54. Born To Be Wild(後編)

 翌日からは、「北海道らしい」観光スポットを巡る、自由気ままな旅が始まった。

 中心となったのは、北海道東部、「道東どうとう」と呼ばれる地域だった。


 この辺りは、「内地ないち」、つまり北海道以外に住む人間が想像する「北海道らしい」風景が、手つかずの大自然の中に広がっている。


 最初に向かったのは、夢葉には意外なことに「牧場」だった。

 国道38号を走り、土地が広い十勝とかちらしい、ひたすら真っすぐな国道274号を経由し、小高い丘の上に位置するそこは、


 ナイタイ高原牧場。


 と言った。

「すっごーい! 見渡す限りの大平原!」

 駐車場でバイクを降りて、ベンチが置かれてある展望台の方へ歩きながら、早くも夢葉は興奮していた。


 その日は、晴れていたから、目の前に広がる緑色の大地、その先に広がる十勝平野、そしてその広大な大地の上には、薄く雲がたなびき、青い空がどこまでも広がる。

 遮るものが何もない、自然のままの大平原だった。


「相変わらずの感動屋だが、わかる気がするな。確かにこれは東京じゃ絶対見られん」

 怜が、珍しくタバコを吸わずに、夢葉の後ろから風景を見て、感嘆の声を上げていた。


「せやろー。ここは私のオススメや」

 どうやら、ここに来ることを提案したのは、翠らしかった。


「北海道らしい風景ですねー」

 初めて北海道に来た涼もまた感極まっているようだった。


 ここは「観光牧場」になっており、放牧されている牛を眺めたり、施設の中では飲食もできる。そこで、四人はの牧場の名物とも言える、牧場産の牛乳を使ったソフトクリームを食べる。


 そんな中、牧場を見下ろすことができる、窓際の椅子に座って、ソフトクリームを食べながら、夢葉が気になっていたことを口にした。


「そういえば、北海道って、道の上に変な矢印みたいなのついてますよね。あれって何ですか?」

 彼女が気にしていのは、北海道の道路上に設置されている、下向きの矢印マークのことだ。これが頻繁に道路上に見られるのが、ある意味での北海道らしさなのだが。


 三人が、みんな「知らない」と言っていって、かぶりを振っていると。


「ああ、それはね。矢羽根やばねって言ってな。北海道は、豪雪地帯だから、冬は車道と路肩の区別もつかないくらい雪が降るんだ。吹雪で見えにくくなることもあるしな。だから、わかりやすいようにつけてるんだよ」


 たまたま、彼女たちのすぐ近くにいた、人懐こい笑顔を浮かべたおじさんが、夢葉に話しかけていた。

 相変わらず、おじさんには好かれる傾向にある夢葉は、その言葉に反応していた。


「へえ。そうなんですか。あの、こちらの方ですか?」

「ああ。帯広おびひろに住んでる。君たち、めんこいねえ。どこから来たの?」


「埼玉県です」

「北海道は、美味しいもの、いっぱいあるから、楽しんでいってね」


「はい! ありがとうございます」

 親切に教えてもらい、丁寧にお辞儀をして、礼を言っていた夢葉。こういうところがおじさんから好かれることに彼女自身は気づいていなかった。彼女は、「また一つ勉強になった」と思っていた。


 矢羽根。正式名称は「固定式視線誘導柱」と言い、豪雪地帯の北海道の道路では頻繁に見られる、特徴的な物だが、同じく豪雪地帯の東北地方の一部でも見られる。


 真冬の地吹雪の時などに、ホワイトアウトなどで道の境界線がわからなくなる時などに役に立つ、まさに北国を代表する代物だ。


 続いて、そこから国道273号に降りて、45分ほど北に進むと。

 森の中の駐車場に怜は入って行った。


「こんなところに何があるんですか?」

 不思議そうに首を傾げる夢葉に、彼女は、


「まあ、行けばわかるさ」

 と、いつものように、含み笑いをしていた。


 歩いた先に、辺りが開ける場所があり、そこから先に見えた光景は、絶景だった。


 タウシュベツ川橋梁。


 それは、上士幌かみしほろ町の糠平湖ぬかびらこにある、旧国鉄上士幌線のコンクリート製のアーチ橋であり、そして、その日は晴れていたから、なおさら絶景が彼女たちの前に姿を見せていた。


「キレイ! 素敵ですね!」

 思わず、テンションが上がった夢葉が、大きな声を上げる。


 それは、まるで古代ローマの遺跡を思わせるような、古いアーチ橋で、11連もあり、長さは約130メートル。また、こういう晴れた日には、橋が湖面に映り込み、眼鏡のように見えることから「めがね橋」の別名も持っている。


 北海道遺産にも指定されているが、近年、老朽化しており、特に北海道の場合、冬に凍結、融解を繰り返す「凍害」により、損傷が拡大し、ところどころ崩落しかかっているという。


「何だか不思議な光景ですね。でも、素敵」

 涼が女の子のように、うっとりしながら見つめて、カメラを構えていた。


「なんや、写真で見たことあるな」

 翠は、どこかで見たことがある、ということを必死に思い出そうとしていた。


「まあ、有名だからな。今回はせっかくだから、色々と見て回るぞ」

 怜は、早くも自身のプランを色々と練っているようだった。


 休憩後、さらに国道273号を北上し、やがて「三国みくに峠」に到着する。そこの展望台からは、晴れていたこともあり、雄大な北海道の大自然が見渡せる。


 眼下に広がる山塊、手つかずの大自然、そして野鳥の鳴き声、無限に広がる大空。

 それは、まさに「北海道」らしい光景であった。


「そういえば、北海道って、アイヌ語由来の地名、多いですよね。カタカナで書いてあるのは、大体アイヌ語ですよね?」

 と、問う夢葉に、根が真面目で、調べる癖があった怜が答える。


「ああ、そうだな。元々、北海道はアイヌの土地で、明治以降に本州から日本人が大量に入植してきたらしいが、漢字の地名も、ほとんどがアイヌ語由来だったはずだ。札幌も帯広も、釧路もな」


「へえ。そうなんですか? じゃあ旭川や函館は?」


「旭川は、アイヌ語を日本語に訳したとも言われてて、ちょっと微妙らしい。函館は、元々日本人が住んでいたから、多分違うかな」


 なお、旭川は市内を流れる忠別ちゅうべつ川をアイヌが「チュクペッ」と呼んでいたことを和人が聞いて、「チュクペッ=日が昇る川」と解釈し、それが旭川になったという説もあるが、そもそも日本語由来という説もあるらしい。


 函館は、元は「ウスケシ」という名のアイヌ語だったが、そこに館を築いた時、形が「箱」に似ていることから「箱館」と呼ばれて、明治維新後に「函館」に改められている。


「怜は、変なところで真面目やんな。というか、雑学王やんな」

 三重弁で翠がからかうように告げて、


「でも、勉強になります」

 涼は、涼でキラキラした女の子のような瞳を、怜に向けていた。


 怜は、照れ臭くなったのか、「次に行くぞ」と言って、足早に自分のバイクに向かってしまった。


 その後、国道273号から、層雲峡そううんきょう方面へと向かうと思いきや、怜はそれとは逆の北見方面に向かう、国道39号に乗り換えた。


 1時間ほど走って、川沿いにある古ぼけた、赤い屋根の建物の前で怜はバイクを停めた。

 旧留辺蘂るべしべ町、現在の北見市留辺蘂町にあるその建物の、赤い屋根には。


 北きつね牧場。


 そう、大きな文字で書かれてあった。

「ここにはキタキツネがいるぞ。夢葉、こういうの好きだろ?」

 怜は、夢葉のことを気遣って、ここを選んだ。


 当の本人は、

「キタキツネ! 大好きです。早速入りましょう!」

 早くもわかりやすいくらいテンションを上げていた。


 簡単な受付を済ませ、お金を払って、中に入ると。

 そこから先は、キタキツネの世界。


 多数のキタキツネが放し飼いにされている、不思議な光景がそこには広がっていた。

 しかも一見すると、犬のように見える彼ら。キタキツネは北半球に広く分布するアカギツネの亜種と言われ、日本では北海道と、旧樺太からふと(サハリン)にしか住んでいない。


 ネコ目イヌ科キツネ属という、猫なのか犬なのかわからない彼らだが、遠くから見ると「犬」に見える。しかも犬や猫とは違い、可愛いが、エキノコックスという病気を持っていたり、ジッパーやパーカーの紐などに異常な興味を持ち、引っ張るとも言う。


「かっわいい!」

 夢葉は、早速人懐こい感じの、のんびりと休んでいるキツネにおもむろに近づく。そして、恐る恐る手を伸ばすとなでることができたので、彼女の頬は一気に緩むのだった。


「うわぁ、もふもふだー」

 城ヶ島で、猫をなでた時以上に、感動していた彼女。


 翠や涼も、感動しており、思い思いに写真を撮ったり、キツネをなでたりしていた。


「かわいいけど、エキノコックス持ってるからな。気をつけろよ」

 怜は一人、携帯を見ながら注意していた。


「エキノコックスって?」


 キツネをなでながら、幸せそうな笑顔を向ける夢葉に、代わりに答えたのは、近くにいた飼育員の中年の男性だった。


「寄生虫の一種で、感染症だよ。でも、大丈夫。エキノコックスは、キツネだけじゃなく、犬や猫からも感染するし、糞に混入した卵を、水分や食料として人間が取らないと感染しないはずだ」

 それを聞いて、安心した夢葉は、飼育員に礼を言ってから、さらに思う存分、キツネを触り、写真を撮り、さらには尻尾をもふもふと触ったりしながら、至福の一時を過ごすのだった。


 念の為、ここを立ち去る前に、念入りに石けんによる手洗いをして。


「いやあ、最高ですね、キタキツネ!」

 すっかりキタキツネに魅了された夢葉は、自分用にキタキツネのキーホルダーまで買っていた。


 その後は、ゆっくりと層雲峡を回り、旭川経由で、買い物をして、その日はベースキャンプの上富良野町に戻る四人。


 夕方には、近くの吹上ふきあげ温泉へ行き、晩飯は旭川のスーパーで買ってきた、北海道らしい食材を使っての晩餐となった。


「北海道と言えば、これやんな。ジンギスカン!」

 早くも酒が入っている翠が、テンションを上げて、ジンギスカンを鉄板に焼いていく。


「鉄板だけに『鉄板』だな」

「もう、怜さん。何言ってるんですか?」

「本場のジンギスカン、楽しみです!」


 怜、夢葉、涼が思い思いに口にする中、鉄板の上で焼かれていくジンギスカン。


 北海道を代表する郷土料理とも言えるジンギスカンは、マトン(成羊肉)やラム(仔羊肉)を用いた鍋料理の一種だが、実はその起源はよくわかっていないとか。


 ただ、明治時代から北海道では、羊の飼育が行われており、羊肉は他の地域よりも圧倒的に手に入りやすかったらしい。

 そこから普及したのだが、一般に普及したのは戦後になってからと言われている。


 しかも、「ジンギスカン」と言っても、歴史的なジンギスカン=チンギス・ハーンとは別に関係ないらしい。


 北海道では、ジンギスカン専用の鍋が売っており、一家に一台くらいはある。中央が兜のように盛り上がっており、主に鋳鉄製の独特の形状をしており、表面には溝が刻まれている。


 これは、盛り上がった中央部で羊肉を、低くなった外周部で野菜を焼くことにより、羊肉から染み出した肉汁が溝に沿って下へと滴り落ちて、野菜の味付けになることを意図した設計だという。


 ちなみに、北海道でも地域によって、「味付け」と「味なし」(焼いた後に味付け)のジンギスカンに分かれる。


 彼女たちは、さすがにジンギスカン鍋までは用意しなかったが、それでも心行くまで、北海道の夜を楽しんで、酒を飲み、語らい、人生を楽しむように、その日の夜は過ぎていった。



 翌日は、曇り空だった。その日は、朝から夢葉が先導した。彼女は、前回の夏に来た時に味わった感動を三人にも味わって欲しいという思いがあり、それがその場所へと向かわせた。


 上富良野町のキャンプ場から昨日と同じように、国道38号、国道274号を通り、士幌町から国道241号に入る。


 足寄あしょろ町からは、森林の中をひたすら一本道が駆け抜ける、爽快なルートに入るが。

 ここは、かつて、彼女の母の絵美が、キャノンボールでも通った道だった。真っすぐ行くと、阿寒湖、さらに屈斜路湖、摩周湖に至る。


 出発からおよそ4時間。途中、何度か休憩を挟み、国道からそれた森林の中の一本道をたどり、約10分。


 オンネトー。


 3年前の北海道ツーリングで、夢葉自身がたまたま見つけて、感動を覚えたあの湖だった。オンネトーとはアイヌ語で「年老いた沼」、あるいは「大きな沼」を意味する。


 駐車場を降りると、まるで彼女たちを歓迎するかのように、曇っていた空が少しずつ晴れていった。


 鏡のように美しい湖面が、その時はコバルトブルーに染まっており、そこに映り込む周囲の山々の緑が、とてつもなく美しい。それは「絵画」のように、澄んだ絵の具のような色合いだった。


「ここが前に話した、オンネトーです」

 夢葉が胸を張って、得意げに言うと。


「ほお。こら、またすごいやん」

 普段は、夢葉ほど感動の声を上げない翠が、感嘆の声を上げて、湖に見入っていた。


「本当ですね。さすが夢葉ちゃん。すごいキレイなところです」

 涼もまた、ここを紹介してくれた彼女に礼を言うように、熱心に眺めては写真に収め、


「確かにすごいな。3年前の時は、急いでいたから気づかなかったからな」

 怜もまた、こんな美しい風景の前で、無粋にタバコを吸うのが憚られたのか、ひたすら目の前の光景に見入っていた。


 空は晴れてきており、美しい湖の向こう側には、雄阿寒おあかん岳、阿寒富士が雄大な山塊を雲間から覗かせていた。



 オンネトーを堪能した四人は、そこから国道241号に戻り、弟子屈てしかが町から国道391号に入り、道道に入る。曲がりくねった山道を登って行き、ついにその場所にたどり着いた。


 それは、夢葉が一度は行きたかった場所。


 摩周湖。


 だった。

 その第一展望台の駐車場にバイクを停めると。


「寒い!」

 真夏の8月とは思えない冷気が、彼女の全身に襲ってきた。ここは標高550メートル。道東と呼ばれるこの地域は、真夏でも最高気温が20度にも届かない日がある。


 おまけにここは山の上だ。なおさら「寒い」のである。


 しかも、ここに来て、再び雲が出始めて、この展望台に着いた時には、太陽の光が遮られ、少し霧が出てきていた。


 早速、展望台に行くと。


 大勢の観光客でごった返しており、少し落ち着かない雰囲気だったが。


「霧が出てますね。まさに『霧の摩周湖』!」

 寒いのが苦手な夢葉が、無理矢理テンションを上げるように叫んでいた。


 眼下には、霧がかかった、幻想的な摩周湖の偉容が姿を見せていたが、実は摩周湖は夏に霧になりやすいと言われている。


 翠と、涼はそれぞれ感嘆の声を上げていたが、怜は、

「でも、ここより裏摩周の方が良かったかもな。かつてはバイク乗りの聖地と言われていたし」

 と少し不服そうな声を上げていた。


「裏摩周?」


「知らないか。こことは反対側にある展望台だ。まあ、ここからだと大回りしないと行けないし、時間的に今回は諦めるが」

 と呟いていた怜の言葉が気になった夢葉が、携帯のナビで調べると、確かに摩周湖の北東、こことは湖を挟んで正反対側に「裏摩周展望台」というのがあった。


(こっちが「表」だとすると、向こうが「裏」か。確かに「裏」の方が面白そう!)

 通常の観光客の感覚とは違う、感性を持っている夢葉はそう思ったが、怜が言うように、ここから真っすぐに行くことは出来ず、相当大回りをしないとその展望台には行けないようだった。


 他に行きたいところがあった、彼女は諦めることにした。


 夢葉が、他に行きたかった場所。それはそこから約1時間ほどの距離にあった。

 国道243号から道道に入り、彼女は真っすぐに目指すが。


 途中の道道からの景色が、彼女の心を「奪う」のだった。

 それは、いかにも北海道らしい、ひたすら真っすぐな道だった。それも、所々に

サイロや牧場のような建物がわずかに見えるだけで、ほとんど人家すらない。信号機もほとんどない。

 まるで荒野の中を突っ切るような道。


 それは小さなアメリカ大陸のようなものだった。

 さすがにアメリカ大陸には及ばないものの、バイクという乗り物にとっては、あまりにも快適すぎる道のりに、彼女は内心、


(やっぱ北海道は、日本一の『』だよね)

 自然と頬が緩んでおり、自身のエンジン音に耳を澄ませていた。風とエンジン音以外は何も聞こえない。それこそが、まさに「バイク天国」北海道の真骨頂だった。


 やがて、「ミルクロード」と書かれた道をたどり、脇道にそれて坂道を登って行った先に、それはあった。


 開陽台かいようだい


 中標津なかしべつ町にある、有名な観光地であり、「地球が丸く見える」場所としても有名だ。実際に行ってみると、「開陽台」の文字と共に「地球が丸く見える」という表示が書いてある。


 かつて、1980年代のバイクブーム以降、北海道ツーリングライダーの「聖地」と言われた場所である。


 展望台に登った、彼女たちを出迎えた風景は、とてつもない光景だった。


 まず周りに遮るものが何もない。周囲360度に緑の大地が広がり、地平線が見えるほどに広大だ。その日は、天気がイマイチで、雲がかかっていたが、それでもひたすらどこまでも広がる、「緑の大地」は、四人の目を奪うのに十分すぎた。


「ここが噂の開陽台。すごいですね! ナイタイ高原牧場もすごかったけど、ここはそれ以上です。まさに『地球が丸く見える』場所ですね!」

 興奮が頂点に達するように、夢葉は感動の声を上げて風景に見入っていた。


「ホンマやんな。地平線が見える場所なんて、日本には他にあらへんで」

 翠もまた、この絶景の前に立ち尽くしていた。


「こういう風景が北海道らしいよな。何もない、だがそれがいい」

 そんなことを呟いて、携帯カメラを構える怜に、


「怜さん。何ですか、それ。詩人ですか?」

 涼は、少しおかしそうに笑っていたが、それでも彼女もまた写真を撮ることをやめようとはしなかった。


 展望台を一周し、東西南北のすべてで写真を撮りまくった四人は、ここで休憩し、建物の中で、軽食を取ってから、帰ることになった。


 行きで、5~6時間はかかっている。帰りもまたそれくらいはかかるが。

 いつものツーリングならば、帰り道は東京方面に向かう大渋滞を考慮して、時間をずらして帰ったり、途中で何度も休憩することを余儀なくされ、これからの帰路にうんざりする思いがするはずの夢葉だったが。


 ここ、北海道はすべてが違う。


 札幌のような大きな都市圏では渋滞が発生するが、ここは「道東」。人口密度が極端に少ないし、何よりも土地が、恐ろしいほどに「広い」。


 渋滞自体がそもそも発生しないのだ。


 ひたすら真っすぐで快適な道を、ひたすらずっと走り続ける。


(快適すぎて、眠くなりそう。っていうより、ずっと同じ道だからなあ)

 夢葉にとって、それは快適であるのと同時に、あまりにも快適すぎて、休む場所もそもそもなかなか見つからず、そして単調すぎる道のりに、眠気すら出てくるのだった。


 実際、本州以南のように、頻繁にコンビニや道の駅があるわけではない。


 ほとんど荒野に近いような、大陸的な風景の中、信号機もコンビニも道の駅もないから、ただひたすらエンジンを回して、走り続ける。


 ある意味で、「贅沢な悩み」だが、休憩するタイミングを見つけるのも難しいという側面もあった。


 休憩したければ、道の脇の駐車スペースにバイクを停めるしかない。

 それくらい、この辺りは、北海道でも「何もない」ところだ。


 その日の夜も、キャンプ場で、北海道産の鮭を焼いて、食後には買ってきた夕張メロンゼリーを食べて、優雅な一時を過ごした夢葉。


 決断の時は迫っていた。

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