33. 能登の里山(前編)

 果てしなく暑い夏は続いた。


 8月。

 夢葉は大学3年生の夏休みを迎えていた。未だに明確な進路すら決まっていない彼女だったが、薄っすらと販売の仕事をしようと、企業説明会に参加したりしていたが、やはり彼女はどこか乗り気ではなかった。


 そんな8月中旬。

 怜からメッセージが届く。いつもの3人が共有するグループメッセンジャーだった。


「夢葉、夏休みだろ。今年もツーリングに行くぞ」


「でも、北は北海道、南は九州まで行きましたし、もう行くところないですよ」


 そう返した夢葉に、怜は少し呆れたように、以下のように返信を返してきた。


「マジで行ってるのか、お前。まだ東北も、北陸も、中国も、四国も行ってないだろ? まだまだ行くところは、いくらでもあるぞ」


「せやな。沖縄にも行きたいやん」


 それに乗っかる形で、翠も返してくる。


「それで、どこに行くんですか?」


「北陸だ」


 怜が提案した場所、それは「北陸」地方。中でも、彼女が最も行きたいと思っていた場所は、「能登半島」だった。


「今年は私も翠も夏休みが3日しか取れなかった。だから、さっと行って帰ってこれるところがいい」


 それが理由の一つだった。


 今年は、どうやら怜も翠も忙しいらしく、夏休みがあまり長く取れないというのが、彼女たちの北陸行きを後押しする形となった。


「わかりました。私も行ったことないですし、それでいいですよ」


 夢葉もそれに応じ、翠も納得したようだった。


 早速、彼女たちは、とある日曜日に、実際に三人で集まり、この夏休みの北陸ツーリングを計画した。


 日程は3日間。

 初日に高速と下道で、能登半島の玄関口に当たる、富山県まで行き、そこから反時計回りで能登半島を一周。

 初日は、和倉わくら温泉に泊まり、2日目に半島を一周し、大都市の金沢で一泊。

 翌日には、帰るという計画になった。


 日程は、8月後半の平日。土日は混むから嫌だ、というのが怜の意見だった。



 8月後半の平日。

 天気は晴れだった。

 だが、彼女たちはこの先に待ち受ける試練をまだ知らない。


 待ち合わせは中央高速道路の談合坂だんごうざかサービスエリアだった。いつもは、自宅近くに集合する3人だったが、今回は直接、高速道路のサービスエリアになった。


「暑い~」

 夢葉が到着し、サービスエリアにある二輪車専用の駐車場にバイクを停めて、降りると、うんざりしたような表情の翠が、薄手の夏用ジャケットを着て、待っていた。


「翠さん。おはようございます」

 夢葉もまた、薄手のジャケットを着ていた。


 この日の最高気温は、東京や埼玉では34度。8月後半とはいえ、真夏のような暑さだった。


 しばらく二人で会話をしていると、やがて、怜のTZRが駐車場に入ってきた。


「待たせたな。二人ともカッパは持ってきたか?」

 第一声で、怜はいきなりそんなことを口にしていた。


「一応、持ってきてますけど」


「持ってきとるで。何でや?」


「今日はともかく、明日、明後日は雨予報だぞ」


 怜が答えるのと同時に、夢葉は、


「ええー。また雨ですかぁ」

 うんざりするような、沈んだ声を上げて、携帯電話で北陸地方の天気予報に目を通していた。


 確かに、その日は晴れ予報だったが、翌日、翌々日はそれぞれ雨のち曇り、雨時々曇りという天気予報になっていた。


 とりあえず、既に宿を予約していた3人は、早速出発する。


 目指す能登半島までは、ここ談合坂からでもかなりの距離がある。


 ひとまず最初の目的地、富山県側の能登半島の付け根の部分、氷見ひみ市まででも、高速道路と下道の併用で5時間以上はかかる。


 中央高速道路を、休憩を挟みながら進み、松本インターチェンジで降りた後、言い出しっぺで先導する怜は、上高地かみこうちへ向かってバイクを走らせた。


 何故高速を使わないのか、と聞く夢葉に怜は。


「ここから高速を使っても、下道を使っても大して時間は変わらない。それに上高地から富山県に抜けた方が、キレイな景色が見れるぞ」


 と、少し得意げな表情で答えていた。


 その通りになり、国道158号から上高地を経由し、国道471号に入ると、景色は一変する。


 片側1車線で、夏は行楽地に向かうマイカーで渋滞気味になり、必然的に流れが遅くなる国道158号に比べて、安房あぼう峠のトンネルを越えて、岐阜県に入り、国道471号に入ると、道は快適になる。


 交通量はそれほど多くなく、両脇には北アルプスの雄大な山々が、夏の青々とした木々を見せ、清々しいほどの大自然を見せてくれる。


 高速道路でもないのに、流れは速く、常時時速60~80キロは出せる上に、信号機も少ない山の中の快適な道だった。


 何回かの休憩を挟み、やがて、昼頃に氷見市に到着。

 彼女たち三人にとって、初めての富山県だった。


 海岸沿いの比美乃江ひみのえ公園駐車場に入る三人。

 バイクを降りると、目の前には、真夏の強烈な太陽を浴びて、眩しく輝く日本海が広がっていた。


「キレイな海ですけど、暑いですねー。ホントに雨なんて、降るんですか?」

 陽射しの暑さから逃れるように、ヘルメットを脱いで、持ってきた帽子をかぶる夢葉。


「ああ。明日は間違いなく降ると思うぞ」

 怜は早速、喫煙所を探してうろつき始めていた。


「まあ、雨の方が暑くならんから、ええかもしれへんな」

 大の暑がりの翠は、わざわざ持ってきた、小さな団扇で自分を扇いでいた。


 ここで、休憩を兼ねて、近くにあった、魚市場に向かった三人。


 氷見漁港の魚市場になっているそこには、新鮮な海の幸を使った、刺身、寿司や、カレー、ラーメンなどが食べられるレストランがあった。


 三人は、ここで昼食を取ることにした。


 怜の勧めもあり、北陸の海の幸を体験するため、建物内をうろつく三人。

 中には、フードコートがあったり、寿司屋があったりしたが、通路の両脇には新鮮な魚が並び、売り子の男女が、客引きの声を上げていた。


「捕れたばっかやさけ、の魚やぞ」


 そのうちの一人がそう言っていったのを、目ざとく聞いた夢葉が足を止めた。


「きときと? って何ですか?」


 すると、売り子の初老の男性は、笑顔で、


「北陸の方言で、『新鮮な』っていう意味や、お嬢ちゃん」


 と答えた。


「きときと……。何だか可愛いですね!」


 途端に笑顔になって、魚を吟味するような目つきになる夢葉。


「あははは」

 翠は、そんな夢葉を見て、愛らしい小動物でも見るような、優しげな瞳を向けていたが、怜は。


「可愛いか、きときと……」

 夢葉の謎の感性についていけない様子だった。


 結局、寿司屋に入り、早速、北陸の新鮮な魚を堪能する三人だった。



 食後、国道160号を北上する三人。ここから先はいよいよ「能登半島」だった。

 日本海に突き出る形で広がる、この大きな半島は、「里山さとやま里海さとうみ」の半島とも言われる。


 つまり、山も海も、自然のままの美しい景観が広がっている。


 眩しい陽光に照らされた、日本海を右手に見ながら、交通量も信号機も少ない、街道を北上する。


 やがて、七尾ななお市に入り、コンビニで休憩を取っている時、怜が。


「まだ宿に行くには早い時間だから、能登島のとじまに行こう」


 と言い出した。


「能登島?」


「ああ。ここから先に突き出た、小さい島だけどな。ちょうど、能登半島の真ん中に、口みたいに広がる島で行ってみたかったんだ」


 いつになく、好奇心旺盛に、瞳を輝かせて語る怜の様子が、夢葉には少し嬉しく感じるのだった。


 その提案に従い、能登島に向かう三人。

 まもなく見えてきたのは、海に突き出る形で、無数の橋脚を伸ばしている大きな橋だった。


 能登島大橋。


 七尾湾に広がる能登島と本土を結ぶ橋の一つで、かつては七尾港と能登島はフェリーで結ばれていた。

 1982年に有料道路として開設され、1998年に無料開放されている、約1キロほどの大きな橋だった。


「ふぉー。気持ちいい!」


 左右に、真夏の青い海を見ながら、ひたすら真っすぐ伸びる橋の上の道。こういう橋はあまり走ったことがなかった夢葉は、思わず叫びながらバイクを飛ばしていた。


 やがて、着いた先。能登島は、美術館や工房、水族館、日帰り温泉などがあるが、どちらかというと、派手な観光地ではなく、地味な、しかし落ち着くようなのどかな風景が広がる場所だった。

 海に囲まれ、里山が広がり、小さな漁村や田園風景が広がっている。


(何だか落ち着く風景だなあ。何もないけど、それがいい)

 夢葉の心には、この能登島が、とても貴重な風景に見えた。


 結局、怜はどこに行くという風でもなく、気ままに島をぶらぶらと一周し、今度は島の北側にある、大きな橋脚に塔が二つあるのが特徴的な橋を渡って行った。


 ツインブリッジのと。


 「中能登農道橋」とも呼ばれる、この橋は、能登島大橋と同じく、能登島と本土を繋ぐ橋の一つで、全長は同じく約1キロ。

 1999年に開通している。


 能登島大橋よりも、見た目は派手で、横浜の横浜ベイブリッジのように、巨大な塔が二つ建っており、そこからケーブルが伸びている。


(こんな田舎にこんな立派な橋を建てたんだ)


 地元の人には言えないが、夢葉は、この田舎の風景には似つかわしくないほど立派なこの橋について、そう思いながら橋を渡った。


 橋を渡った後、すぐ近くの駐車場で、怜はバイクを停めた。


 そこからは、この美しいツインブリッジのとが、よく見渡せる。

 散々、写真を撮った後、怜は呟いた。


「そろそろ夕方か。最後にあそこに行くか」


「あそこって?」


「ああ。いいところだよ。この能登を上から見れる」


 とだけ言って、また先行して行った。


 先頭を走る怜は、国道249号に入り、七尾市の中心部へ向かって、バイクを走らせる。


 3、40分もすると、国道をそれて県道に入って行き、そのまま急な山道に入って行った。つづら折りの山道をぐいぐい登っていく怜。


(一体どこに行くんだろう?)


 と、夢葉が不思議に思っているうちに、目的地にたどり着いた。


 七尾城跡。


 と書かれてある看板があった。


「へえ。城跡ですか。怜さん、渋いところ、知ってますねえ」

 駐車場から、「本丸跡」と書かれてある場所へ石段を登りながら、夢葉が言うと。


「戦国時代の有名な城跡だよ。こういうところは大体、山の上に築かれてるから、景色がいいはずだ」

 彼女もまた、初めて来る場所だったが、怜はどこか確信めいた表情を浮かべていた。


「せやけど、この暑い夏に山登りかいな」

 一方で、暑がりな翠は、浮かない表情のまま、最後尾からついて行った。


 七尾城は、戦国時代の能登国を代表する山城で、当時、この辺りを治めていた畠山氏の居城として知られている。

 また、この城は、「難攻不落」の名城とも言われ、かの有名な上杉謙信が攻めあぐねたことでも知られている。


 石段の両脇には、歴史を感じさせるような、古い石垣がいくつも連なり、所々には「〇〇屋敷跡」などの案内看板が建っている。

 そして、辺りは鬱蒼とした森だった。


 時刻は夕方の4時半を回っていたが、夏の長い日は、まだ沈む気配を見せておらず、辺りは明るかった。


 やがて、大きく開けた場所に出る。


 「七尾城址」と書かれた大きな石碑がある、その広場が城の中心部の本丸だった。

 今は何もないその本丸からは、この能登の様子が一望できるのだった。


「おお! これは凄いですね」

 三人の中で、人一倍、感動屋の夢葉は、海が一望できる、崖の端まで行って、足を止めて、風景に見入った。


 そこからは、左右に広がる森の間から、眼下に七尾市の街並みが見渡せ、その向こうには青く輝く海、そしてさらに先には先程まで行っていた能登島の緑色の稜線がくっきりと見渡せた。


 その日は、晴れていたから、青い海と空、そして白い雲が見事なコントラストを描いていて、風景画のような抜群の眺望を見せていた。


「やはりな。私の予想通りだっただろ」

 怜は、どこか満足気に見えるような表情で、夢葉の後ろから風景を見渡し、


「まあ、キレイっちゃキレイやけどな。夏に登るところやない気がするやに」

 暑がりな翠は、やはりそれでも不服そうな声を上げていた。


 一通り風景を楽しみ、近くのベンチでボーっと景色を眺めながら休んだ後、三人は宿へ向かった。


 その日の宿は、そこからバイクで20分ほどの和倉温泉にあり、温泉街の中心にある、小さな宿だった。


 三人は、予算的な都合もあり、大がかりな観光温泉ホテルには泊まらず、あえて古くて、小さなホテルに泊まった。


 だが、そこにはきちんと温泉もあり、夕食も温泉のホテルらしい、豪華な物だった。


 煮魚にご飯と味噌汁、茶碗蒸し、ポテトサラダ、デザートとそれなりに満足のいく和食の膳を平らげ、夜は三人で、恋バナなどのガールズトークを繰り返し、トランプをしたりして、時を過ごす三人。


 そう、ここまでは順調だった。



 翌日の2日目。

 朝から、空には分厚い雲が覆っていた。覆っていた、というよりも、それは天を染めるくらいに「黒かった」。


 何だか嫌な予感を胸に感じながらも、ホテルをチェックアウトした怜に従う夢葉と翠。


 その日のプランでは、能登半島の東側を北上し、岬や灯台を回り、輪島経由で、一気に南下し、金沢の宿まで向かう予定だった。


 昨日も通った、国道249号をひた走り、ちょうど穴水町あなみずまちの中心部を過ぎた辺りだった。


 急に空から大粒の雨が降ってきた。

 それは見る間に、滝のような大雨に変わり、そしてまるで叩きつけるような大雨に変わり、視界が白く遮られるくらいになった。


 ゲリラ豪雨だった。

 昨今の地球温暖化の影響で、夏になると、こういう雨が各地で降るようになったが、まさに三人はそれに当たった。


 それでも何とかしばらくはそのまま進む三人だったが、一向に収まらない雨、そしてあまりにも猛烈な雨脚に、さすがに先頭を走る怜も戸惑っていた。


 だが、この辺りにはコンビニすらなかった。

 迷った挙句、怜は道端にバイクを停めた。


「二人とも。この雨はヤバい。とりあえず退避するぞ」


「でも、怜さん。この辺り、何もないですよ。どうするんですか?」


「せやな。調べた限り、日帰り温泉すらないで」


 二人の意見に対し、怜は、少し考える素振りを見せた後で、こう言った。


「仕方がない。駐在所に行く」


「えっ。駐在所って、交番みたいなもんですよね?」


 その意外な発想に驚く夢葉だが、この猛烈な雨の中、走るのはさすがに彼女も気が引けたから素直に従った。


 やがて、10分ほど猛烈な雨の中を走った怜は、国道249号沿いの山の中にある、「駐在所」と書かれた、小さな一軒家の建物の前でバイクを停めた。


 そこには「珠洲すず警察署」管轄の「駐在所」と書かれてあり、申し訳程度に、小さな軽自動車のパトカーが停まっていた。見た目は、普通の民家のような駐在所だった。


 ずぶ濡れのカッパを着たまま、全身から水を滴らせ、駐在所の建物に入る三人。


 中にいた、若い警察官の男は、そんな彼女たちの姿を見て、さすがに面食らったような表情を見せていた。


「なんだなんだ、嬢ちゃんたち。事件か?」

 この辺りの言葉遣いではない、標準語に近い話し方で、若い男は夏服の警察の制服を着たまま、彼女たちに視線を送った。


「いやー、すいません。全然事件じゃないんですけど、ちょっと雨宿りさせてくれませんか?」

 こういう時に、一番社交的で、言わばコミュ力が高い、夢葉が自ら交渉役になる。


「なんだ、ビックリした。まあ、別にいいけど、ここ、なーんにもないぞ」

 警察官は、暇そうに椅子に座って、書類仕事をしているようだったが、とりあえずカッパを脱いでから椅子に座るように、と三人に言い渡してから、椅子を勧めると、何故か駐在所の奥に姿を消した。


 ひとまず安心して、カッパを脱ぎ、椅子に座る三人。


 ややあってから、男は小脇に煎餅の袋を抱え、お盆に湯気の立つお茶を3つ載せて出てきた。


「酷い雨だっただろ。とりあえずこれでも飲んで暖まるといい」

 警察官に、お茶を差し出され、初めての事に、何だか奇妙だと思う三人。それでも、せっかくなので、お茶をご馳走になっていた。


 警察官の男は、一緒に持ってきた、煎餅の袋を彼女たちに差し出しながら、

「天気予報じゃ、午前中はずっと雨だって言ってるけど、こんな雨の中でツーリングか。大変だな。どこから来たの、君たち?」


 よく見ると、人懐こいような、愛嬌のある笑顔を見せて、男は言った。見たところ、年は20代後半から30代前半くらい。


「埼玉です。突然、押しかけてすいません」

 珍しく、怜が折り目正しく頭を下げて謝っていた。


 ところが。

「埼玉? 奇遇だねえ。僕も実は埼玉県生まれなんだ」

 警察官は嬉しそうに声を出した。


 聞いてみると、男は埼玉県の秩父市の出身で、妻と息子、つまり家族を埼玉県に残したまま、単身赴任でここに来て、働いているという。


「へえ。でも、こういう駐在所のお巡りさんって、地元の人がなるものだって思ってました」

 夢葉はお茶を飲み干した後、疑問に思っていたことを口に出していたが。


「いや、まあ。もちろんそういうケースもあるよ。ただ、最近はどこも少子化で人手不足だからねえ。結局、僕みたいに中央から呼ばれるケースもあるのさ」

 男はそう言って、どこか複雑そうな表情を浮かべていた。内心、彼の中でも納得できていないのかもしれない、と夢葉は思った。


「そら、またえらいことやんな」

 今まで黙っていた翠が声を出すと。


「偉い? いや、全然偉くなんてないよ」

 と男は照れ臭そうに声を上げたが。


「ちゃうちゃう。『えらい』っちゅうのは、三重弁で『大変』とか『疲れた』っちゅう意味や」

 翠が自らフォローしていた。


「あ、そうなの。まあ、大変っちゃ大変だけど。でも、地元の人と信頼関係を築いて、地元の治安を守る。これはこれでやり甲斐はあるのさ。まあ、最初は正直、地元の人が何言ってるかわからなかったけどね」

 思い出し笑いをしながら、警察官は語りだした。


「ああー。わかります。いきなり『きときと』って言われてもねえ」

 と、夢葉もまた思い出し笑いをしていた。


「そうそう。他にも『』とかね。何を卑猥ひわいなこと言ってるんだ? って思ってしまったよ」


「ええー。何ですか、それ?」

 夢葉が耳聡く反応していた。


 気がつけば、夢葉と警察官との間で、話が盛り上がっていた。

 なんだかんだで、人と話をするのが好きな、社交性の高い夢葉。どうしても仕事上、地元の人と話をしないといけない警察官。


 意外なことに、気が合うのだった。

 ちなみに、「きんかんなまなま」とは、「冬に雪道が固く凍って、路面がつるつるになっている状態のこと」を差す。元は石川県の金沢あたりの方言だ。


 怜と翠は、そんな盛り上がる二人を横目に、雨の様子を気にしたり、携帯で天気予報を確認したりしていた。


 結局、この駐在所に2時間近くも滞在し、ようやく雨が小降りになってきたことを確認した怜が、「出発するぞ」と言ったので、話が盛り上がっていた夢葉は、名残惜しそうに警察官と別れたのだった。


 最後に、彼は。

「気をつけるんだよ。何か困ったことがあったら、尋ねてくるといい」

 そう言って、わざわざ見送ってくれるのだった。


 それを受け、夢葉は思った。

(東京や埼玉の警察官とは全然違うなあ。都会の警察官って、なんか高圧的で嫌いなんだよね)


 雨は、小降りになっていたが、依然として降り続いていた。

 そこから約1時間ほどで、珠洲岬に到着する三人。


 ここには「空中展望台 スカイバード」という展望台があり、近くには「青の洞窟」という神秘的な洞窟などもあるのだが。


 天気が悪いこともあって、三人の目に映る景色は、灰色の淀んだ海と、眼下に広がる、海岸線にへばりつくように固まって建つ、江戸時代のような古い民家や宿の建物だけだった。


 続いて、そこからほど近い場所へ向かう三人。


 禄剛崎ろっこうさき灯台。


 近くの「道の駅 狼煙のろし」から真っすぐ歩くと、着くそこは、能登半島の最先端にある灯台だった。


 その広場に建つ、小さな白い灯台の前には、ご丁寧にも「能登半島最先端」と書かれた白い柱が建っている。


 その柱の前で記念撮影をする三人。


「なんや、わからへんけど、ライダーって端っこに行きたくなるもんやんな」


「そうだな。何故かライダーは端っこが好きなんだ」


 二人が、端っこについて語り合っている横で、夢葉は空を見上げていた。

 そして、


「やっと雨が止みましたね」

 嬉しそうに呟いていた。


 二人も空を見上げる。

 雨はいつの間にか止んでいた。


 ただ、空には相変わらず低く、重苦しいような、灰色の雲が浮かんでおり、いつまた雨が降り出すか、わからないような雰囲気だったが。


 三人の夏休みの旅は、折り返し地点だった。

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