第21話 悪徳生徒会は何があっても悪だくむ
『……いつまで、そうしてるつもり? 色ボケ書記ぃ?』
不意に雫の声を耳にした。ワイヤレスイヤホンは征治朗との戦闘で喪失していた。ので、スマホで音声を流す設定になっているのだろう。
いやそれよりも、とシュウはスマホを取る。
「あ、あー? もしかして逃げてねぇの?」
『ははん――死にたいのね?』
「いや、おい? お前らだけでなら脱出できたろ? ほら、あのプロパン爆破に乗じて、まだ残してある強襲部隊員に成り変わって、人質でしたみたいな顔で……」
『シュウくんの敵は、私のものです』
淡々とした琴音の声音だったが、なぜか怒っているらしかった。
「相変わらず訳わかんねーぞ……ってか、待て。まさか委員長まで」
『あ、当たり前よっ! 私はシュウ君と日傘さんを放って行けないわっ!』
「……委員長まで居ンのかよ。ってか、雫、てめぇ! 委員長は逃がせよッ! つか、あのプロパン爆破をやった時点で、俺が囮役をやるって分かんだろ! 素直に全員で逃げとけよっ!」
『やかましいわね。書記の意見なぞ、ことごとく却下よッ!』
「……なんで俺が怒られてンだ?」
頭を抱えるシュウに、近づいてくる足音×三。
「私たちを戦力外だと勘違いした罰ですね」
と頷き合う雫と琴音に続いて、楓が難しい顔で空き教室に入ってきた。
「うう、私は雫さんたちみたいに喜べないよぅ、ちょっと悪い気がするよぅ」
「……予言してやるよ。お前らの未来の旦那の死亡原因は、きっと嫁のストレスだ」
ため息混じりに、シュウは続けた。
「いいか? 俺はこいつと組んで悪だくみを始めンだよ」
隣の日傘が未だ重ねていた手を少し、強く握ってくる。
「……うむ。雫、琴音、楓よ。あの征治朗という退魔士と戦って分かった。わたしとシュウでは皆を守りきることは難しい。これまで助けてくれたことで充分だ、感謝を……」
日傘が言い切るまえに、
「――止めて、感謝なんて」
と吐き捨てるように言った琴音が、弓を少しだけ掲げた。
「私はずっと|吸血鬼≪あなた≫の背中を狙っていました。理由は言わなくても分かりますね? 吸血鬼は人間を襲うモノだもの。私はこの目で、吸血鬼が人間を殺すのを見てきました」
最初に見た吸血鬼の犠牲者は十歳にもならない弟でした、と琴音は付け加えた。その抑揚の無い声音が虚言ではないと告げている。
「同族に人間を殺すモノがいること、否定せぬ。しかしッ、わたしは……ッ!」
言い続けそうになる日傘を、またも琴音が遮った。
「ええ、貴女は他の吸血鬼と少し違うのは感じ取れます、シュウくんを守ろうとしていたもの。だからって貴女を助け返したりはしませんが――背中を狙うのだけは止めてあげます」
「む、むぅ? それはどういう意味なのだ?」
かすかに口端を上げて、琴音が答える。
「貴女がどれだけ吸血鬼の本性に抗い続けられるか、私が監視します。もしもシュウ君や雫、委員長に襲いかかったなら、私が貴女の背中を射抜きます」
「わ、わたしが正気を失ったならば、そうしてくれ。うん、わたしから頼みたいぐらいだ」
戸惑いながらも、日傘は琴音と奇妙な約束を交わしていた。殺伐とした内容だというのに、日傘と琴音の間には悪意がなかった。
もし琴音が日傘に敵対したなら、と身構えていたシュウは胸をなで下ろす。
(分かりづらかったけど、つまり……)
琴音は日傘を敵対しないと言っているのだ。
で、場をとりまとめるように、静観していた雫が口を開いた。
「貴女とシュウが得ようとしている、吸血鬼を人間とする人化血清。それはきっと莫大な利潤を生むのよ。つまり貴女とシュウの戦いは|悪徳生徒会≪われわれ≫のためにもなる。だから――」
ニヤっとしながら、雫がワインの瓶を掲げた。
「|盃≪さかずき≫を交わしましょう」
唐突な、それは悪徳生徒会長の勧誘だった。
「その前に、貴女の名前を聞きかせてくれる?」
杯の意味を知らない日傘は小首をかしげながらも、雫に答える。
「パラソル・アンダー・ザ・ブルースカイ。和名は|日傘≪ひがさ≫としている」
「――日傘。われわれ悪徳生徒会は、日傘を生徒会員として迎えたい。もちろん、われわれが日傘を騙していた落とし前はつけるけど、ね」
「よ、よく分からんが。雫たちが今後、わたしの友となってくれるということか? わたしが吸血鬼のままでも、か?」
期待と不安のない交ぜになった日傘の声音に、雫は力強くうなずいた。
「関係ないわね。あたしは今、日傘を悪友としたいと思っているんだから」
その言葉に不意を打たれたように、日傘は涙ぐんだ。
「そ、そのように雫に思われたこと、光栄だ」
素直に喜ぶ日傘に苦笑して、雫は繰り返した。
「その言葉は、こっちこそ光栄だけど手打ちが先よね。あ、手打ちって報復みたいなもので、」
言いかけた雫を、日傘が穏やかに遮る。
「ううん、悪友同士に報復など必要ないよ」
日傘の微笑に、優しげに目を細めた雫。彼女にしては本当に稀な、たおやかな笑顔だ。
「違いないわね。悪友の悪事など笑ってあげればいいだけよね――日傘」
微笑を交わし合う雫と日傘に割って入るように、楓が手を挙げた。
「み、みんなに先に言われちゃったけど、私だって日傘さんとなら良い友達になれると思ってたんだからっ! さ、最初は貴女が吸血鬼だからって、こ、怖かったけど」
そうか、と日傘は少し寂しそうに微笑む。
「でも、日傘さん別に悪い子じゃないもんっ! そうよ、差別は良くないことよねっ!」
握り拳を突き上げて、楓が叫ぶ。
「吸血鬼への差別を無くすためなら、私も手伝うよっ! た、たいしたことはできないけど」
「ううん、その言葉だけで、私は少し救われた」
華やぐように笑う日傘に、楓が気恥ずかしそうに笑った。
「さすがね、委員長。差別ダメっていう正論でくるとは……」と苦笑する雫。
「ある意味、志が一番高いといえます。何年かかるかは知りませんが」と呆れたような琴音。
「うう、でも、差別ってダメでしょ? いけないことよね?」と頑張って反論する楓。
そんな三人を見つめて、日傘が微笑む。唇を震わせているから、三人に礼を言おうとしているのかもしれない。でも嬉しさに胸と喉が詰まって、微笑むことしかできないみたいだ。
彼女の微笑は雫たちと共に居られれば、ずっと続くものだと思って、
「お前ら、やっぱ正気じゃねーな」
彼女の代わりに感謝を悪態にしながら、シュウも笑う。ここにいる皆が笑っていた。敵に囲まれた戦場でそれでも、笑っていられた。
「じゃ、姉妹盃といきましょう」
雫の発言で、悪徳生徒会と日傘の杯が交わされた。
もちろん、悪徳生徒会は本物の極道ではないので適当だ。杯は屋台の紙コップだったし、中身も酒ではなくグレープソーダ。なぜかロシアンマフィア式で、日傘と雫が互いの腕を絡ませて紙コップをあおるだけ。悪ふざけのような、偽物のような盃事はしかし。
「あたしらは二度と日傘を裏切らない、見捨てやしない。悪党は悪友しか頼れないからね」
この、雫の決意だけは本物だ。だから、ここに、皆が居る。
「うん……心より感謝する」
雫の決意を感じ取ったらしく、日傘も恭しく礼を言った。そうして、琴音や楓も日傘と紙コップをあおっていく。シュウの番になって、
「わたしは生きていても良いのだな」
日傘は少し泣いていた。
「皆も、そう思ってくれるのだな」
彼女は泣きながら、それでも笑ってくれていた。
「誰の許可もいらねぇーよ。つか、もう生まれちゃってんだからさ、ガタガタぬかすな」
彼女と共に盃をあおった。
「それでも文句を言う奴がいたら、そいつが神様だろうが悪徳生徒会で袋叩きだ。サッカーボールみたいに蹴り回そうぜ、戦利品はポロッと落ちる神様の財布だ」
ニヤつきながら、シュウは思っていた。
これはもしかしたら、悪徳生徒会のおとぎ話なのかもしれない。
彼女が夢見るほどに優しくないが、それでも。
――雫たちが笑って、紙コップを掲げたのだ。それらに連なる、シュウと日傘の紙コップ。紙コップの円陣を見つめて、シュウは告げた。
「じゃ、いつも通り生徒会会議だ。議題はもちろん、包囲網を敷かれた高校からの脱出……いや、吸血鬼と人間が争い合うだなんて宿命からの脱出について、だな」
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