18. これが北海道!

 翌日から、彼女たちの本格的な北海道ツーリングが始まった。

 まずは、川湯温泉を出発し、一路東へ。

 目指すは、日本最東端の岬、納沙布岬だった。


 北海道は広大だ。とはいえ、その広大の意味もそれぞれの地域で多少違ったりする。特にこの辺り、つまり「道東」と言われる地域は、街と街の間に荒野が広がっている。

 極端に言うと、街―荒野―街というくらいに広い。


 隣の街まで20キロ、30キロも何もない荒野をひたすら駆けるなんてことはザラにある。


 時折、案内看板に「〇〇まであと10キロ」とか普通に書いてあるのだ。本州以南では考えられないくらいの感覚だ。


「二人とも、ガス欠には注意しろよ。北海道で一番怖いのはガス欠だ。早め早めに給油しないと、荒野の真ん中でガス欠になる」

 出発前に、怜が注意していた。


 その通りで、実際に20キロ先まで一軒もガソリンスタンドがないどころか、人家すらないなんてことがいくらでもあるのが、ここ北海道だ。


 川湯温泉から、本土最東端の納沙布岬までは、休憩を挟んで約3時間の道のりだった。


「すっごい直線道路! これぞ北海道って感じですね!」

 途中の休憩スポットのセイコーマートで、夢葉は興奮気味に声を出していた。


「ホンマやな。本州とは何もかも違うんやな。広すぎやで」

 翠もまた初めての北海道に感無量と言った表情だ。


「そうだろ。本州じゃ絶対味わえない感覚だ」

 実は、昔、家族で北海道に行ったことがあるらしい怜は、その時を思い出すかのように語っていた。


 ひたすら荒野の中を走る国道243号を走り、別海べつかい町に来ると、牧場が目立つようになる。この辺りは酪農が盛んな土地で、しかも本州のようなごみごみした感じではなく、広大な平原に、牛が気持ち良さそうに放牧されている。


 そこから南下し、厚床あっとこ駅付近から国道44号に入る。

 さらに荒野の中をしばらく走ると、左手に海が見えてきて、やがて最東端の街、根室市の中心部に入る。

 ようやく大きな街に入ったと思ったら、すぐに荒野に変わり、やがてまばらに人家が続く中、海岸を見ながらしばらく進むと、ようやく納沙布岬にたどり着いた三人。


 納沙布のさっぷ岬。


 そこは、北方領土を除いて、日本最東端だ。現在もロシアが実効支配をしているが、北方領土は元々日本の領土で、太平洋戦争末期に、旧ソ連が強引な手段で強制占領している。

 北海道民は、学校の授業で必ずこの北方領土のことを習う。


 初めてここに来た三人の目に映る納沙布岬。

 そこは、少し寂しい感じのする、最果ての岬だった。


 そして、その「納沙布岬」と書かれた表札の前で記念撮影をした三人は、「北方館」と呼ばれる建物に入る。


 ここは、北方領土に関する展示が行われており、北方領土が日本の領土であり、返還を願う署名なども行われている。


 そして、何よりもここからは天気がいいと、ロシアが見える。正確には「ロシアが実効支配している旧日本領の島」だが、そこにロシアが作った灯台が望遠鏡などで見える。


 丁度、運よくその日は天気が良かったため、三人は北方館に設置されている双眼鏡を交代で覗いていた。


「おおっ! すごいやん。ホンマにロシアの灯台が見えるんやな!」

 興奮気味に語る翠。


「あ、ホントだ! 小さな灯台が見える!」

 初めて見る、身近な外国に夢葉も驚愕していた。


「あれがロシアか。つーか、元々日本の物なんだけどな」

 怜は、感慨深そうに、その小さな島にある灯台を監視するように凝視していた。


「東は制した。次は北だ」

 と、怜は息巻いて、バイクにまたがったが。


 この納沙布岬から宗谷岬まで、約485キロ、時間にして8時間以上はかかる。

 北海道はとてつもなく広大だった。


 行けども行けども同じような荒野と、同じようにバカでかい道幅の道路がどこまでも続くため、距離感がわからなくなって、単調な道にだんだん眠くなってくる。


 結局、網走市からサロマ湖を越えた辺りで、三人は疲れ果て、陽も傾いていたので、その日は紋別もんべつ市に宿を取ることにした。


 幸い、お盆を過ぎたこの時期は、比較的空いているから、宿は取れた。

 北海道は、「お盆を過ぎると秋になる」と言われるくらい、夏が短いので、この時期にはもう肌寒くなる。

 そのため、観光シーズンのピークは6月からお盆前くらいと言われている。



 さらに翌日。

 紋別市から稚内わっかない市の宗谷岬までは距離が約185キロ、時間にして3時間ほどだから、それほどかからないのだが。


「宗谷岬の前にエサヌカ線に寄るぞ」

 事前に調べていたらしい、怜が張りきって声を上げていた。


「エサヌカ線? って何ですか?」


「廃線の後か?」


「いや。行けばわかる」

 怜は、あえて二人に教えず、不敵な笑みを浮かべていた。


 そして、2時間半後。

 猿払さるふつ村エサヌカ線。


 その目の前に広がる、信じられない光景を見て、三人は驚愕し、思わず一瞬、声を失っていた。

 そこには、薄く生える草原が一面に広がり、人家はなく、ただ一本の道が真っすぐに地平線の彼方まで続いている。

 まるでそれは、飛行場の滑走路のようでもあり、そしてユーラシア大陸かアメリカ大陸のどこかのようにも見える、非常に日本らしくない光景だった。


「なんじゃ、こりゃ。こんなん、スピード出すなっちゅう方が無理やん!」

 そう言って、翠はいきなりバイクをフルスピードで加速し、かっ飛ばし始めた。


「あ、翠さん、ズルい!」

 夢葉も続いて、加速する。


「待て、お前ら」

 最後に怜がTZRにまたがって加速する。


 当然、排気量が一番大きく、パワーが違うZX-10Rが先頭を突っ切って、とても公道では出してはいけないようなスピードで駆け抜けていたが、そもそもここの道は、広大すぎて交通量が少ないし、警察も滅多に来ない。


 まさにスピード天国だった。


 夢葉は途中で、怜に抜かれていたが、それでも彼女は今まで出したことがないような加速でこの道を駆け抜けていた。


(気持ちいい! これが北海道!)

 まさにこの道は、「内地の人間が考える、北海道のイメージ」を体現したかのような、ひたすら真っすぐな一本道だった。



 エサヌカ線で満足した彼女たちは、昼頃には宗谷岬に到着。

 全国的にも有名で、この時期、全国からライダーが走りに来るので、駐車場にはすでに様々な地域のナンバーをつけたバイクでいっぱいだった。


 ここには、サハリンを探検したことで知られる、江戸時代の探検家、間宮林蔵まみやりんぞうの銅像が立っており、売店では「最北端到達証明書」がもらえたり、「最北端給油所」と呼ばれるガソリンスタンドもある。


 その三角形のモニュメントの前で三人は記念撮影をする。

 その台座には「日本最北端の地」と書いてあった。


 それを見て、怜が遠くサハリンの地を見ながら目を細めていた。

「もうここから先にバイクで行ける道はないんだな」


「せやな。思えば、ホンマ遠くまで来たんやな」

 翠もまた初めて来る、日本のてっぺんに感慨深そうにモニュメントを見つめていた。


 夢葉は、

「これで東と北は制しましたね。じゃあ、次は南と西に行きましょうか」

 早くも次の目標を定めるように発言していた。


「言ったな、夢葉。なら、次は九州だな」

 怜が振り返って、彼女には珍しいくらい、爽やかな笑顔を見せていた。


「九州か。そりゃ、面白そうやけど、暑そうやな」

 北海道の涼しさ、というよりも寒さに近い気候に慣れてしまっていた翠が、少し不安げな表情を浮かべていた。


 三人は、「最北端到達証明書」をもらい、ついでにすぐ近くのガソリンスタンドで給油し、「最北端給油証明書」ももらって、稚内市を後にした。


 東と北の端を制した三人は、帰り道に入るが、さすがに帰りは自走では帰らないため、あらかじめ苫小牧から大洗のフェリーを予約していた。

 ただ、出発時間は深夜のため、まだまだ時間が余っていた。


 そのため、稚内から道道106号を通り、日本海側を南下するルートを選択した。

 この道道106号、通称「オロロンライン」とも呼ばれ、エサヌカ線同様に、荒野の中をひたすら突っ切る一本道が素晴らしい道だ。

 晴れていれば、海の向こうに利尻りしり島の利尻富士が見える。


 そして、面白いのが「オトンルイ風力発電所」の巨大な風車だ。

 この風車が道沿いにいくつも並んでおり、壮大な風景に彩りを与えている。


 三人は、溜め息交じりにこの巨大な風車群を見守りながら、ひたすら南下。

 

 夕方、ようやく札幌市に入る。

「デカい街やなあ」

 札幌市中心部のバイク駐車場に停めた後、翠が呟く。


「ホントですね。これじゃ東京とあまり変わらない気がしますが」

 と夢葉もヘルメットを脱ぎながら答える。


「せっかくだから、北海道の食を堪能して帰ろう」

 怜が提案し、三人は早速、北海道のグルメツアーに向かう。


 札幌市中心部のすすきので、ラーメンを食べ、二条市場で寿司を食べ、さらにジンギスカンを食べたいと言う怜だったが、さすがに残りの二人は腹がいっぱいすぎて、ギブアップするのだった。


 深夜、苫小牧フェリーターミナルに着いて、手続きをして乗船し、出航を待つ間のわずかな時間を、フェリーのデッキで過ごす三人。


「楽しかったですね、北海道。来てよかったです!」

 夢葉が心底嬉しそうな笑顔を見せる。


「せやな。想像以上やったで」

 翠も、短い髪を触りながら、遠くに見える苫小牧の街の灯りを見つめている。


「そうだろ。北海道は全てのライダーの憧れの地だ。こんなに気持ちよく走れる土地は日本には他にないだろうな」

 昔、家族で来たことがあるという怜も、バイクで来たのは初めてだったから、興奮気味に呟いていた。


「次は九州ですね!」

気が早い夢葉がそう言って、怜の方を見るが、


「だな。ただ、いつ行けるかはわからないけどな。春になれば私たちも忙しくなるし……」

 少し寂しげな表情を浮かべる怜。


「ええな、九州。私は行ってみたいで」

 翠も二人に優しげな視線を送って呟く。


 フェリーの汽笛が鳴り、いよいよ出航。北海道の大地を離れる。

 その、北の大地を三人は暗闇の中、しばらく見つめていた。

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