38. 憧れの南の島(中編)
翌朝。
その日の天気は曇りのち晴れの予報だった。
朝、のんびりと9時近くまで宿で過ごした後、チェックアウトした三人。
夢葉の先導で最初に向かった先は。
沖縄県今帰仁村に位置する古城で、築城は13世紀頃と言われている、かつて沖縄では、
国の史跡であり、南北350メートル、東西800メートル、面積3万7000平方メートルの広さを持つ、県内最大級の城と言われている。
沖縄では、城のことを「グスク」と呼ぶが、そのグスクの中でも、遺構がよく残っている城である。
特徴的なのは、本土の城にはない、沖縄特有の城の造りだった。
直線の石垣が多い本土の城に対し、沖縄の多くの城では、曲線が使われる。そして、その曲がりくねった曲線の石垣のラインが、遠くから見ると、西洋の城のようにも見えるという不思議さがある。
「キレイなお城ですねー」
「面白い城だな」
「確かに変わっとるなあ」
首里城に続いて訪れた沖縄の城だったが、夢葉の目には、常に観光客がいっぱいで、どこか落ち着かない雰囲気の首里城よりも、古いが、落ち着いた雰囲気の残るこの城の方が好きになれそうな気がしていた。
そして、この今帰仁城からは、青い海が見渡せるのだった。
もっとも沖縄に来てからというもの、本当の「晴れ」には出くわしていない彼女たちは、まだ本当の沖縄の「海の色」を見てはいなかったのだが。
沖縄の人曰く。
「沖縄の海の色は、曇りと晴れでは全然違う」
その言葉通り、まだ本当の海は見ていなかった。
続いて向かったのは、はっきり言ってマイナーな場所だった。
「嵐山」を冠する場所は、日本全国に数多く存在するが、沖縄の「嵐山」は
羽地内海とは、沖縄本島の本部半島と、
また、この辺りは沖縄海岸国定公園の区域ともなっており、鳥獣保護区にも指定されている。沿岸に多数の野鳥が飛来する、まさに動物の楽園である。
「癒される景色ですねー」
展望台の上に登って呟く夢葉。
しかし、二人は。
「いい景色だけど、曇ってるな」
「確かになー。もう少し晴れとったら、ええ景色やろな」
どうにも天候に恵まれないのだった。
そこからしばらくは、渋滞とは無縁の快走路が続く。
夢葉は、どうせなら沖縄本島を一周しようと計画しており、沖縄本島の一番北の端まで行くつもりだった。
天気は、相変わらずの曇り空だったが、雨が降る気配はなく、左側に海を見ながら、ひたすら国道58号を北上する。
ほとんどの区間で、海を見ながら走ることができ、しかもこの辺りになると極端に人口密度が減り、交通量も信号機も少なくなる。
途中、「道の駅 ゆいゆい
ここで、缶コーヒーを飲みながら、不意に夢葉は呟いた。
「それにしても、走ってると気づきましたが、沖縄の家って、なんというか錆びてるというか、全体的に白いですよね?」
「ああ、それは『塩害』って奴だな」
「塩害?」
いつものように、喫煙所でタバコを吹かしながら、怜は事も無げに答える。
「つまりな。常に潮風を浴びるさかい、それによってどんどん建物が腐食していって、錆び錆びになるんや」
「なるほど。憧れの南の島も、実際に住むとなると大変ですね。道理でバイクがこんなに錆びてるわけですね」
「せやな。それにしょっちゅう台風も来るしな。それも本州よりも強烈な奴がな」
怜や翠からそれらのことを聞き、夢葉は「憧れの南の島」に対する現実を突きつけられた気がしていた。
そこから約25分。ついに沖縄本島最北端の岬に到着する三人。
それが沖縄本島の一番北に位置する岬の名前だった。
着いてみると、そこは絶壁からなる広大な台地だった。
サンゴ質の絶壁で構成され、辺りには石碑や鳥のモニュメントがあり、その先に太平洋と東シナ海を見渡せる。
好天の日には、はるか22キロ先にある
「ようやく最北端まで来ましたね」
夢葉が見渡すと、周りには沖縄県内ナンバーのバイクが多数、駐車場に停まっていた。
「この辺り、沖縄県ライダーのツーリングスポットなんですかね?」
「多分、そうだろうな。というより、沖縄本島のライダーは、ここくらいしか行くところないんじゃないか? 南部は常に渋滞してるし」
「そう考えると、ある意味、哀れと言えなくもないな」
そう。沖縄本島は、なんだかんだ言っても広いとはいえ、そこはやはり本州のような大地ではなく、あくまでも「島」に過ぎない。
ツーリングスポットも限られるし、常に塩害や台風に悩まされる。ここはそんな場所だった。
辺戸岬を制した三人は、今度は沖縄の東半分を走ることになった。
即ち、県道70号を通り、ひたすら南下する。
だが、ここからおよそ3時間あまりの道のりは、正直、夢葉にはあまり面白いとは思えない景色だった。
県道70号はひたすら森の中を走る上に、休憩すべきスポットも観光名所もなかった。おまけに途中からは米軍の演習場が広がり、そもそも道路以外の立ち入りは禁止されている。
何とか途中に道の駅を見つけ、そこで休憩を挟みながら南下。やがて国道331号、329号と乗り継いでいくが、その辺りからはただの住宅街が続き、見るべきスポットもなかった。
ようやく昼頃になって、海の中を突っ切る道路に出る。
海中道路。
海の中を突っ切る、うるま市にあるこの道路。沖縄本島の
沖縄を代表する観光道路の一つで、真ん中に「海の駅 あやはし館」という施設がある。
そこでようやく昼休憩を兼ねて、昼食を取る三人。
食べたのは、定番のソーキそばだった。
だが、空は相変わらずの曇り空で、海も沖縄特有の青い色をしていなかった。
「確かにキレイですけど、なんというか沖縄らしくない気がするんですよね」
「それは多分、晴れてないからだな」
昼食を待つ間、会話をする夢葉と怜。
「せやな。その代わり、晴れたらええ景色になると思うで」
「なんで晴れないんでしょうね……」
若干寂しそうな表情で、曇った空と海を見つめる夢葉。
昼食を取り、海中道路を再び走り、今度は島へと渡る三人。
順番に平安座島、
ところが、昼食後、30分ほどで状況は一変した。
晴れたのだ。それも思いっきり。
沖縄の天気はある意味、気まぐれだ。島は海に囲まれており、風が吹くため、雲が流れるスピードも早い。その分、天気の移り変わりも早いのだ。
そして、島を巡りながら、先頭を行く夢葉は、ようやくテンションを回復し、たびたびバイクを海岸線で停めた。
「晴れましたよ! 見て下さい、この海の色! これぞ沖縄って感じですね!」
彼女たちの前に広がる海。
その色は、沖縄の人が言うように、「曇り空と晴れでは全然違う」のだった。
晴れた空は、どこまでも続くスカイブルーの青く輝くような空色で、海もまた曇っている時とは段違いに美しい、コバルトブルーに輝き、太陽光を浴びて、それがより一層輝いて見えるのだった。
まさにそれは、南国沖縄が見せる「奇跡」の色であり、沖縄以外ではなかなか見ることができない光景だった。
「ああ。確かにすごいな。この海の色。吸い込まれそうだ」
「ああ。そないに暑うないし、気持ちええな」
怜と翠の二人もまた、この予想外の空と海の色にすっかり魅了されていた。
結局、三人は島々を渡り、様々なビーチで写真を撮り、SNSにアップし、思い思いの時間を過ごすことになった。
そして、再び海中道路に戻った時。
展望台に上った三人は、先程通った時とは明らかに異なる、輝くような海の色に、ただ絶句し、惚れ惚れとした表情を浮かべて写真に収めていた。
海中道路は、かつて彼女たちが通った、九州の「諫早湾干拓堤防道路」に似ているが、その時とは明らかに異なる、スカイブルーの澄み切った青い空と、コバルトブルーの水をたたえた海が道の両岸に広がっている。それはまるで日本ではないような光景だった。
その後、三人は、夢葉が行きたいと言っていた二つの城跡を巡ることになった。
どちらも沖縄を代表する城(グスク)跡で、世界遺産にも登録されている。
そして、どちらの城も石垣しか残っていないが、曲線を多用した、不思議な様式美を現し、まるで西洋の古城のような独特の雰囲気を持っていた。
城跡を満喫し、夕方の5時近くになってから。
宿へ向かおうとする夢葉を制したのは、怜だった。
「夢葉。せっかくだから海に沈む夕陽を見に行こう。この天気なら、きっとキレイな夕陽が見れるぞ」
「いいですけど、どこで見るんですか?」
「
怜が指定した、美浜アメリカンビレッジは幸い、この中城城跡からはほど近かった。
美浜アメリカンビレッジ。
それは、沖縄本島中部に位置する、一大リゾート地区で、アメリカ合衆国の雰囲気を模した巨大なショッピング、エンターテインメントエリアとして知られている。
敷地内には、観覧車、飲食店、カフェ、雑貨店、土産物屋、ショッピングセンター、映画館、ボウリング場、ライブハウス、ホテルまで建ち並び、しかもそれらの建物がアメリカ西海岸のような雰囲気を醸し出す造りになっている。
おまけに、所々にヤシの木が生えて、南国感をこれでもか、というくらいに表現している。
その美浜アメリカンビレッジの南側に大きなホテルがいくつかあり、その前の海岸に
その日は、週末の土曜日ということもあり、大勢の家族連れやカップルがその海岸の公園に集まっていた。
そして、5時20分頃に着いた彼女たちを魅了する絶景が、まさに展開されていた。
夕陽だった。
それもただの夕陽ではない。
真っ赤な太陽が、遮るものがない西の海に向かって沈んでゆく。
その様は、まるで一幅の絵画のようでもあり、映画のワンシーンのようでもあり、次第に海と空の境界線がオレンジ色に染め上げられていく様子は、筆舌に尽くしがたいほど美しい光景だった。
「うわぁ! これはロマンチック! 彼氏と見たい風景ですよねー」
夢葉は、海岸線に着くと、盛んにシャッターを切った。
「私たちと一緒だと不満か?」
「そないに彼氏、欲しいか?」
二人の先輩に何故かそう言われ、夢葉は少し慌て気味に、
「いえいえ。そんなことないですけど」
と慌てて、かぶりを振ったが。
「ただ、こんな風景の中で、告られたら、コロっといっちゃうかもですね。それくらいロマンチックです」
そんなことを聞いた二人の心境は複雑だった。
(こいつ。悪い男にコロっと騙されるタイプかもな)
(夢葉ちゃん。変な男に捕まったらあかんで)
二人の先輩が考えることは同じだった。
純粋で、綺麗な心を持ち、
その分、騙されやすいのではないか、という危惧があった。
しばらく、およそ20分ほども、ただひたすら海に沈んでゆく夕陽をいつまでもじっと眺める夢葉たち。
特に、うっとりとした表情を浮かべて、ボーっとした顔を見せている夢葉が、途端に心配に思える先輩たちであった。
ようやく日が沈んだことを見届けた後、この広大なショッピングエリアの喫茶店で、タコライスの夕食を食べてから、その日の宿へ向かった三人。
その日の宿は、沖縄市の中心街であり、旧コザ地区と呼ばれるエリアだった。
元は「コザ市」という町であり、合併によって沖縄市になったが、「コザ」の名前が消えた今でも、沖縄の一部の人間は「コザに行く」と言うらしい。
歴史的にはコザ十字路という辺りが有名で、1970年に「コザ暴動」という米軍と現地日本人との
すぐ近くに米軍嘉手納基地があり、古くから日米の摩擦が起こりやすい場所でもあった。
その一角にある、アメリカン風の古いホテルがその日の宿になった。
「もう明日で帰りですか。なんか寂しいですね」
夢葉が目を伏せながら、机に突っ伏して言葉を発する。
「なんや、疲れたんかいな。ゆっくり休むんやな」
「また来ればいいさ。沖縄は逃げない」
翠と怜は、それぞれこの純粋な後輩を慈しむように、優しげな目を向けていた。
本人は気づいていなかったが、いつの間にか、夢葉は二人の先輩の心に大きな影響を与えており、彼女たちの庇護欲を掻き立てているのだった。
沖縄旅行は続く。
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