悪徳生徒会と吸血鬼のちょっと悪めのおとぎ話

クロモリ

第1話 不運はきっと、勝手に決まったオレの嫁

 神様の暇つぶしはきっと、俺に不運を送りつけることだ。


桜塚驟雨さくらづかしゅうう――シュウはそう思った。


 でなければ、

「すまないけれど、わたしの人質になってくれ」

 とか、平和なはずの高校で言われることもないだろう。ついでに言えば廊下を歩いていただけで背後から首筋に凶器を突き付けられないはず。

 

 ましてや、

「動くなッ! 抵抗すると撃つッ!」

とか完全武装の強襲部隊に銃口を向けられたりもしないはずなのだ。


「…………」

どうしてこんなことなったのか、シュウには思い当たらない。明日の文化祭準備のため夜中まで高校に残っていただけだ。学校側に極秘で進めた生徒会の裏企画で、ギリギリ非合法アウトに荒稼ぎたかっただけなのだ。


 ……いや、まぁ、善良な被害者とは胸を張れないけど。

 それにしても、どうしてこう、学校でこんな人質事件が発生するのか。

 

 しかも、普通の人質事件でない。


 対峙たいじしている強襲部隊員たちの装備は、対人用ではないのだ。

 向けられた銃に は梵字ぼんじに似た呪印じゅいんが彫り込まれ、淡く光を放っている。

 

 さらに背後に立つヤツから首筋に突き付けられた凶器。それは拳銃やナイフなどではなく――鋭い爪だったりもする。

 おそるおそる、背後のヤツに気づかれないように首を動かす。自分を人質にしている犯人の正体を確かめる。

 朝陽のような金髪と、夜明けの空のような青い瞳の少女の横顔を視認する。誰もが認めざるを得ないような美しさ……だが、シュウとしては心底どうでもいい。

 なんせ彼女の唇から、鋭い牙が覗いていたのだ。




 よりにもよって――吸血鬼の人質になっている。




 ――吸血鬼の存在が世の中に認知されてから、三十年。その年月で、人間たちは世の中の在りようを作り替えた。



 たとえば、吸血鬼を狩るための討伐強襲部隊を組織した。

 たとえば、吸血鬼を助ける人間までも処刑した。

 たとえば、吸血鬼を飢えさせるために血を啜ることを封殺ふうさつした。

 

 この世界は今や、吸血鬼を殺すためにある。


 だというのに、

「ねぇ、わたしの人質……驟雨しゅうう

 彼女の声音には妙に明るく、シュウは本名を知られていることを驚けなかった。

「わたしはアンダー・ザ・ブルー、和名は日傘(ひがさ)としている」

 唐突な自己紹介に続いて、

「わたしはね、人間になりたいのだ」

 吸血鬼は名乗るように、当たり前にそう言った。

 

 この吸血鬼は愚かだ、とシュウは確信する。

 彼女の願望は叶わない――吸血鬼が人間になる手段など存在しない。

 彼女は陽の下など歩けない――どころか、吸血鬼は残らず死滅する運命なのだ。

 それでも、吸血鬼の彼女は日の光への憧れを言いつのる。

「わたしは友人となった人間キミと一緒に、陽だまりのなかを歩いてみたいのだ」

 叶わない夢を口ずさむ、その声ははなやいでいた。世界に存在を否定されているはずなのに、彼女はまるで、人間のように夢を見ている。

「……そうそう、だから案ずることはないぞ。吸血鬼わたしにとって人間とは友人とすべきもの。わたしは人間の血を啜らないと決めている――たとえ餓死しようとも、だ」

 叶わぬ夢のため、彼女は吸血鬼であることを否定して。

「だからね、驟雨。わたしにいつか、真昼まひるの歩きかたを教えてくれ」

 日の光に焼かれてしまうことを忘れたように、吸血鬼がそう言ってのけた。

「……」

 呆気にとられて、シュウは思った。

 まぎれもなく彼女は愚者だ――運命を裏切ろうとするほどの。必然、彼女は自滅する運命だ。最悪なのは、それに自分も巻き込まれそうなこと。

 吸血鬼を否定するこの世界で、それでも笑っていられる吸血鬼に囚われてしまったのだから。

 

 否、おそらくは、彼女の叶わぬ夢に捕まってしまったのだから。

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