第3話 悪徳生徒会の副会長は吸血鬼が嫌い

 悪徳生徒会の文化祭裏企画の内容は――『|仁義≪じんぎ≫なき鬼ごっこ』。

 ルールは鬼ごっこと同様に単純、文化祭中の校内を逃げ回る『子』を『鬼』が捕まえればいい。しかし、やはり雫の発案による『鬼ごっこ』は普通では終わらない。

『子』役の生徒&教師には強さに応じて賞金がかけられている。参加者は『鬼』となって『子』にかけられた賞金を追う。また、どの『子』が逃げ切るかという賭場も開かれるのだ。

 これだけだと公正な勝負なのだが、正々堂々とは戦わないことは悪徳生徒会の信念である。

「うし、アセチレンバーナーはやはり違うね」

 鉄仮面を被ったシュウは、非常階段の手すりをバーナーで焼き切っていた。

 ……この姿がシュール過ぎるのは分かっている。

 が、悪徳生徒会は今夜中に校舎を改造しなければならない。参加者をいい感じに行動不能にする罠を、そこかしこに仕掛けるのだ。そこまでするのは悪徳生徒会が賞金を出資しているせい。ま、参加者から参加費を取るし、賭場はもちろん|控除率≪こうじょりつ≫を設けてはある。損益は出ない。

 けれど、集まる金の全てを独占したいのだ。

 それは悪徳生徒会のシュウと雫と――

「話があります、シュウくん」

 ささやか過ぎる声をかけてきた副会長の決意だ。

「……どうした?」

 シュウが鉄仮面を外し振り返ると、副会長の|将門琴音≪まさかどことね≫が弓道着姿で階段に立っていた。切れ長の瞳は常に悲しげに伏せられ、肩口で切りそろえられた黒髪の艶やかさと相まって、月を背景にするとやけに映える。手にした和弓は場違いではあっても、違和感なく似合っている。


 つがえられた矢がこちらに向いていなければ、だけど。


「……なんで殺されかけてんだ、俺?」

「言いたくないことを、言わなければならないからです」

「すげぇ、なんの説明にもなってねー」

「ええ、困りました」

「それ、俺の台詞な」

「……そうなのですか?」

 小首をかしげる琴音に、シュウはため息をつく。彼女の言動が意味不明なところが多いのはいつものコト。ついでにすぐに暴力に頼るのもいつものコトだ。しかも彼女の弓の腕は全国レベル……いや、それ以上だ。弓矢での連射や遠距離狙撃など古武術的な高等技術を使いこなす。それもあって彼女はその容貌に似合わず、暴力の信奉者である。

 で、どんなに性格的に問題があったとしても、スペック次第で勧誘するのが悪徳生徒会長の雫である。ゆえに琴音は悪徳生徒会の兵器となっている。

 ちなみに明日の『仁義なき鬼ごっこ』では、琴音は狙撃手を務めてくれる。先ほどまで狙撃地点の一つである屋上の風向きと風速を確認していたはずだ。

「仕方なく……話します」

 どういう思考をたどったのか謎だが、琴音は弓を下ろした。

「雫から聞きましたよ、吸血鬼が近くで現れたって」

「……それで?」

「もしこの高校に来たら、私に討たせて下さい」

「いつか聞いた、弟の仇討ちってヤツ?」

「似たようなものです」

「銀行強盗の吸血鬼が、その弟くんの仇?」

「いいえ、私の弟を殺したのは老年の吸血鬼です」

「なら、どうして?」

「目の前に吸血鬼が居たなら、私は自制しません」

「……そっか。吸血鬼が来たら、まァ、好きにしろよ」

 肩をすくめてみせて、シュウは続ける。

「ただそれまで、お前は悪徳生徒会の副会長だ」

 かすかに、琴音の口元が緩む。

「演説、上手いですね。書記なのに」

「うるせぇよ、コミュ力不足の副会長」

「その代わりに聞き上手な私は、シュウくんの言う通りにします」

 立ち去る琴音の背中に、シュウは小声で言い添えておく。

「もし吸血鬼が襲ってきたら、俺も協力するぜ。同じ吸血鬼嫌いとしてな」

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