19. マスツーリングって

 8月の北海道ツーリングから帰ってきた夢葉たちは、まだ残暑の残る東京で、再び強烈な暑さを体感。

 改めて北海道の涼しさを羨ましいと思うのだった。


 結局、昨今の地球温暖化で、関東地方が快適な気候になるにはまだまだかかり、10月中旬。ようやく少し暑さがやわらいだ頃。

 夢葉がバイクを買ったバイク屋「アウトインアウト」主催で、ツーリングイベントが開催された。

 バイク屋は、たまにこういうツーリングイベントを開催する。


 夢葉は、懇意にしている主任メカニックの酒田晴に誘われ、このイベントに参加することになった。ついでに怜と翠を招待すると、二人はついてきた。



 当日は10月中旬の土曜日。天気は快晴だった。

 集合場所に指定された「道の駅八王子滝山」には、夢葉たちも含めて総勢15台ものバイクが集合した。


 中でも、夢葉が最も驚いたのは、晴だった。


 彼女は、ハーレーダビッドソンのバイクに乗ってきた。

 しかも、かなりの大型だった。

 その格好も、いつも店内で見ているツナギではなく、オージーケーカブトの派手なアメリカ国旗模様のフルフェイスヘルメット、緑色の、どこかの空軍のようなフライジャケット、黒いジーンズ、そして高級そうなGAERNEガエルネのライダースシューズという格好だった。


「晴さん、それハーレーですよね。カッコいいですね!」


 初めて間近で見るハーレーに夢葉は興奮気味に釘付けになっていた。

 夢葉が乗っている、レブル250もどちらかというとアメリカンのバイクだが、それとは明らかに違う大型で、タイヤも太く、「ドコドコドコ」という、特徴的な重低音が響いてくる。


「夢葉ちゃん、おはよう。これは『ハーレーダビッドソン ファットボーイ』っていうのよ」

 ヘルメットを脱いだ晴が、涼しげな笑みを見せて答えた。


「へえ。何ccですか?」


「1689ccよ」


 それを聞いて、夢葉は目を丸くして、驚いた。


「1689cc! すごいですね。私のバイクの6倍以上ありますよ」


「まあね。でも、ハーレーってのは、速く走るバイクじゃないからね」


「そうなんですか?」


「うん。ハーレーってのは、ゆったり、のんびり走る物なの。まあ、走りを見てればきっとわかるわよ」


「それなら私と同じですね。私も速く走ることより、ゆっくり、のんびりと景色を見ながら走る方が好きです」


「なら、あなたも将来はハーレー乗りね」


 などと、すっかり意気投合している二人に対し、怜と翠は、共に見た目が悪くないし、バイク乗りには珍しい女子だったから、早くも男たちに囲まれていた。

 ただ、バイク乗りに総じて言えることだが、男性陣の年齢層は高く、彼女たちから見れば、父親かそれより少し下くらいのおじさんばかりだった。

 それに、怜は鬱陶しそうな表情をしていたが。



 今回のツーリングイベントには、下は150ccのホンダ PCXから上は晴の1689ccのハーレーまで、実に様々なバイクが集まった。


 目的地は、長野県だった。主に有名なツーリングロードの「ビーナスライン」を走るのだが、途中で高速を降りて、清里でアイスクリームを食べていくらしい。


 ということで、主催者の晴が代表して挨拶を交わし、本日のルート、注意点などを説明していく。

 夢葉にとって、15人という大人数でマスツーリングに行くのは初めてだったので、色々と緊張もしていたが。


 晴はわかりやすく説明をしてくれた。一応、リーダーの晴が先頭に立ち、バイクを左右交互に走らせる「千鳥走行」というスタイルで15台続き、最後尾は経験値の高いベテランのおじさんライダーが務めることになった。


(15台って、はぐれないのかなあ)

 などと、心配していた夢葉は怜や緑と共に、集団の真ん中あたりにいた。


 出発し、まずは中央高速道路の八王子インターチェンジを目指す。インターにはすぐに着き、全員無事に中央高速道路に乗る。

 後は、途中の談合坂だんごうざかサービスエリアで休憩を取った後、小淵沢こぶちさわインターチェンジまでまっすぐ行き、高速道路を降りて、「道の駅こぶちさわ」で休んだ後、清里へ向かった。


 夢葉にとって、初めて来る清里は涼しかった。10月だというのに、東京とは明らかに空気感が違い、もう晩秋に近いような涼しさだった。


(ちょっと北海道に似てるかも)


 清里の牧場から景色を眺め、山々に囲まれた中で、名物のアイスクリームを食べながら、夢葉は北海道のことを思い出していた。


 そこからは、八ヶ岳やつがたけの山麓を通る、下道のルートだが、この日は晴れていたこともあり、八ヶ岳が山頂付近までくっきりと、その雄大な姿を見せており、遠くには富士山の姿も小さく見えた。


(これが八ヶ岳か。デカいなあ)


 そんな雄大な景色を眺めながら、集団で走る夢葉たち。


 たまに信号機によって、集団は分断される。

 その度にいちいち待っている晴。


(これだけの人数だと大変だなあ)

 

 初めての大人数マスツーリングに、夢葉はそんなことを考えていた。


 やがて、1時間と少しで、ビーナスラインに到着。


 その眼下に広がる雄大な景色、そして高原の上を走る快走路に、夢葉はうっとりしていた。


(これが噂のビーナスライン! ここ、いいな!)


 内心、彼女は今度、一人でここに来て思いっきり走ってみよう、と思うのだった。


 そして、「霧ヶ峰高原ドライブイン 霧の駅」に到着。ここで昼飯休憩となった。


 ここでは、レストランで信州そばを食べることになった夢葉。ちょうど、怜と翠も近くにいて、しかも三人とも信州そばを頼んでいた。


「って、怜さんも翠さんも信州そばですか?」


「ああ。長野といえば、そばしか思いつかなかった」

 と、怜は安直にも言うが、翠は、


「私は別に何でもよかったんやけどな。ただ、三重県って、そないにそば、食べへんやに」

 いつもの三重弁で、夢葉には興味深いことを言っていた。


「そうなんですか?」


「せや。どっちかっちゅうと、うどん県やな。伊勢うどんっちゅうご当地グルメがあるやに」


「へえ」


「にしても、ここら辺は道、のうて、ホンマに助かるわ」


?」


「確か三重弁で『渋滞する』って意味だったか?」

 翠の代わりに、横から怜が答える。


「せや。さすが怜やな。もう覚えたか」

 翠が嬉しそうに破顔するが、怜は、


「まあ、私は何度も聞かされてるからな」

 と少し呆れ気味に呟いていた。



 食後、今度は、高ボッチ山まで登り、眼下に諏訪湖を見下ろす絶景を望み、記念撮影。そして、再び山を下りて、また登り、諏訪湖の反対側にある杖突つえつき峠にある「峠の茶屋」で軽食を取る。


 いずれも見事な風景だったが、夢葉は少し別のことを考えていた。


(大人数だと騒がしいな。私は怜さんや緑さんと少人数で行くか、一人で行く方がいいかな)


 漠然とそんなことを思っていた。


 彼女にとって、「ツーリング」とはのんびりと風景を楽しむもの。だからなのか、マスツーリングだと前のバイクが速いとそれに合わせて、無理にでもスピードを上げないといけないので、それが多少苦痛に感じる部分があった。


 こればかりは、その人個人のペースや走り方があるので、どうしようもない問題だが。


 実際、究極的に楽しいのは、「ソロツーリング」だというライダーも多い。それは自分のペースで、自分だけの時間を過ごすことができ、好きな時に止まれるし、誰にも時間にも縛られないからだろう。


 帰りも中央高速を使って、同じように帰り、夕方には「道の駅 八王子滝山」で解散となった。


「どう、夢葉ちゃん。楽しかった?」

 晴に聞かれて、


「はい。楽しかったです」

 と答えていた夢葉だったが、内心は、


(確かに大人数の楽しさも否定はできないけど、私は少人数かソロの方が合ってるかも)


 そう思っていた。


 なお、晴が言ったように、ハーレーダビッドソンは、確かにゆったり走っていた。コーナーを思いきり攻めたりはできないようだし、そもそも大きいからすり抜けも困難なようだった。


(晴さんには、悪いけど、私はハーレーには乗らないかもしれないな)


 夢葉はなんとなくそう思っていた。

 もちろん、ハーレーが嫌いというわけではなかったし、乗ってみたいという気持ちがまったくないわけではなかったが。


 彼女は250ccの軽いバイクに慣れてしまっており、その身軽さ、軽快さ、そして気軽に乗り降りできるところに満足していたからだ。


 もっともバイクライフはまだまだ続くから、先のことは彼女自身にもわからなかったが。

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