27. 九州を目指せ!
4月下旬。
3年生になり、そろそろ就職活動を本格的に始める時期とも言えるのだが、夢葉は自分の将来については、漠然としか考えていなかった。
(私はただ、バイクに乗れればそれでいい)
と思っていたし、明確な目標もなかった。
そのため、大学の構内の掲示板に貼ってある求人案内を見たり、ネットで調べたりする程度だった。
ツーリング仲間の怜や翠は、仕事が忙しいらしく、最近は全然ツーリングの誘いが来ない。かと言って、涼と行くのも何だかあまり気が進まないのだった。
ちなみに、怜はバイクの整備士としてバイク屋に、翠はアパレル関係の販売員に就職していた。
そして、ゴールデンウィークが残り1週間くらいに迫ってきた頃。
授業が終わって携帯を見ると、不意に、怜と翠からグループメッセージが届いていた。
「ゴールデンウィーク、暇か?」
「九州に行かへん?」
その二人のメッセージを見て、夢葉は、
「九州? 何でまた?」
と返していたが。
「何言うとるん? そもそも九州に行きたいっちゅうとったんは、夢葉ちゃんやないか?」
「そうだぞ。北海道で言ってただろ」
そう言われて、ようやく思い出した。確かに去年の夏休みに三人で北海道に行った時に、北の宗谷岬、東の納沙布岬を制して、
「北と東は制したから、次は南と西に行きましょう」
と言ったのは、他ならない夢葉だった。
「あー。まあ、確かに言いましたけど。つーか、お二人は仕事、いいんですか?」
「問題あらへん。それに有給
「私もだ。2日と6日を休みにすれば、10連休だ」
二人の回答に、社会人らしさを感じ、少し寂しくなる夢葉。
だが、確かにその年のゴールデンウィークは飛び飛びの連休だった。
つまり、4月29日から5月1日までは連休。2日は月曜日。3日から5日までが連休。6日は金曜日。そして7日と8日がまた休みだった。
二人はその2日と6日に有給を使うという。
夢葉は、少し考え込んでいたが、悩んだ後、決断を下した。
「わかりました。私も大学の単位は大体取ってるので、2日と6日を休みにして、行きましょう」
ただ、この決定事項には、一つ大きな問題があった。
「で、どうやって行くんですか?」
当然の問いを出す夢葉に対して。
「フェリーが東京から九州の
怜の歯切れが悪かった。
「確かに船はあるんや。ただな、もう予約で埋まっとる」
翠も応じる。
彼女たちの説明によれば、ゴールデンウィークまで残り1週間しかないこの時期では、すでにフェリーの予約はいっぱいで、取れない状況だという。
「えっ、じゃあ、また自走ですか?」
北海道ツーリングの青森までのあのキャノンボールを思い出し、少しテンションが下がる夢葉。
「まあ、そうなるな。ただ、さすがに今回は九州まで1日では行かないさ。何しろ1000キロくらいあるからな」
「1000キロ! それは、ちょっと無理ですね」
「せやから、岡山か広島くらいで一泊してから九州入りや」
怜と翠の中では、すでに九州行きは、心に決まっているらしかった。
メッセージのやり取りを通して、それが夢葉に伝わってきたし、何よりも、その後、
「じゃあ、九州でどこに行きたいか、適当に考えておいてくれ」
少し投げやりにも感じるような怜のメッセージが返ってきて、それを察したのだった。
と、いうことで、ゴールデンウィークの4月29日から5月8日までの10日間、三人は九州にツーリングに行くことになった。
行く場所の選定も宿の選択も、ほぼ夢葉に任された。
(そんな適当でいいのかなあ)
二人のアバウトすぎる意見に少し不安を覚える夢葉だったが、ネットや雑誌を駆使して、場所の選定、宿の手配に取り掛かる。
決まったのは、本土最南端の鹿児島県の佐多岬。同じく本土最西端の長崎県の
あとは、阿蘇の
何となく、その辺りが面白そう、くらいにしか考えていない夢葉。あとは実際に行ってみて、適度に変えればいいという、ある意味でのバイク乗りらしい柔軟な発想と旅行計画が彼女にも立てられるようになっていた。
宿は、ゴールデンウィーク前ということで、主要なところはほとんど埋まっていたため、ネットを駆使し、観光地から外れた場所にある、適当なホテルを次々に予約する夢葉。
初日は岡山県のホテルになった。
そして、あっという間に4月29日。
約束をした、圏央道の
その格好は、まだ春先のことを想定し、ライダースジャケットの中に、厚手のセーターを着込み、ジーンズを履いて、その下にはヒートテックも履いていた。何よりも彼女は寒がりだったからだ。
約束の午前5時の10分前。すでに二人の先輩の姿はコンビニ駐車場にあった。
今回は、渋滞が起こる前にさっさと高速道路に乗ってしまおうという計画のため、早朝に、しかも高速道路に近いコンビニを集合場所にした三人。
ただ、問題は天気だった。
4月29日から5月3日くらいまで、ばらつきはあるが、九州はおおむね雨予報だった。
なので、もちろん、夢葉も怜も翠も、あらかじめカッパ、つまりレインウェアを用意してきていた。以前、房総半島ツーリングで、安いカッパのために、財布までずぶ濡れになった夢葉は、丈夫なカッパを新しく買って用意していた。
だが。
出発して1時間30分後。
圏央道から東名高速道路に入った辺りから、パラパラと降ってきた雨が、静岡県に入った辺りで、猛烈な叩きつけるような雨に変わった。
たまらず、先頭を走っていた怜が、ハンドサインで合図をして、新東名高速道路の
バイクを降りた三人は、走って、大きな建物、つまりサービスエリアの施設に入る。
「すごい雨ですね。これじゃ進めません」
愚痴って、脱いだカッパから滴り落ちる水を払う夢葉。
「せやな。この三人の誰かが『雨女』なんやろな」
同じく、カッパの水滴を落としながらも、翠は微笑を浮かべる。
「間違いなく、夢葉だろ。お前と行くといつも雨になる」
恨めしそうな瞳を向けて、怜が呟くが。
「いやいや、私のせいじゃないでしょ」
夢葉は、納得が行かず、さすがに反論していた。
携帯で雨雲レーダーと睨めっこをしながらも、三人はここで軽く朝食を取ることにした。
幸い、連休初日とはいえ、まだ早い時間なので、施設も道路もまだそれほど混み合っていなかったからだ。
雨は幸い、通り雨に近いようで、30分ほどすると、だいぶ小雨に変わってきた。完全に雨が上がるまで待つと、時間を大幅にロスしてしまうため、三人は出発する。
その後は、順調に進み、午前中のうちに一気に新東名高速を駆け抜け、名古屋市から、お伊勢参りの時にも立ち寄った、湾岸長島パーキングエリアで、短い休憩を取る頃、空は少しずつ晴れてきていた。
カッパを脱いで、さらに走る三人。
多少の渋滞はあったが、やがて昼頃には、名神高速道路の大津サービスエリアに到着。
ここで昼食となった。
このサービスエリアは、この辺りではかなり大きな規模で、多数の飲食店や土産物屋が入っており、丁度連休初日の昼頃ということもあり、大混雑していた。
素早く昼食を食べ、テラスへ向かう三人。
そこからは、琵琶湖が見渡せるのだった。
「これが琵琶湖ですか。デカいですねえ。つーか、ほとんど海ですね」
初めて見る、日本一の湖に、感嘆の声を上げる夢葉。
「まあ、私は初めてやないんやけどな」
三重県生まれの翠は、小さい頃から何度か来たことがあるため、この景色には馴染んでいた。
「私も初めて見るけどな。確かにデカいな」
怜は怜で、タバコが吸えないイライラがあるのか、心なしか渋い顔で、視線の先に映る大きな水たまりを眺めていた。
午後、この辺りの土地勘がない三人は、ほとんど携帯ナビを頼って、高速道路を走っていたが。
京都から大阪の北を抜け、新名神高速道路に入った辺りから、またもや猛烈な雨になっていた。
しかもまだ4月の雨だ。
この時期は、まだまだ雨自体がかなりの低温で冷たい。
おまけに、強烈な雨のせいで視界が遮られ、このままだと危険だと判断した、先頭の怜が、近場のサービスエリアに退避するように、バイクを向かわせた。
宝塚北サービスエリア。
時刻は13時30分くらい。
ここでまたも、雨宿りのような休憩をすることになった三人。
だが、雨は一向に止む気配を見せていなかった。
このサービスエリアもかなり大きい規模のため、そこで仕方なく、暖かいお茶やコーヒーを飲みながら、雨が収まるのを待つことにした三人。
「しかし、止みませんね、雨」
恨めしそうに、分厚い雲に覆われ、降り続く雨を見つめる夢葉。
「お前が雨女だからだろ」
怜は、そんな夢葉をからかうように呟いていた。彼女自身、昔のとっつきにくい、近寄りがたいような雰囲気から少し変わっていた。
「ま、そう責めるな、怜。せやけど、このままずっと雨なんは、しんどいな。最悪、神戸あたりで宿を取るっちゅうのもありやな」
翠は、携帯で雨雲レーダーを見ながらそう呟いた。
「えっ。でももう岡山の宿、予約してますよ」
「それは最悪、キャンセルやな。キャンセル料くらい、私が払ったる」
翠は、そう胸を張って、いつものように明るく言っていたが、夢葉は先行きが不安だった。
(ホントに私、雨女なのかも)
同時に、そう自問自答し始めていた。
が。
約1時間後。
本当に、ネットから宿のキャンセルをして、新しい宿を探そうと思っていた、夢葉の目に、虹が映っていた。
「晴れました!」
喜び勇んで、子供のようにバイクに駆け寄って、またがる夢葉を、二人の先輩は微笑ましいようなものを見るように、見つめていた。
時間をだいぶロスしていたが、宝塚北サービスエリアからは順調だった。
やがて、山陽自動車道に入り、今度は風が出てきて、軽いバイクを操る夢葉と怜を苦しめたが、夕方の16時30分頃。
なんとか、無事に岡山県の宿にたどり着いた三人。
ただ、その宿は、かなり
山陽自動車道の岡山インターチェンジから、さらに一歩手前の山陽インターチェンジ付近にあり、辺りにはほぼ飲食店がなく、かろうじてコンビニがある程度だったし、宿もお世辞にもキレイとは言えず、古臭い、昔ながらのビジネスホテルだった。
ところが、そのことを謝る夢葉に、二人の先輩ライダーたちは。
「ああ、別に気にしないぞ。私は寝れればどこでもいい」
「私もや。別にこじゃれたホテルなんかに泊まらんでも、何とかなるで。最悪、漫画喫茶でもええやん」
そう答える、ある意味でバイク乗りらしい回答に、夢葉は。
(そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、それって女子としてどうなの? 完全に女子力ないよね)
と、内心苦笑していた。
翌日。さすがに雨に打たれて、疲れ果ててぐっすり眠った三人は、再度九州を目指して出発する。
ところが。
今度は、別の問題が待っていた。
広島付近で、車の流れが急に悪くなった。高速道路の電光掲示板を見ると、この先で「事故渋滞」が発生しているという。
そう、それは連休名物とも言えるものだった。
日本は、祝日が多い国だが、休みを取りにくい風潮にあるため、こういう大型連休になると、みんなが一斉に移動する。
それも、普段、運転に慣れていない連中まで動くためか、各地で事故や運転トラブルが多発。それによって、事故渋滞が頻発する。
事故渋滞は、約20キロは続いていた。
うんざりしながらも、神経を使って、車に接触しないように、慎重にすり抜けていく三人。
やがて、警察車両が見えてきて、前方が大破した車と、後方に追突されたと見られる車が路肩に横たわっている風景を見て、さらにしばらくすり抜けをして、ようやく渋滞から抜け出したが。
今度は、風が敵になった。
天気予報では、雨と言っていたが、それに反してその日は晴れていた。
だが、その代わり、まだ寒い4月の強風が吹き荒れていた。
翠のZX-10Rは車重が約200キロもあり、風でも安定していたが、一方で軽いバイクの、夢葉のレブル250、怜のTZR250は風によって、車体自体が横に流される。
(風がキツすぎる! あと、めっちゃ寒いよ!)
心の中で、愚痴りながらも、ハンドルを持っていかれないように、必死にハンドルを掴む夢葉。
事故渋滞のせいで、だいぶ遅れたが、昼頃には、本州の最西端、山口県の
怜は、何を思ったのか、予定とは違い、下関インターチェンジで高速道路を降りて、そのまま海に向かってバイクを走らせていた。
着いた場所は。
みもすそ川公園。
と呼ばれる場所だった。
ここには、源平合戦で有名な源義経の銅像や、幕末の長州藩が使った大砲がいくつか並んで置かれてあった。
それよりも三人の目を奪ったのが。
「うわぁ。大きな橋! つーか、あれが九州ですか。めっちゃ近いですね」
目の前に広がるのは、本来渡るはずだった、高速道路の大きな橋、関門橋だった。同時に橋のすぐ向こうには街並みが見えている。
「ホンマにあれが九州か。随分狭いっちゅうか、近いんやな」
翠もまた、初めて訪れる九州に期待を寄せ、同時に思った以上に狭い関門海峡の姿に驚きを隠せなかった。
「だろ? 高速で一気に渡るより、こっちの方が面白い。それに、関門海峡はトンネルでも渡れるから、行きはトンネルを使おうと思ってな」
事前に調べていたのだろう。怜は少し得意げにそう言っていた。
その後、怜の先導で、その関門トンネルに向かう。ここは二輪では100円の料金を払う必要はあるが、海の下をくぐって、一気に九州に入ることができる。
そして、ついに三人は初めての九州に上陸。
当初の予定では、この後、福岡市に向かう予定だったが、事故渋滞と強風で疲れ果てていた三人は、北九州市にある、夢葉が予約していたホテルに直接向かった。
結局、この日も、ホテルでまったりと酒を飲んで、風呂に入って、あっさり眠った三人。
翌朝。
ようやく本格的な九州ツーリングがスタートした。
天気予報では、曇り時々雨だったが、運よく朝から晴れていた。
「まずは、大観峰に向かいましょう」
と言う夢葉に、怜が待ったをかけた。
「どうせなら、やまなみハイウェイから
「ちょうじゃばる?」
「知らないのか。まあ、行けばわかる」
実は、夢葉同様、このツーリングを楽しみにしていた、怜はかなり調べてきており、結局、この日も彼女の先導でツーリングが始まった。
宿のある北九州市は都会だが、そこからしばらく行くと、まばらな住宅街が続き、やがて山道に入っていく。
夢葉が見たことも、聞いたこともないような、そもそも読めないような名前の地名がいくつも続き、やがて、国道からはずれた山道に入っていく怜。
そこからしばらくは、山間部を走る、信号機の少ない快走路だった。「やまなみハイウェイ」と呼ばれる道だが、高速道路ではなく、一般道だった。
やがて、辺りに平原と、青々とした山々が見渡せる、視界の広い場所にある駐車場に、怜は入った。
長者原。
そう呼ばれるこの辺りは、九州屈指のドライブコースとして知られている。夏は涼しく、冬は寒い。
ただ、やまなみハイウェイから続く、この辺りは、非常に走りやすいツーリングコースであるため、バイクの数も多い。
「へえ。キレイなところですね。でも、なんで『原』を『ばる』って読むんです?」
「さあ。私は知らんな」
「私も」
夢葉の質問に、誰も答えられずにいると。
「そるは、九州の方言みたいなもんたいね」
いつの間にか、夢葉の後ろから声がかかったため、彼女が振り返ると。
夢葉たちと同じくらいか、少し年上くらいの、若い女性が立っていた。その服装は黒い革ジャンに青いジーンズ姿で、髪の毛に少しシャギーが入った、いわゆるシャギーボブに近い、セミロングの髪を少し茶色に染めていた。
一見すると、どこかのOLにも見える、少しオシャレにも見える女性だった。
いきなり方言で話しかけられた夢葉は、驚いていたが、同時に現地の人と交流が持てるいい機会だと思った。この辺りが、人見知りをする怜とは違う、コミュ力の差だった。
「そうなんですか? あの、こちらの方ですか?」
「うん。あたたちゃ、どっから来たと?」
夢葉は少し迷った後で、
「関東の方です」
と答えた。
埼玉県と言っても、九州の人には伝わりにくいし、東京とも違うからだ。要はわかりやすく「関東」と表現した。
「へえ。関東から。随分遠くから来たとね。九州はどぎゃん?」
何となくしか、彼女の言っていることはわからなかった夢葉だったが、それでも積極的に応じる。
「うーん。まだ来たばっかりですからね。よくわからないですね。お姉さん、この辺りでオススメってありますか?」
「いっちゃんオススメは、『天空の道』たい。ばってん、あるは熊本地震の影響で通行止めになっとるけんね」
「天空の道」。またの名を「ラピュタの道」とも呼ばれる。外輪山の頂上から阿蘇の谷底の町に向かってダイビングするかのように、尾根の断崖に沿って切り開かれたダイナミックな道で、人気のツーリングスポットなのだが。
彼女が言うように、熊本地震の影響で崩れ、通行止めになっていた。
「そうなんですか。それは残念です」
「
「2億円!」
二人の会話に露骨に反応したのは、翠だった。その金額の大きさに驚いているようだった。
「うん。ちなみに、私もドゥカティに乗っとるたい」
そう言って、女性が指さした先には、赤い車体の大きなスポーツバイクが置いてあった。
それに視線を合わせた、怜が今度は露骨に反応する。
「ドゥカティ? もしかして、あれってパニガーレ?」
「そうたい。899パニガーレ」
「すげえ。こんなところで、ドゥカティ乗りに出会うとは」
「どぅかてぃ?」
何も知らない夢葉が、呑気な声を上げている。
「お前、知らないのか。ドゥカティってのはイタリアのバイクだ。まあ、壊れやすいとか色々言われてるけど、あの特徴的なサウンドは素晴らしい」
怜が目を輝かせながら説明していると。
「そりゃほんなこつばい。ばってん、バイクっちゅうのは、多かれ少なかれそぎゃんもんたい」
壊れやすいバイクと言われた、女性はしかしながら、何ともあっけらかんとした表情で明るく言い放っていた。
「ならねー。気ぃつけるとよ」
そう言い残して、この女性は、そのドゥカティの特徴的な「ドカドカドカ」という音を鳴らしながら去って行った。
「あれ、何弁や?」
「さあ。熊本弁かな……」
首を傾げる二人に対し、夢葉は、
「何弁でもいいじゃないですか。それより、せっかく教えてもらった、岩下コレクションに行きますか?」
そう言ったが、
「それは後でな。ここまで来たら、まずはせっかくだから大観峰と草千里ヶ浜に行くぞ」
という、怜の鶴の一声で、次の行き先が決まっていた。
続いて向かった先は。
大観峰。
長者原からおよそ4、50分。山間部を抜けるような、交通量と信号機の少ない快適な道を進むと、山の上に大きな展望台が見えてくる。
そこの駐車場には、ゴールデンウィークということもあり、多数のバイクが並んでいた。いずれもほとんどが地元ナンバーか福岡県あたりのナンバーだった。
この、大観峰は、阿蘇山の巨大なカルデラを上から見下ろすことができる場所で、標高が約936メートル。ちょうど、阿蘇山のカルデラの北端に位置しており、カルデラばかりか、
「おおっ。すごいですね。見渡す限り、くぼんでます」
夢葉は、眼下に見える、窪んだ大地を見て、大げさなくらい感嘆の声を上げていた。
「相変わらず、ええリアクションするやん、夢葉ちゃん」
そんな夢葉を見て、翠は笑っていた。
「これが有名な大観峰か。確かにすごい眺めだ」
怜は、いつものように静かに見下ろしていたが、彼女もまた心の中では大きな感動を味わっていた。
ここで、しばらく休憩した後、続いて彼女たちが向かった場所は。
草千里ヶ浜。
大観峰から3、40分ほど。カルデラの中心付近にあり、大観峰から降りて、また今度は山道を登っていく。
道の途中、牛が放牧されている姿を見られるなど、のどかな場所だが、たどり着いた場所は。
だだっ広い草原がどこまでも続く、大草原だった。
「ひっろーい! 北海道みたいな草原ですね」
夢葉は、いつものように大げさに感情を表現し、そんな彼女を翠は微笑ましく思っていた。
「千里って言うくらいだからな。ただ、北海道と違うのが、あの噴煙だな」
そう言って、怜が指さした先には、もくもくと噴煙を上げる山が見えていた。
「ああ、あれが阿蘇山かいな。噂には聞いとったけど、ホンマにえらい煙吐いとるんやな」
翠は、遠くに見える阿蘇山の噴煙を、目を細めて眺めていた。
ここで三人はしばらく休憩したが、気がつくと、もう14時に近い時間だった。
ネットで調べた限り、あの女性が教えてくれた「岩下コレクション」は私立博物館らしい。
そういうのは大抵、夕方には閉まってしまう。
三人は、次の目的地、「岩下コレクション」に向けて、バイクを走らせる。
九州ツーリングはまだ始まったばかりだった。
この先、さらなる困難が待ち受けることを彼女たちはもちろん知らない。
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