35. キャンプしよう!

 それは、那古翠の一言から始まった。


「キャンプせえへん?」


 たまたま土曜日に、三人で集まって、喫茶店でお茶していた時だった。唐突に彼女がそう発言したのだ。


「キャンプ? またいきなりだな」

 いつものように、店内で喫煙ができない喫茶店で、不満そうにしている怜が呟く。


「やってもいいですけど、私、キャンプ道具なんて持ってないですよ」

 夢葉もアイスコーヒーをブラックで飲みながら、反応する。


「ほんなら買えばええやん」

 事も無げにそう言う翠だったが。


「買うって言っても、結構高いですよね?」


「だな。大体、テントにシュラフに、クッカー、あと何買えばいいんだ?」


「そうやな。その三つは必需品として、あとはチェアーとテーブル、バーナーくらいか。最初は簡単なもんでええんや」


「翠さんは持ってるんですか?」


「ああ、私は親のお下がりやけど、一通り持っとるで」


「私も夢葉と同じで、何も持ってないぞ」


「ほんなら、今からアウトドアショップに行って買いに行こか?」


 行動力のある翠の発言によって、渋々ながら、二人は翠に従って、近くのアウトドアショップに向かうことになった。


 ちょうど、三人はバイクで喫茶店に来ていたので、そのまま街道を走り、県境を越えて、東京都の昭島あきしま市にある、アウトドアショップへと向かった。


 この辺りには、駅の近くに一大アウトレットモールがあり、有名キャンプメーカーの店が集中していたからだ。


 翠の先導で、初めて行くことになったアウトドアショップ。


 季節は、9月末ということで、ようやく残暑も落ち着いてきており、まさにキャンプシーズンに入る頃だったから、店内には、キャンプを勧める垂れ幕や宣伝のポップ広告がたくさん並べられてあった。


「へえ。色々ありますねえ」


 初めて足を踏み入れ、初めて見るアウトドア用品に、目を輝かせる夢葉だったが。

 その値札を眺めているうちに、次第に顔色が変わっていった。


「でも、高いですね」


 そんな夢葉に、翠は優しい瞳を向ける。


「そら、ピンからキリまであるからな。別に高いテント買う必要もあらへんし、一人なら一人用の安いテントやシュラフで十分やで」


「じゃあ、私はこれにする」


 怜は、決断力が早いというか、あまり悩まない性質たちなのか、物の10分ほど見ただけで、すぐにあっさりとテントやシュラフ、クッカーを決めていた。


 だが、夢葉は。


「どれにするか迷っちゃいますね。ってか、もっと可愛いのないんですか?」


 彼女は、無機質で同じような系統の色の商品が並ぶ商品棚を見て、悩んでいた。


「それでしたら、こちらなんてどうでしょう? 女性の間でも人気がありますよ」

 たまたま近くにいた女性店員が、目ざとく気づいて、夢葉を案内する。


 そこは、「キャンプ女子」と書いてある特設コーナーだった。

 色とりどりの様々なキャンプ用品が並んでいたが、どれも黄色やピンク、カラフルなチェッカー柄、パステルカラーなど、どちらかというと女性が好みやすい、優しい暖色系の色合いが多かった。


「あ、これ、可愛い!」

 夢葉が目をつけたのは、黄色いテントだった。

 二人用で、簡単に組み立てができる、ワンポールテントという種類で、値段は1万5000円ほど。


「まあ、ええんちゃう?」

 二人よりも、多少目が肥えている翠も、そのテントを見て、納得しているようだった。


 そのまま、同じような基準でシュラフ、クッカーと決めていく夢葉だったが。


 彼女を再び悩ませたのが、チェアーだった。


「なーんか、こう無機質というか、武骨なのが多い気がするんですよねえ」

 彼女が見ていたチェアーは、いずれも黒や茶色を主体とした、アウトドアチェアーだった。


 だが、そのまましばらく回っていると。


「私、これにします」

 やがて夢葉が立ち止まったところにあった、アウトドアチェアーは、淡い桜色と藤色を基調としたパステルカラー柄のオシャレな物だった。


「お前、相変わらずそういう女子っぽいの好きだな。キャンプ用品なんて何でもいいだろ」

 若干、呆れ気味に怜が呟く。彼女は可愛い物より、実用的な物を好むからだ。


「そんなことありません。やっぱどうせ行くなら、可愛い方がいいです」

 バイクに乗ったことで、どうも女子らしさから離れ、女子力が落ちてる気がしてならなかった夢葉は、ここぞとばかりに可愛い物を中心に選んでいた。


 ということで、一通りの道具は揃った。

 が。


(キャンプ用品って高いなあ。これは、マジでバイトしないとな)

 会計をしながら、夢葉は、自分の財布の中身を見て、預金通帳のことを思い出し、いつしか翠に言われたように「バイト」をしようと思い直すのだった。


 物自体は、たくさん買ったため、ひとまず郵送でそれぞれの家に送ってもらうことになった。


 が、夢葉にはどうしても気になる点があった。


 店を出た後に、翠に向かって、それを聞く夢葉。


「翠さん。キャンプ用品を買ったのはいいんですけど、こんなのどうやってバイクに積むんですか?」


 すると、翠は、相好を崩し、何でもないことのように返答する。

「ああ。そんなの、何とでもなるで。リアキャリアをつけたり、ツーリングネットで縛ったりな」


「ツーリングネット?」


「何だ、夢葉。お前、使ったことないのか、ツーリングネット。あれは便利だぞ」


 怜に声をかけられ、結局、怜の提案で、そのままバイク用品店に向かうことになる三人。



 早速、その足で府中市にある、大型のバイク用品店に行ってみると。


 確かに、バイクに荷物を載せるのに役立つグッズがたくさん売っていた。

 リアキャリア、ツーリングバッグ、そしてツーリングネットなど。


 それらを見ながら、夢葉は改めて思ったことを口にする。


「そういえば、私たちって、あまりたくさん荷物積んでツーリングしたことないですよね。いつもリュック背負ってた気がします」


「そうだな。今までは必要最低限しか積んでなかったからな」


「せやな。荷物積んどったら、それだけ重くなるし、重心も安定せえへんからな。まあ、その辺りもバイクの勉強やと思うとええ」


「だな。私は荷物が軽い方が、本来のバイクの楽しさを体験できるから好きだが、荷物をあまり積めないバイクに、いかに効率よく、荷物を積むか。それを考えるのも、バイク乗りの宿命という奴だ」


 二人のバイク乗りの先輩にそう諭され、夢葉は真剣な表情で、荷物コーナーを回った。


(リアキャリアは便利そうだけど、取り付けが面倒そう。ツーリングバッグも重たそう。私はこのツーリングネットでいいかな)


 やや葛藤があった後、夢葉は、よく見るような一般的な赤いツーリングネットを手に取った。


 翠はここでいい機会だと思ったのか、リアキャリアを買ってそのままバイクに取り付けをし、怜は大型のツーリングバッグを買っていた。



 その後、再び帰る前に、近場の喫茶店に入った三人。


「ところで、何でいきなりキャンプなんてやろうと思ったんですか、翠さん?」

 そう問いかける夢葉に、翠は微笑んで、


「いきなりでもないで。私は前からやってみたかったんや」

 と答えたが。


「どうせお前のことだ。キャンプで女子会やりたい、とか言うつもりだろ?」

 怜が突っ込んでいた。


「まあ、せやな。そういう意味合いもあるな」


「女子会って、何聞くつもりですか、翠さん?」


「そんなの、夢葉ちゃんや怜の男関係に決まっとる」

 堂々とそう発言する翠だったが。


「だからそんなのいませんって」


「そうだな。私も別に興味ない」


 夢葉と怜は、二人して必死に否定していた。

 そんな様子を見て、一人ほくそ笑んでいる翠。


「そんなこと言って、お前が一番先に結婚しそうな気がするけどな、私は」

 怜が、いつもの冷静な目で翠を見ていた。


「それはどうやろな。少なくとも三重県の男と付き合う気にはなれへん」


「何でですか?」


 コーヒーを一口飲んだ後、翠は二人が知らない事実を語る。それはいわゆる「県民性」という奴だった。


「三重県の男ってのは、社交的なんやけど、その分、遊び人が多いんや。結婚なんてしてもどうせ浮気するに決まっとる」


「すっごい偏見ですね」

 夢葉がそう言った後、翠は笑い出す。


 だが、実際に三重県の男性の一般的な特徴として、「コミュニケーションが大好き。大勢で賑やかに過ごすことを好む傾向があり、ノリがよくて優しい人が多い」とも言われている。


 三人は、女子会を兼ねたキャンプをやる方向で一致するのだが。


「ところで、キャンプってどこに行くんですか?」


「せやな。せっかくやし、有名なところに行ってみるか」


「有名なところ?」


 翠は、一息ついた後、自信満々にこう言った。


「ああ。ふもとっぱらや」


「ふもとっぱら? どこですか?」


「知らんのかいな。静岡県にある有名なキャンプ場や。富士山が真正面に見えるっちゅうことで、人気があるんや」


「へえ。面白そうですね」


「でも、混むんじゃないのか?」


「大丈夫や。確かに土日は混むんやけど、キャンプ場自体がバカデカいからな。いくらでも泊まるスペースはあるんや」


 ということで、あっという間に行き先まで決定していた。


 早速、ネットでふもとっぱらキャンプ場の公式サイトにアクセスし、翠は空いている日程を検索する。


「10月の第二土曜日が空いとるな。ほんなら、早速予約しとくで」


「キャンプ場って予約いるんですか? 適当に行ったら泊まれると思ってました」


「まあ、大概のキャンプ場はそれでええんやけどな。このふもとっぱらは、めっちゃ人気あるさかい、ホテルみたいに予約せなあかんのや」


「面倒だな」


 こうして、翠の思い付きによる、キャンプツーリングが行われることになった。


「ああ、そうそう。とりあえずキャンプ飯、適当に考えとくんやな、二人とも」


「キャンプ飯? 何か作るんですか?」


「そら、そうやろ。せっかくキャンプに行くんや。大自然の中で、美味い飯を食う。それがキャンプの醍醐味や」


「まあ、いいけど。私は料理には自信がある」


 そう言って胸を張る怜の姿に、一番驚かされたのが夢葉だった。


「ええっ。怜さん、料理できるんですか?」


 その夢葉の驚いた顔、表情を見て、怜は不満げに顔を歪めて、彼女を睨んだ。

「何だ、夢葉。私が料理できるのは意外か?」


「意外です。てっきり怜さんは、カップラーメンばかり食べてると思ってました」


「まったくお前はどういう目で、私を見てるんだ」

 嘆息する怜。


「あははは。ナイスや、夢葉ちゃん」

 途端に笑い出す翠。


 三人の初のキャンプツーリングが始まろうとしていた。

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