第32話 悪徳生徒会は特殊部隊に邪魔されても、文化祭をする

 悪徳生徒会は、悪だくみの準備を八割がた終えていた。

 シュウにとってそれは、二つの意味があった。

「あと少しで、脱出劇の開幕ってトコだな」

「うん、わたしがわたしとしてこの高校に――この居場所に立っていられるのも」

 自分と同じように隣で窓枠に肘を乗せる日傘に、シュウはうなずいた。なぜこのような場所で、このような時間を過ごしているかと言えば、雫が原因だった。

『余計なこと言ったお詫びに二人っきりで過ごさせてやるわ』

 と、指でも詰めそうな顔で、雫はシュウたちを生徒会室から追い出しのだ。

(意味わかんねぇけど――ま、あいつには感謝はしとくか)

 夜風に金髪を遊ばせたままの彼女。約束通りに彼女の右側に立っているので、彼女の横顔には出会ったときのままの青い瞳がある。

「む? なんだ? いや、その、なによりもまず無言で見つめるのはやめてくれ」

「いやだね、お前に嫌がらせするのが、俺の生き甲斐なんだ」

「……半ば忘れかけていたが、やはり性悪だな。キミはいつでも、わたしに意地悪なのだな」

 任せろよと、シュウはうなずく。

(信じられねぇけど。こいつと出会って一晩もたってねぇんだよな……)

 目を閉じる。目蓋のつくる暗闇に映画みたいに流れる、彼女との思い出。きっと幾度も思い返す、忘れてはいけない自分の欠片だ。

「ねぇ、シュウ。聞いても良いか?」

 目を開いて、気づく。思い出を懐かしがるには、まだ早い。彼女はまだ傍に居る。

「まさか俺の嫌がることか? 嫌がらせ返しなら、受けて立つ」

「……シュウは時々、途方もない愚か者だな」

「それはお前に肩入れしちまったときに自覚したさ。で、なんだよ? なんでも答えるぜ」

「今夜のわたしとキミの決断を、明日のキミは後悔しないだろうか?」

 目を伏せて、彼女は続ける。

「全てが上手くいったならよい。ただ、もし雫や琴音や楓が一人でも甲一号ウイルスに殺されてしまったならば……シュウは敵に従ってわたしを殺せば良かったと後悔しないか?」

 かすかに、シュウはため息をつく。確かに甲一号ウイルスの魂の浸食は未だ継続中。だがまだ、ひどくはない。今は風邪の初期症状のような倦怠感と軽い頭痛が時折ある程度だ。耐えられないほどじゃない。無論、不安はあるが、吹っ切っていた。

(不運を避け損ねて死ぬなんてのは、街中の車道でもあるコトだしな)

 そう彼女に説明しようかとも思ったが、結局別のコトを口にした。

「なぁ、お前に対抗して、俺も軽く昔話をしてもいいか?」

「ん? うん、なんでも話してくれ」

「ああ、遠慮無く……っても大した話じゃねぇけどな」

 肩をすくめつつ、シュウは続けた。

「俺さ、学校ってトコが嫌いだったんだよ。似合いそうにない制服着なきゃいけなし、拘束時間はやたら長いしな。ほらな、学校って牢獄の末っ子みたいだろ?」

「ふふっ、わたしの憧れた学校にひどい言いようだな」

「おう、悪口なら任せとけ。で、親父が史上最強のテロ屋になっちまった。一度、それがバレてな。学校で袋だたきにされそうになって、しょうがないから逃げ帰ってみりゃ、母さんの実家、正義の市民に放火されてた。しかも消防車もパトカーも妙にゆっくりご登場さ」

「……うん」

「こんなコトもあった。親父と一緒に死んだ吸血鬼の仲間が逆恨みで襲撃をしてきてな、母さんが噛みつかれちまった。『抗体』で命は助かったが、心が死んじまった」

「わたしを裏切ろうとしていたのは、そ、その……」

「ああ、無関係じゃねぇな」

「……」

「でさ、薄ら笑うしかなかったンだ。なぜ、こんな日々に閉じ込められているのかってな」

「それを、人間は運命と名付けている」

「……日傘は稀に賢いな、その通りだ。気がつけばもう、俺は今の俺でしかなかった」

「うん、わたしもきっと同じだ」

「だろ? 俺たちは運命に、たぶん、自分自身を少しずつ奪われたのさ」

「己の意志を削り取られたと?」

「囚人みたいにな。未来を閉ざす運命が牢獄で、目の前の現実が看守ってトコか。で、そいつらに奪われた自分……いつか夢見た理想の自分ってのを、お前は勝ち取ろうとしてきた」

「違いない」

「で、日傘はお前自身の決断を後悔してねぇだろ?」

「――うん」

「お前が後悔してねぇンなら、俺も、あいつらも後悔なんぞしねぇーよ。雫あたりに言わせりゃ、後悔なんて金にならんってトコか」

「ふふっ、その通りだな。すまない。わたしはこの後に及んで、迷ってしまったようだ」

 月を仰いで、彼女は続けた。

「……わたしの迷いを許してくれ、共犯者。わたしの心には今もなお、人化血清の『現実』を知らなかったわたしが、まだ生きているのだ。この学校での陽だまりのような日々。その夢想は捨て去ったはずなのに、ずぐに心から消え去ってくれない」

 月光の切れ切れとしたまたたきに、彼女は陽の光を見ているようだった。

「これはきっと、夢の|名残≪なごり≫。粉雪のようにすぐに溶け消えるから、少しだけ時間をくれ」

「……なぁ、日傘」

「すまん、これより背中を預けるわたしがこのような弱音を」

「いやいや、責めてンじゃなくてさ。お前の、その未練の中身は?」

「たとえば今夜よく聞いた文化祭というものを、わたしは知らぬままか……とか」

「確かに、な。そうだな、俺はお前に文化祭を見せてはやれねぇな」

「うん。雫や琴音、楓、シュウも知っているというのに。わたしだけ……」

「はははっ、そうだな、お前だけ仲間外れだな」

「笑うことはなかろうっ! 本当に意地悪だな、シュウめがっ!」

「や、違うって。お前もしっかり女々しいンだなってのが、なんかおかしくてな」

「……よく分からんが、わたしは女だ。お前のような男に意地悪をされる、女なのだっ!」

「おう、そうだな。ほんと、よくよく気をつけろよ? 俺は死ぬまで意地が悪い。たとえばさっき嘘をついた、文化祭を見せてやれねぇって」

「それは……つまり――」

「おう、文化祭程度なら今すぐ、どうにかしてやるよ」

 期待に目を輝かせる彼女をからかうように、一言付け加える。

「ま、パチモノだけどな」

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