第2話 悪徳生徒会は文化祭で、荒稼ぎたい

文化祭前日の放課後、生徒会室でシュウは並べた机をベット代わりに寝そべっていた。これから徹夜で文化祭準備をするための仮眠だった。

ちなみに「寝るなっ」と叱ってくるような真面目なヤツなど、この生徒会には居ない。いや、この鳥羽高校の生徒会を生徒会と呼んでいいものか。


だって生徒会室で、

「鳥羽高校に潜伏中の生徒諸君――金は好きかっ!?」

とか演説し始めた少女が生徒会長なのだ……普通の生徒会ではありえない。

既に演説の道具からして違う。使っているのはマイクでなくスマホで、暗号を駆使する密談仕様。暗号キーをインストールされたスマホを持つ生徒たちが今ごろ、校舎内に潜伏しながらこの演説を聞いているはずだ。

「言うまでもなく、あたしは金が好きだっ! 札束で人の横っ面をはたくときなど心躍るっ!」

 こんな生徒会長が仕切る文化祭も、やっぱり普通ではない。

そう、文化祭は青春を謳歌するものではなく、荒稼ぐもの。

少なくとも、この生徒会長とシュウはやや濁った瞳でそう信じている……っ!!

「明日の文化祭で荒稼いだ札束で、あたしは校長のハゲ頭をドラムのように叩いてやるっ!」

 さぞかしリズミカルなんだろうな~とニヤつきながら、シュウは身を起こす。

目に入るのは、壁と向き合って座っている生徒会長――|黒河雫≪くろかわしずく≫の横顔だ。

 切り揃えられた長い黒髪と繊細な顔立ちは和服とかが似合いそう。中高生男子が思い描く理想のお嬢様そのままだ。で、一目惚れした新入生が毎年、雫の口汚さにむせび泣くわけだ。

 しかし、むせび泣く彼らにシュウはこう言いたい。

 口汚さなど黒河雫のタチの悪さの、ほんの一欠片なのだと。

「さて諸君、いいニュースだ。あたしは今しがた、全教職員の帰宅を確認した」

 雫が向き合っている|壁面≪へきめん≫には、重要施設の警備室のように幾つものモニターが埋め込まれている。映し出しているのは、鳥羽高校内のリアルタイム監視映像。校内に仕掛けられた監視カメラ網により、生徒会に敵対する連中の動向を探る。

 なお、この生徒会室さえも教職員やら風紀委員の目から逃れるために、地下に極秘建造されたものだ。


 無論、全て無許可である。


 以上の馬鹿みたいな暴挙を無理矢理に押し通すのが、黒河雫の本当のタチの悪さだ。もっと言えば雫の実家は本物の極道である。もう、高校を支配するしかないようなヤツなのだ。

 で、結果として、

「これより鳥羽高校は、あたしら|悪徳≪あくとく≫生徒会の|縄張≪なわば≫りだ……っ!」

 教師や近隣高校の不良からつけられた二つ名『|悪徳≪あくとく≫生徒会』。

 完全なる悪名だが、雫は恐れられてなんぼの極道らしく気に入っていたりする。

 ちなみに悪徳生徒会の主な活動内容は、高校生活での自分らだけの利益を追求すること。脅迫とか買収とかが得意技。無論、そんな活動は正式な予算では足りない。予算外の予算――|裏金≪うらがね≫が必要になるのだ。その稼ぎ口の一つが文化祭であった。

「なればこそ、諸君っ! 容赦なく迷い無く|私腹≪しふく≫を肥やそうっ!」

 雫の演説終了と同時に、監視モニターのなかで校内に潜伏していた生徒らがぞろぞろと出てくるのが見えた。掃除ロッカーから出てきた男子生徒に、シュウが敬意を覚えていると。

「でさ……そこの書記はどうして働かないの?」

 雫に軽く睨まれた。ちなみに雫は気を許した相手には言葉使いが女の子っぽくなる。

「書記だからだな、みんなの労働を脳内に記録してるわけさ」

 未だ足を椅子に乗せたくつろぎ姿勢のまま、シュウは皮肉っぽく口端を上げた。

「……出たわね、ヒネくれ者のヒネくれ回答……めんどくさいわー」

 ため息をつきながら、雫が呆れたように天井を仰ぐ。

「今更聞くけど、どうしてそこまでヒネたの?」

「理解しなくていいぜ、ただ諦めてくれ。それだけが夫婦円満の秘訣だ」

「彼女さえいない男子高校生に、夫婦を語られてもね。その上手いこと言いましたみたいな顔に熱湯かけたくなるだけよ?」

「俺がカップ麺なら良かったのにな」

「そんなお手軽に料理できない書記を、上手にさばくのが悪徳生徒会長なのよ」

「確かに面倒だなーその上手いこと言いましたみたいな顔されるのは」

「明日の書記の分け前、減らしたくなったわ。金に小汚い書記さんは、どう思う?」

「……下働きしたくなってきちゃったぜ」

 雫に言い負かされたが、シュウは悪い気分でもない。口端を上げつつ、席を立とうとすると。

「ちょっと待って――アキト」

 アキトと呼ばれて、シュウはごく普通に返事をする。

「……ん? どうした?」

 桜塚驟雨という本名を、シュウはヘビー過ぎる家庭事情により名乗れない。

 よって、シュウは高橋|秋人≪あきと≫という偽名を使っていた。

(二年もすれば慣れるもんだな、アキトって呼ばれるのも。ま、俺の本名を知っちまえば、この悪徳生徒会長でも顔色を変えンだろーけど)

 意識を切り替え、シュウは高橋秋人として雫の隣に座る。

「……一応、見て」

 雫が指差すのは、壁面モニターのひとつ。そこに映っているのは校内の監視映像ではなく、生中継の報道番組だ。

 画面端のテロップにはこうある。『吸血鬼による凶行! 四菱銀行強盗犯、立て籠もり!!』。

 アナウンサーが語るには銀行強盗した吸血鬼たちが逃げ遅れ、立て籠もっているらしい。

「今更の銀行強盗……でも、わりと近所よ。お巡りが増えそうで困ったわね」

 根っからの極道な雫のつぶやきに答える。

「都合がいいだろ。お巡りどもは夜間外泊な俺らを補導するヒマがねーんだからさ」

「確かにね。ただ、この街に強盗するような生きのいい吸血鬼が残ってたんだなって」

「ま、珍しいよな。今じゃ地下で大人しく細々と生き残ってるのが主流だ」

 吸血鬼にまつわる常識を思い返しつつ、シュウは続けた。

「で、銀行強盗なんて派手をやらかした|吸血鬼≪こいつ≫らも終わりだろうさ」

 モニターの端に映し出されていた装甲車を、シュウは指差す。

「ほら、アンチ・ヴァンパイア・カンパニーの第一隊にさっそく取り囲まれてる」

 アンチ・ヴァンパイア・カンパニー。

 略称AVCと呼ばれる|官民≪かんみん≫共同で作られたその機関は、国内の吸血鬼の捜索、討伐が主な任務だ。ちなみに世界各国で同様の組織が存在している。その構成員は古来より吸血鬼を討伐していた異能者の|末裔≪まつえい≫だ。

 西欧ではエクソシスト、日本では|退魔士≪たいまし≫と呼ばれる彼らはその昔、吸血鬼に対抗するために吸血鬼の特殊|戦技≪せんぎ≫――|鬼道術≪きどうじゅつ≫を盗用した。現代では銃火器や特殊車両などの科学技術も併用し、吸血鬼を狩る。


 他ならぬシュウも退魔士なのだが――それは、ごく一部の身内しか知らない。高校入学から一年以上も経歴を隠し通してきたので、いつも通り素知らぬ顔で語る。


「第一隊は精鋭らしいし、取り逃がすコトもないだろうさ」

 シュウが言いかけたのと同時、中継の現場で動きがあった。銀行の窓を突き破った赤眼の吸血鬼が、その牙を強襲部隊員に突き立てたのだ。

「ね、その精鋭サンあっさり襲われてるんだけど?」

「襲われてンじゃなくて、襲わせてるンだよ」

「あ、『|抗体≪こうたい≫』ね?」

 シュウが雫に頷いたとき、中継映像では血を吸った吸血鬼が灰になっていた。

「そうだ。吸血鬼にだけ猛毒となる『抗体』が、現代人の血液には投与されてる。お前も精鋭サンたちも小学校で予防接種みたいに注射されてンだろ」

 現代普及している対・吸血鬼仕様の『抗体』は、吸血鬼が血を啜るコトを|封殺≪ふうさつ≫した。

 吸血行為が、そのまま死に直結するので効果絶大。『抗体』が普及し始めると共に、吸血鬼はその数を減じていった。『抗体』は吸血された人間の吸血鬼化さえ防ぐので、なおさらに。

 吸血鬼に対して万能とさえ言える『抗体』の発明をきっかけに、三十年前、世界各国でそれまで秘されていた吸血鬼の存在を公的に認めた。

 世界はそれから討伐部隊を矛として『抗体』を盾として、吸血鬼を滅亡へと追い込んでいった。

「……『抗体』があるっていうのに、吸血鬼はなぜ血を吸うのかしらね?」

「本能なんだろうさ。『|抗体≪どく≫』入りの血液をそれでも、連中は啜る。それを分かっている強襲部隊の連中も、噛みついてくる吸血鬼には無抵抗。弾薬を使わずに殺せるからな……エグいがエコだな」

 中継映像のなかでは、強襲部隊の面々は自滅した吸血鬼をあざ笑っている。

「だからさ、吸血鬼なんぞ気にすんな。奴らはいずれ残らず死滅する」

「……あくどい顔してるわね」

「まァ、それも気にすんな。俺は吸血鬼が嫌いなんだよ、とっとと全滅して欲しいぐらいにね」

 なにかを問いかけて来そうな雫に、シュウは話を逸らすことにした。

「あんまし吸血鬼を怖がらなくてもいいぜ、そんな可愛い女の子アピールいらねぇよ」

「ははっ、良い度胸ね。書記ごときが、あたしを侮辱するわけ?」

 雫がニヤっとする。

「よし、身分差を弁えられる脅迫をしてあげる」

 言いながら、雫はシュウが見慣れた財布を見せびらかしてくる。

「俺の!? いつの間にスリやがった!?」

「あら? あら、あら? あたしはいつ発言を許可したのかしらァ?」

 財布から取り出したクレジットカードをプラプラさせている雫。

「調子に乗るなよ、お巡りさんに――」

「泣きつけないわね。どうせ偽造でしょ、未成年?」

「――要求を聞かせてください」

「その変わり身の早い小悪党ぶりに敬意を覚えるわ」

 うなずきながら、雫は生徒会長っぽく指差してくる。

「悪徳生徒会の文化祭裏企画。とっとと準備してきなさいな、下っ端」

 いつもの雫に戻ったので、シュウは口端を上げる。

「ま、俺だってサボるつもりは無かったさ」

「ん、ならいいわよ」

 雫に差し出された財布を手にとって、シュウは気付く。

「俺の財布じゃねぇぞ、これ!?」

「もちろん|偽物≪ブラフ≫よ、クレジットカードもね。あたし、スリなんて出来ないものっ」

 自慢げに詐欺を告白する雫に、シュウはニヤっとする。

「いい詐欺だけど。結局、この財布をタダで貰った俺の勝ちじゃね? ネットで売れるし」

「あ……ぐっ、タネ明かしが余計だったわね」

 苦々しく舌打ちをする雫に、シュウは捨て台詞で追い打ちをかける。

「じゃァな、未来の大悪党。早めに地獄に堕ちろよー」

「……そのときは道連れよ、あたしの|小悪党≪どれい≫」

 雫の返答に肩をすくめつつ、シュウは生徒会室を出た。

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