第24話 クズな父親に最後の別れを

 瞬時に、シュウの視界が切り替わった。再び真夜中の海原だ。

「礼を言うべきだろうね、シュウ」

 待っていたかのように立っていた父親が告げた。

「……いらねぇよ、あんたの遺言が必要だっただけさ」

 そのシュウの声が届かない父親は神妙に頭を下げてから、口を開いた。

「まず本題の吸血鬼の人化血清――人魚姫についてだ」

 厳かに、父親が続けた。

「知っての通り、吸血鬼の魂は生来欠けている。魂の欠損を補うために、血を求めるのが吸血鬼だ。ならば、その果ては? 魂の補完を終えたら、どうなるか? 私はそれを突き止めた」

 結論を言う、と父親は前置いて。

「――吸血鬼は人間に生まれ変わるんだ。吸血鬼はそもそも血を求め続けたなら、人間になれるようにできているのさ。そう、吸血鬼に伝わるおとぎ話は真実の断片だったというわけだね。で、人為的に吸血鬼の魂の補完をさせるのが私の血清『人魚姫』だ」

「はっ、なんだ」

 自然と入っていた肩の力を抜いて、シュウはため息を漏らす。

(吸血鬼の生物特性を利用すンのが血清か、なら問題ねぇや)

 雫たちと交わし合う日傘の微笑を思い返して、口端を上げる。

(悪運強ぇな、あいつ。飢餓ってのに殺される直前で、なんとかなったわけだ。そう、あいつは、あいつが夢見たままに人間になって……悪徳生徒会員やってくわけか)

 ふと思い描いたのは、そんな日常。

 彼女が夢見たとおりの、優しいおとぎ話そのままだ。

 もし今夜を超えたなら、明日からは彼女と過ごす日々がある。そう思ったならば、どうしてか、なんでもできるような気がした。否、なんだってしよう、そう思った。

「――しかしね、シュウ」

 続いた父親の声音に、心はかき乱される。

「私の人化血清では吸血鬼を救うことはできない」

 その言葉を皮切りに続いた、父親の人化血清『人魚姫』の詳細説明。吸血鬼の魂に干渉することの意味。その一点からの征治朗の提言、兵器転用の真実味が増す。

 なにより、吸血鬼が人間に生まれ変わるということの意味。

「――……」

 血清と吸血鬼の真実を知って、シュウには分かった。


 彼女との日々は、ただの願望であるということを。


「――……とことん神様に嫌われてんだな、俺は」

 ぼやいた直後、父親がなんでもないことのように付け加えた。

「さて、血清の話はコレで終わりだ。一応、教えておく。私を裏切ったのは久鬼征治朗だ。ま、彼にしてみれば血清の兵器転用を断った私が裏切り者なのだろうけどね」

「…………」

「で、私の敵討ちなどどうでもいい。それより血清のコトだ。日傘とは出会ったかな?」

「……ああ」

「彼女には、お前の居場所を指し示す呪符を渡してある。彼女が生き延びていれば、お前と出会っているはずだ。なかなかに美しい娘だろ? もちろん外見のことではなく」

「ああ、知ってるさ」

「彼女と共に血清の使い方を定めるといい。普通の人間として生きられない|退魔士≪おまえ≫、吸血鬼であることに異論を唱える彼女」

「――」

「そんな二人が思い描く未来は、きっと吸血鬼と人間にとって幸福であると私は信じるよ。そう、彼女と共に吸血鬼と人間の未来を決めてくれ」

「あんたの、それが遺言か」

 苦笑したような顔で、父親が続けた。

「それと、お前が自分の意志を貫けるように、私が開発した攻性結界を授ける。この遺言と同様、お前の脳みそのなかに保存されている。その攻性結界の呪印構成やら発現効果やらが事細かにね。この遺言が終わったなら、知ることができるはずだ」

 口端を上げた父親が背を向けた。

「じゃ、私は行くよ。母さんや小春には……上手く言っておいてくれ。ま、お前は誤魔化すのは得意だから、大丈夫だろうけどね」

 軽やかに去っていく背中に、シュウは口端を上げた。この飄々とした父親は母親や小春がどんな目にあったのか、知らない。けど、それで良かった。小春たちのことは生きている自分が背負うべき。それに死人に言うべきことなんて、決まってる。

「あばよ、クソ親父。俺はあんたよかマシな人生を送ってやンぜ」

 父親が笑ったように、シュウには見えた。

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