13. メンテナンスは大変!
1月。
初詣後の初日の出ツーリングを終えた夢葉は、いつものように授業後に怜と話していた。内容はもちろんバイクのことだった。
「夢葉。お前、ちゃんとオイル交換してるか?」
いつものようにコーヒーを飲みながら、怜に尋ねられて、ようやく夢葉は思い出した。
「あ、忘れてました」
溜め息を尽きながら、怜は、
「初回のオイル交換からもうだいぶ経っただろう。3000キロは行ったか?」
探るような目つきで、夢葉を見る。
「……そうですね。行きました」
初回のオイル交換。これはバイクを買った後、1000キロくらいでやることになっている。以降は通常は3000キロに1回、もしくは3か月に1回程度、オイル交換はすべきである。
もっとも、レブル250のマニュアルを見ると、6000キロ、もしくは6か月で1回の点検でいいらしいが、今回は教えるためにも早めにやってみるとのこと。
そのことを怜が話すと。
「じゃあ、また晴さんにやってもらいます」
と、あっさり言う夢葉に対して、怜は表情を曇らせた。
「夢葉。何でもバイク屋に任せるのもいいが、それだと覚えないぞ」
「覚えるって、何をですか?」
「バイクのことだ」
「バイクのこと?」
「そうだ。オイル交換、チェーンの調整、あとはタイヤの空気圧。この辺なら初心者でもできるし、できて損はない」
怜に教わる夢葉は、真剣に耳を傾けていた。
怜によれば、オイル交換はディーラーやバイク用品店でも出来るが、簡単だから自分でやった方が金はかからなくて済む。
また、チェーンの調整やタイヤの空気圧を見ることも難しくない。
とのことだった。
ただ、バイクは機械なので、こういうのは、やりだすとキリがなく、バッテリーやブレーキ、クーラント、プラグ、エアクリーナーの点検や清掃、タイヤの摩耗具合の確認など多岐に渡るが、少なくともオイル交換とチェーン調整、タイヤの空気圧くらいはできる方がいいとのことだった。
ということで、次の週末、夢葉は怜に自宅に来てもらって、メンテナンスを教わることになった。
何故か怜は、夢葉が自分の家に来ることをあまり好まなかったためだ。
夢葉は、怜の家庭の事情について知らない。
あまり突っ込みたくはなかったので、彼女はひとまず了承した。
土曜日。怜が初めて夢葉の家に来た。
と言っても、人付き合いがあまり得意ではない彼女は、家の中にも入らず、外に置いてある、夢葉のバイクの前でしゃがみ込んだだけだったが。
彼女は、夢葉にまずエンジンをかけて暖気しろ、と教えた。
その手順通り、夢葉はレブルのエンジンをかけて、少し暖気してからエンジンを止めた。そこから3分くらい待つ。
怜によれば、オイル交換をする時は、こうした方がいいのだという。
「今日は私が工具を持ってきたが、最低限の工具くらいは、ホームセンターなんかで揃えろ」
そう言って、怜は持ってきた、メガネレンチ、ワッシャー、オイルフィルター、オイル処理ボックスを用意した。
「わかりました。まずどうするんですか?」
「まずは、ドレンボルトを外して、古いオイルを抜き取る」
そう言って、怜はレブルのエンジンの下にある、ドレンボルトを持ってきたメガネレンチで緩め始めた。
ただ、こいつがかなり固いようで、夢葉よりも力がある怜でさえ苦戦していた。
(私に出来るかな)
少し不安そうに見つめる夢葉。
なんとかドレンボルトを緩めた怜。
そして、濁った黒色の液体、つまりオイルがそこからドボドボと落下し、真下のオイル処理ボックスに入っていく。
「いいか。オイルは熱くなってるからな。ヤケドに気をつけろ」
そう言って、ゴム手袋をはめた手を引っ込める仕草をする怜。
「はい」
待つことしばらくして、ようやくオイルが抜けきる。その後は、古いオイルフィルターを外し、持ってきたオイルフィルターを装着。
新しく持ってきた、ワッシャーをかまし、ドレンボルトを戻して、再びメガネレンチで締める。
そして、新しいオイルをオイルフィラーキャップ(オイルの注ぎ口)から正確に入れる怜。
「へえ。すごいですね」
その手際の良さに、驚き目を見張る夢葉に対し、彼女は、
「全然すごくなんかない。バイク乗りならこれくらい出来て当然だ」
と言っていた。
続いて、チェーンの調整。
これは怜によると、アスクルシャフトのナットを緩め、アジャストナットのロックネジを緩め、アジャストナットを回してチェーンを調整し、緩めたナットを戻す、という手順だそうだが、正直、夢葉にはよくわからなかった。
「要は、チェーンというのは、張りが強すぎても、弱すぎてもダメなんだ。ちゃんと十分に遊びがある状態に保っておくことが重要だ」
そう言われて、何とか納得した夢葉だったが、彼女は、そもそもこのチェーンの調整には自信が持てない気がするのだった。
「一応、基準値ってのがあるから、それ通りに合わせればいい。どうしてもわからなければ、バイク屋に聞いてみるか、最初はやってもらえ」
怜は、困惑したような表情の夢葉の心中を察してか、そう言っていた。
次は、タイヤの空気圧だ。
これについては、ガソリンスタンドでもできるし、自転車用の空気入れがあれば、それでもできるとのこと。
適正の空気圧をできるだけ保つことで、燃費もバイク自体の乗り心地も変わってくる。
「ガソリンスタンドならコンプレッサーがあるし、自転車の空気入れなら、米式バルブに対応してるものなら、自分で入れられる」
「米式バルブ?」
首を傾げる夢葉に、怜は呆れ気味に、
「お前、自転車に乗ってたのに、知らないのか? 自転車の空気入れは英式や仏式が多いんだ」
と溜め息をついていた。
空気圧自体は、規定の値に入れるだけで、自転車と同じ要領だから、そんなに難しくはないことが夢葉にもわかった。
とりあえず、メンテナンスが終了したが、帰るかと思ったら、怜は今度は自分のバイクを見始めた。
「どうしたんですか、怜さん。調子悪いんですか?」
すると、彼女はTZR250 3MAを見ながら、
「ああ。こいつは、後方排気という特性上、トラブルが多いんだ。プラグがかぶったり、キャブレターのセッティングをしたり、マジでちょっとしたことでも、トラブルが頻発する。メンドくさいよ」
そう言っていた割には、笑顔で話すのだった。
その様子は、まるで「手のかかる子供を愛情を持ってしつける母親」のようにも夢葉には見えた。
「プラグがかぶるって、何ですか?」
夢葉が不思議そうな表情で聞いているのを横目で見て、怜は、驚いたような表情で、
「そうか。最近のバイクは、プラグかぶりもしないのか」
と呟いた後、
「要はスパークプラグがスパークしない状態のことだ。つまり点火しない状態だ。これが起こると、エンジンがかかりにくくなるし、最悪エンジンが止まる」
と説明していた。
(うーん。何だか難しそうだなあ)
内心、そう思いながらも、夢葉は怜の作業を見守っていた。
怜はテスターで電圧を測ったり、エンジンをかけたり、カウルを外してキャブレターを直接見たり、ラジエター類を見たり、それは素人の夢葉から見れば、ほとんどバイクを分解しているようにも見えるくらい、徹底的に点検していた。
(すごいなあ)
純粋に、夢葉には彼女が、ちょっとした職人に見えるのだった。
女の子が、ここまで機械に詳しくて、自分でメンテナンスもやるとは思っていなかったから、彼女の驚きは大きかった。
結局、それから30分以上かけて、点検した結果、TZRの不調の原因が、キャブレターに小石や埃が混入したため、とわかった怜は、何とかそれらを取り除き、また面倒なつけなおしを行い、カウルも元に戻して、ようやく終わった。
「どうしてわかったんですか?」
興味本位とはいえ、目を輝かせるようにして、聞いてくる夢葉に、怜は、
「ああ。3MAは後方排気という特性上、キャブレターが通常のバイクと違って、一番下にあるんだ。だから、勘単に小石や埃が混じって、すぐにこういうことが起こる」
自信ありげな表情で、そう説明していた。
夢葉は内心、なんとなくしかわかっていなかったのだが、
(メンテナンスって大変だな。私には難しすぎる気がする)
と、思っていたが、それでもロングツーリングなどで、途中でトラブって止まってしまうのも厄介なので、せめて最低限の点検くらいはやろう、と気を引き締めるのだった。
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