 つまり彼らの奇襲や罠に警戒し、校舎内の彼らを捜せばいいだけだった。高校にしては不可思議な隠し扉や通路があるが、時間の問題だったのだ。

 そう、依然として彼らは自分たちから逃れられないのだ。

 ――だが、しかし。いくつめかの隠し扉を破壊して見つけた地下階段の先。生徒会室に辿り着いたとき、敗北を受け入れざるを得なかった。

「……、」

 出迎えたのは、ネオン看板のようにクリスマスツリーの電飾で描かれた文字列。色紙の寄せ書きのごとく、彼らのメッセージで飾り付けられていた。

内容は『悪徳生徒会を舐めないで』とか『お疲れ様、もう帰っていいですよ』とか『悪はいいずれ滅びますっ!』とか『これが、わたしの自慢の悪友たちだっ』とか『悪党は小悪党に搾取されンだよ』とかが光り輝いていた。

「――やってくれる」

 怒りに奥歯を軋らせた征治朗に、さらに追撃のような部下の報告が届く。

『校舎内は……無人です』

「捜索範囲を校舎外に広げろ。一人も殺さず、俺の前に連れて来い」

 握りしめた鉄棍で、征治郎は電飾の寄せ書きへと振り下ろす。

「連中を甲一号ウイルスの実験体にしてやる」

 しかし引きちぎれた電飾はワイヤートラップのように傍らのモニターを起動させ、『見つけても命だけは助けてねー』とだらけた土下座をしてくるシュウの笑顔を映し出す。

 無論、征治郎は録画映像を流すモニターにも鉄棍を突き刺す。

「――あのガキども……どうやって逃げたッ!!」

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