50. 合コンなんて大嫌い!
年が明けた1月。成人式が終わった辺りの頃だった。
「合コンせえへん?」
翠が唐突に、グループメッセージを送ってきたことから、この「騒動」は始まっていた。
「え、合コン? マジですか? 行きます、行きます!」
飛びつくように返信する夢葉に対し、
「いや、私はいいかな。そんな気分じゃない。大体、どういうメンツが来るかもわからんだろ?」
怜は明らかに乗り気に思えない返信をしていた。
「いや、それがな。バイク乗り同士限定っちゅう、おもろい企画でな。せっかくやから、参加してみいひん?」
「おおっ。バイク乗り同士。面白そうですね!」
「……わかった。世の中のバイク乗りの男たちが、どれくらいの物か、見定めてやろう」
怜だけは、どこか趣旨が違うような回答だったが、ともかく翠が発案した企画に二人は乗っていた。
翠によれば、日時は次の土曜日。場所は渋谷だそうだ。
しかも、そのタイミングで、運悪く涼から夢葉宛にメッセージが入る。彼女だけは、このグループメッセージには参加していなかった。というより、夢葉が教えていなかっただけだが。
「夢葉ちゃん。今度の土曜日、ツーリングに行きましょう?」
「ああ、涼ちゃん。ごめん。次の土曜日は合コンに行くことに決まったから」
すると、
「えっ、合コン? 私も行きます!」
驚くべき速さで返信が返ってきたことに、夢葉は面食らうが。
その旨を、グループメッセージで翠に伝えると。
「おもろそうやんか! 相手が実は男と知ったら、どんな反応するか楽しみや! 女子足りてへんから、ええで」
あっさり了承の返事が返ってきた。というよりも、翠は明らかにこの流れを楽しんでいるように見える。
「どうなっても知らないぞ」
「本当にいいんですか?」
怜も夢葉も、性別的には「男」の涼を参加させることに、尻込みするのだが、翠はすでにそのこと自体を楽しんでおり、「絶対、男だとバラすな」と念を押して、涼の参加を認めていた。
(ああ、こりゃ、大変なことになりそう)
夢葉はもはや苦笑いするしかなかった。
当日、19時。渋谷の道玄坂にある、小さな居酒屋が舞台となった。
先日、母親にまで言われたため、そろそろ本格的に彼氏が欲しいと願っていた夢葉は、目一杯お洒落な格好をして、この会合に臨んだ。
夢葉は、清楚に見える、襟元にビジューパールをあしらった紺色のトップス、フラワープリントの白いスカートをドッキングしたワンピース、下はパンプス。上にはトレンチコートを着てきた。
翠は、元からお洒落だが、この日は2wayオフショルダーニットに、花柄のフレアスカートを履いて、洒落たバッグを持ってきていた。上は紺色のダッフルコート。
怜は、黒の革ジャンに、ジーンズといつもとほとんど変わらないように見えたが、彼女は長身であることもあり、それだけでも格好よく見える。おまけに珍しく香水までつけて来ていた。
そして、涼。フリルのついたサテンブラウスに、プリーツスカート、そしてパンプス。上はテーラージャケット。
怜を除く三人が、「清楚系」でまとめていた。
男は四人。一人は、目が隠れるくらいの長髪が目立つ20代前半くらい。一人はニット帽をかぶり、顎髭を生やした20代後半くらいで喫煙者。一人は気弱そうに見えて眼鏡をかけてネルシャツを着た、少し太っている男で年齢不詳。そしてもう一人は10代にも見えるくらい若々しく、切れ長の目とサラサラの髪を茶色く染めた男だった。
翠は、当初、女子一人で参加表明をしたが、もちろん数合わせのためもあり、二人を招待。もう一人は別の知り合いから誘うつもりだったが、そこに涼が代わりに参加した。
テーブルを挟んで、男女がそれぞれ向かい合う形になった。
(こいつらはダメだな)
夢葉が最初に思った二人。それは気弱そうな眼鏡男と、イケメンでチャラそうに見える10代と思われる男だった。
一人は、気が弱そうでいかにも頼りない。もう一人はいかにもチャラそうで苦手だと思った。おまけに喫煙者が苦手な彼女は、ニット帽に顎髭の男も苦手に思えた。
まずは、主催者である長髪の男が音頭を取り、酒を注文。次々に料理が運ばれてくる。最初はその長髪の男がテーブルを挟んで、夢葉の向かい側に座った。
最初はとりあえず話を合わせながら、様子を見ていた夢葉。面白いことに、一番人気があったのは、涼だった。逆に一番引かれているのは怜。
怜はある意味、予想通りだと思っていた彼女だったが、涼に必死に話しかける男たちを見て、
(こいつら。涼ちゃんが実は「男」と知ったら、どんな反応をするんだろうか?)
と、内心おかしくて仕方がないのだった。
やがて、席がシャッフルされ、今度はニット帽に顎髭の男が現れる。
「君は、どんなバイクに乗ってるんだい?」
「ホンダのレブルです。あなたは?」
「ヤマハのマジェスティさ」
(スクーターか。でも、それってバイク乗りって言えるの?)
内心、夢葉はスクーターは「移動の手段」と思っていたし、そもそもミッションバイクの方が好きだった。
「へえ、レブル。カッコいいよね」
「ありがとうございます」
一応は、そう答えていたが、正直、彼女はあまり乗り気ではなかった。だが、話を合わせるために、
「でも、私のお母さんは昔、NSRに乗ってたんですよ」
と無理矢理、母の話をしていた。
「へえ、2ストか。渋いね」
「しかも、
自信満々に、胸を張って告げた夢葉だったが。
その瞬間、男は拍子抜けしたような表情になって、
「えっ。ハチハチ? 88cc?」
と、訝しげに声を上げていた。
見る見るうちに、夢葉の顔が赤く変わっていった。それは、「照れ」ではなく、「怒り」だった。
次の瞬間、ホールに夢葉の大きな声と、机を叩く音が響いていた。
「88って言ったら、88年式NSR250Rのことです!」
しかも、それとほぼ同時に、怜の叫び声も轟いていた。
「てめえ、TZR250
相手をしていた長髪の男が、面食らった表情をしていた。
唖然とするテーブル一帯。一気に空気が重くなっていた。
以降は、夢葉と怜は、何だか気まずい雰囲気に追い込まれていた。
あの一言 ―正確に言えば二言だが― のせいで、場の雰囲気が冷めてしまい、夢葉と怜は、その影響で他の男からも敬遠気味に扱われるのだった。
「痛い」女と思われたのかもしれない。
一方で、翠と涼は楽しげに会話を勧めていて、特に翠と長髪の男、涼と茶髪の若者がいい雰囲気になっていた。
2時間あまりの後。合コンが終わってみると、翠と長髪の男、涼と茶髪のイケメンがお互いに連絡先を交換していた。
しかも。
「2次会、行く人?」
主催者の長髪の男がそう嬉しそうに叫ぶのに、
「はいはい!」
「私も行きます!」
満面の笑みで答える翠と、勇み立つ涼。男性陣は長髪の男、茶髪のイケメン、ニット帽に顎髭の男が参加。小太り男は虚しく退散となった。
夢葉がぼんやりしてると。
「夢葉。ちょっと付き合え」
いつの間にか、近づいてきた怜が、ぼそっと彼女に耳打ちをした。頷く彼女。
解散後の寒々しい夜空の下で。
「これから飲みに行くぞ、夢葉!」
勢いよくそう誘ってくる怜に、彼女は、
「いいですね! 朝まで付き合いますよ!」
色々な意味で、
渋谷のセンター街に繰り出し、朝まで営業しているバーに入る二人。
早速、ビールを頼む怜と、珍しくウィスキーの水割りを頼む夢葉。語るのは先程の男たちのことだ。
「なんなんだよ、あいつら。TZRも知らないとかありえねえだろ」
すでに怜が、
「ですよねー。88NSRも知らないとか、バイク乗りに失礼です! 大体、マジェスティなんてスクーターに乗ってる奴が、偉そうにライダー合コンに来るなって思います」
「だな。どうせあいつら。スズキ RGガンマも、カワサキ マッハも知らねえんだろ。バイクのこと、何も知らねえ奴らめ」
いちいち、バイクのネタが、昭和世代並みに古い怜は、それら既に生産中止された2ストバイクの名前を上げていく。
気がつけば、終電を逃して、二人で、精一杯愚痴を言い合っていた。
3件目に突入する夢葉と怜。
「しかし、翠はともかく、涼の奴はどうするんだ? あのまま二人でホテルとか行ったら、大笑いだな」
ビールをがぶがぶ飲んで、すっかり出来上がっている怜が、珍しく眉根を下げて、クスクスと笑っていた。
「もう、怜さん。笑いごとじゃないですよ。っていうか、逆に男の人がかわいそうですね」
「言えてる。にしても、夢葉。お前がモテないのが意外だったな」
その一言に、夢葉は、母に言われたことを思い出す。
「この間、お母さんに言われました。私は『おじさんキラー』なんだそうです」
そう告げると、怜は微笑んで、頷いた。
「『おじさんキラー』ね。わかる気がする。お前、何だか放っておけない、というか守りたくなる雰囲気があるんだよな」
そう言って、彼女は説明してくれた。
おじさんキラーとは。怜によると、以下の特徴が上げられるという。
「礼儀正しく、マナーがいい」、「武勇伝を笑顔で聞ける」、「天然なところがある」、「お酒が好き」、「大人の趣味を持っている」、「昭和のオーラが漂っている」、「誰にでもフレンドリーに接する」など。
それを聞いて、
「どうだ? お前に当てはまるだろ?」
と怜は自信満々の表情を向けるが。
「どうでしょうね。自分じゃわかりませんけど。ただ、不思議とツーリングに行くと、よくおじさんに声をかけられますね」
今までのことを思い出して、答える夢葉。確かにソロでツーリングに行くと、高確率で、ある一定年齢以上のおじさんに声をかけられていることを改めて認識していた。怜は笑って、
「やっぱりな。お前は、なんかこう『庇護欲』を掻き立てるんだ。もうおっさんと付き合っちゃえば?」
と言ってきたが。
「もう、怜さん。
夢葉が、頬を膨らませて怒っているのを見て、怜は酒が入ったせいもあって、ますます笑っていた。
夢葉は、全く「モテない」わけではなかった。中学生の時と高校生の時、それぞれ学校の男子から告白されて、付き合ったことがあった。
ただ、そのどちらもいわゆる「チャラい」系の男で、夢葉の「容姿」しか見てくれなかった。そのため、あっさりと短期間で別れている。
そういう意味では、怜と似ている部分があった。
結局4件目まで梯子し、それでも時間が余った二人は、24時間営業のファーストフードで時間を潰し、始発の電車を待ちながら、午前4時頃、渋谷駅前のスクランブル交差点を、ふらふらした足取りで歩く怜と、その怜に肩を貸して歩く夢葉の姿があった。
しかも、渋谷駅前のハチ公の銅像付近の植え込み前に、怜は座り込んで、半ば眠ってしまうのだった。
まだ1月という寒い時期。さすがに夢葉は心配になった。
「もう、怜さん。起きて下さい! 風邪引きますよ!」
声をかけるも、怜は。
「うーん。眠い……」
そう言ったまま、目を閉じてしまう。
(こんなに飲んで、こんな姿を晒す怜さん、初めて見たな)
夢葉はそう思いながらも、自分自身も結構酔っていることに気づいた。
(気持ち悪い。吐きそう)
今さらながら、度数の強いウィスキーを飲んだことを後悔していた。
とりあえず4時30分頃。始発電車で帰ることにした二人。
車内では、互いに二人が肩を寄せ合い、もたれかかるようにして眠っていた。というよりも、ほとんど眠っていた怜が夢葉にもたれかかってきており、彼女はそれを支えているような形になっていた。
(怜さんって、見た目は美人だけど、男っぽいからなぁ。近寄りがたい雰囲気があるのかも。でも、私は本当の怜さんを知ってますよ)
何だか、怜のことがたまらなく、可愛らしくも頼もしくも見えるのだった。
同時に、そんな美人の怜の頭から、ふんわりと
美人でスラっとしている長身の怜は、宝塚歌劇団にでもいそうな、麗人にも見えるからだ。ある意味では、「男より男っぽい」怜を、つい意識してしまう夢葉だった。
まもなく卒業を迎えようという時期。
だが、夢葉は、まだ「夢」を掴んでいなかった。それどころか、就職先の内定すらもらっていなかった。
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