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秋山如雪
1. 峠の出会い
真夏の強烈な陽射しが、
クルミを割ったような形の、
「ふぅぅ。きっついなあ」
真夏の峠道でのヒルクライムは想像以上にきつかった。
シマノのロードバイクにまたがる彼女の足は、もう完全に力を失って、膝が悲鳴を上げている。
しかし、峠道はまだまだ先が続いている。
額からは汗が流れ、全身が照り付ける太陽と、炎天下の激しい運動で熱い。
ここは、埼玉県の
きっかけは、4月に入学した時に、サークルの説明会を何気なく聞いていた時だった。
「自転車は健康にいいし、エコだし、ダイエットにもいいし、オススメですよ!」
と、声をかけている、先輩たちの言葉に、少しだけ興味を惹かれ、彼女は「自転車部」に入部した。
と、いうより、「ダイエット」の言葉に心を動かされた部分は否定できなかった。最近、少し太ってきたと感じていたからだ。
そこから、ロードバイクの自転車を買い、道具を揃え、近場を中心に乗って、この夏、やっと峠道に誘われて来たのだが。
元々、体力には自信がなかった、彼女は後悔していた。
(やっぱ、自転車はきついなあ。私には向いてないのかな)
先輩たちの姿は、もうすでに全く見えない。
「自分のペースで追いついてきな」
とは、言われたが、自転車乗り特有の、ものすごい筋肉質な足を見て、すでに気が引けていた彼女。
(大体、このまま乗ってたら、足があんなにパンパンになっちゃう)
仮にも年頃の女の子の夢葉にとって、それは重要な問題だったのだ。
さすがに、膝がガクガクしてきて、もう限界だった。
彼女は、道路脇に、小さな駐車スペースを見つけ、そこに自転車を停める。
目の前は少し開けていて、
緑いっぱいに覆われた大地は、美しく、日頃の喧騒からは離れている。それだけでここに来た甲斐はあったとは思うものの、体力がない彼女には、一種の
「キレイ……」
思わず、呟き、ヘルメットを脱ぐ彼女。
ショートボブの髪が、わずかに吹きつける風に揺れる。彼女は他の自転車乗りのようにサングラスをかけていなかった。細身の体を風景がよく見えるところまで移動し、携帯のカメラで写真を撮った。
――パァァァァーーン
その時、後方から物凄い爆音が轟いてきた。
思わず振り返る彼女。
そこには1台のバイクがこちらに向かってきていた。
白を基調とし、赤いラインが入ったバイクだった。
だが、特徴的なのは、そのレーシングスタイルのような形ではなく、後方から吐き出されていた白い煙だった。
まるで、壊れているようにも思える、その白いモクモクとした煙が山の綺麗な空気を侵すように吐き出されている。
そして、異様に甲高いエンジン音が、辺り一面に響いていて、うるさいくらいだった。
彼女が何度か街中で見ている、どのバイクよりもうるさい音だ。
(うるさいなあ)
正直、気分を損ねる音だと、夢葉は思った。
そう思っていたら、そのバイクは急激に減速して、夢葉のいる駐車場に入ってきて、近くで停まった。
バイクを降りて、白いヘルメットを脱いだ人影がまた異様に見えた。
女性にしては、かなり身長が高く、恐らく170センチはあるだろう。癖のない、ロングヘアーだが、茶色に染め上げて、耳にはピアスをつけているし、首には不良がつけるような金色の派手なチョーカーネックレスをつけている。
おまけに、黒一色の革ジャンに、黒のレザーパンツを履いて、ロングブーツを履いている。
(怖そうな人だな。つーかモロにヤンキーじゃん。やっぱ、バイク乗りって怖え)
と第一印象でまず思う彼女。
だが、何故かその女が気になっていた。
彼女はヤンキー風に見えても、容姿は美しかったからだ。切れ長の眼、長い
ところが。
この女は、突然上着のポケットからタバコを取り出した。
白の包装に赤い丸が描かれた、どこかで見たことのある銘柄のタバコだった。
そして、女は、「禁煙」と書かれている、駐車場で、堂々とタバコをくわえ、ライターで火をつけた。
「あっ」
と思い、つい声を出していた夢葉。
女と目が合った。
「あ、なんだてめえ?」
いきなりガンつけられていた。
(やっぱヤンキーじゃん!)
と思っていると、女がずかずかと夢葉に近づいた。
デカい。身長160センチそこそこの夢葉より10センチ以上は大きいと思われた。
「なんか文句でもあんのか?」
切れ長の眼で睨まれた、夢葉は、ビビッていた。
が、彼女も自然を愛する自転車乗りの端くれだ。
怖いながらも、精一杯の勇気を振り絞って、声を出していた。
「あの、ここ、禁煙ですよ」
「んだよ、メンドくせーな」
逆ギレするかと思ったら、女は意外にも素直に聞いてくれたようで、携帯灰皿に、まだ長く残っているタバコの先端を入れた。
しばしの沈黙。
夢葉がどうしようか、いや面倒だからさっさと立ち去ろうと思い、
「なあ、てめえ」
ドスの効いたような声が後方から聞こえてきた。
(ヤベー、殺される!)
と思い、体を硬直させて、立ち止まる夢葉。
だが、女は夢葉の自転車に近づき、一言。
「こんな峠までチャリとはご苦労なこったな。疲れねーのか?」
意外にも彼女の自転車に興味を持つかのように、近づいた。
「疲れます、正直……」
怖そうな見た目だったが、とりあえず殺されることはなさそうだ。話を合わせておこう、と夢葉は思った。
「だったら何で乗ってんだよ?」
女の意見は至極当然だろう。
ツラいのに乗ってる。
(あれ。私、なんで自転車乗ってるんだっけ? 楽しいのかな?)
自問自答する彼女。
「なんででしょうね、あはは……」
適当に笑って誤魔化す夢葉。自分が情けないと思いつつ、仕方がなかった。実際、理由なんてよくわかってない。
女は、少し小さな溜め息をついた後、
「じゃあ、てめえもバイクに乗ればいいだろ」
と言ってきた。
「えっ」
全く想定外の言葉に戸惑う夢葉。
女は、そんな夢葉の反応が、つまらないと思ったのか、それだけを言い残し、自分のバイクに戻って行った。
再びバイクにまたがり、キックしてエンジンをかける彼女。
夢葉が知る限り、見たこともないし、エンジンのかけ方も通常のバイクとは違うように見えた。
長身のヤンキー女は、そのまま甲高いエンジンを響かせながら、去って行った。
残された彼女は、立ち尽くしたまま、呆然としていた。
(そういや、私はなんで自転車に乗ってるんだっけ)
思い出していた。
夢葉の家は、埼玉県の中心部からは少し外れた田舎にあった。
駅までは遠いし、その辺りの住民は、車を持っている人が多かった。
だが、当然、学生の彼女は車なんて乗れないし、普通自動車免許も持っていなかった。
仕方ないから、親に自転車を買ってもらい、自転車で通学をしてきた。
中学校、高校、大学とずっと自転車通学だった。
つまり、「自転車」は彼女にとって、自然と乗るようになった、疑問すら抱かないものだった。生活の一部に近い存在だ。
大学に入ってから、たまたま興味を持って、自転車部に入ったが、正直彼女の中では、自転車が必然の「趣味」の物にはなりえなかった。
むしろ、「自転車は移動手段。通学や買い物に使うもの」という意識が強い。
(バイクかぁ。でも、バイク乗りって、みんなあんなのばかりなのかなあ。怖いなあ)
ヤンキーとは程遠い、普通の生活を送ってきた、夢葉。
バイク乗り=暴走族=怖い、という案直で、単純な偏見が頭の中にあった。
だが、「バイク」というものに、彼女は初めて、少しだけ心を動かされたのだった。
大学1年生、18歳の夏。
夢葉は、初めて「バイク」に少しだけ興味を持った。
ただ、あくまでもほんの「少しだけ」だった。
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