第25話 騙し合い

 目蓋を上げると、まず、日傘の顔が見えた。

「……おい、俺はなにをされかけてンだ?」

 日傘の手には油性マジックが握られている。

「ち、違うのだ! 悪口を習っていたはずが、悪徳生徒会規則では寝入った者の顔に落書きをすると教えられ、わたしは渋々と、しかし途中から、うきうきと――」

 ため息をつきながら、シュウはニヤニヤしている雫らに抗議する。

「新入りに嘘ついて、遊んでんじゃねぇよ」

「日傘だけ庇ったっ!? うっそ、小悪党のくせに!?」

「うるせぇよ。俺だってごく稀にいいヤツやるンだよ。で、委員長。手鏡くらい持ってるよな。つか、なんで止めなかったのさ、せっかく委員長の見せ場だったろうが」

 開いた手鏡を向けてくれる楓。

「と、止めはしたわよぅっ! でも校則を顔に書かれたら、シュウ君も真面目になるって……」

「雫にでもそう言われて、そそのかされたのか」

 ハっとする楓の顔にニヤついてから、シュウは鏡を見る。落書きはない。未遂だったのだろう。で、なにげなくシュウは日傘へと目線を移す。彼女は我関せずの琴音に抗議していた。

「なにゆえ、嘘の生徒会規則など!」

「この生徒会の不文律ですよ、騙し合いは」

「むぬぅ、さすがはシュウの悪友……もれなく性悪だ」

 そう唇を尖らせながらも、日傘はどこか嬉しそうだった。この居場所にずっとありたいと、細められた瞳が告げている。

(こいつは、この居場所がずっと続くと夢見てンだろうな。人間になれればって)

 奥歯を軋むほど、シュウは噛みしめた。知ってしまったのだ。彼女が求めた人化血清は、彼女を救わない。彼女の夢は本当に現実に殺される空想でしかないのだ。

「うん? シュウ、なんという顔をしている? 日彰に悪口でも言い残されたか?」

 雫たちと交わし合った友情に、彼女は笑顔のままだった。

「……あ、ああ。そんなトコだ。あのおっさん、俺を雑魚だと抜かしやがった」

「ふふっ、正しいではないか。小悪党とは雑魚のことなのだからな」

「はっ、なに本当に悪口覚え出してンだよ」

 苦笑しながら、シュウは思った。

(雑魚ってのは間違いじゃねーな、お前を助けられないかもしれねぇンだから)

 彼女の笑顔を見続けることが苦しくて……その笑顔が失われるものと知ったから、シュウは奥歯を噛みしめた――そのとき。

「……、?」

 監視カメラに写る包囲網の異変を、シュウの目端が捕らえた。装甲車の隊列が割れ、一両の戦車……いや、長砲塔の自走砲が進み出てきた。

(――信じ切ってたわけじゃねぇが、猶予が二時間ってのもブラフかッ)

と、シュウが舌を打つ間にも、自走砲の砲塔は旋回、砲口が校舎へと向けられた。

「全員ッ、伏せろォッ!」

 シュウが叫ぶと同時に、轟音と震撼が校舎を揺さぶった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る