2-14 モチーフ(カナ視点)
「なんとなく分かりましたけど、納得できるかって言うと……。私から『マンガ好き』とか『美少女好き』を取ったら、『高倉奏子』じゃなくなるので」
それを聞いた赤月さんは堪えきれないように笑った。
「いきなり『どうしても相容れない考え方』が見えてきたね」
「ほんとですね」
私もつられて笑ってしまった。綺麗なフラグ回収だった。
おそらく私の持論が赤月さんはの持論と同じになることはないだろう。しかし、「あ、でも」と思った。思わず呟く。
「蹄鉄とウサギ……」
「え?」
「いや、あの、仁藤さんって蹄鉄のキーホルダーを持ってたじゃないですか。で、佐々木さんはウサギのネックレス」
「蹄鉄……って、ああ、あれか。ずっと三日月だと思ってたけど、蹄鉄だったんだ。佐々木さんの方は覚えてないや」
「最初に見た時から、なんかそれぞれの印象と違うなって思ってたんです。仁藤さんにしては地味だし、佐々木さんにしては派手だから、本人が選んだものじゃなくて、お互いからの贈り物なのかなって思って。
……モチーフには特定の意味があることが多いんです。鍵なら『心の扉を開く』、リボンなら『絆、約束』、みたいに」
「そうなんだ。よく知ってたね」
驚いた顔をする赤月さん。私はもごもごと答えた。
「いやあ、推しが身に付けてるアクセサリーの意味とか調べてたら、自然と……」
「ああ……気が付いたら詳しくなってるよね……分かる。花言葉とか」
「それですね……。それで、蹄鉄とウサギなんですけど、蹄鉄は『幸運、魔除け』で、ウサギは『上昇、飛躍』なんです」
赤月さんははっと目を見開いた。
「それって」
「はい。多分、蹄鉄は男運の悪い仁藤さんにとっての『魔除け』、もしくは他の男の人が付かないように祈る『魔除け』、ウサギは仕事でなかなか努力が報われない佐々木さんの『飛躍』のお守りなんだと思います」
「うわー、そういうことか……」
感慨深げにつぶやく赤月さんに、「事実がどうかは分からないですけど」と軽く念を押しつつ、私は「でも」と続ける。
「もしこれが事実だとしたら、見えてる要素の中に『この人を大事にしたい』って感情を見出すってこういうことなのかなってちょっと思いました。趣味のことなんか知らなくても、お互いを深く思い合える。
……赤月さんの考え方に完全に同意してるわけじゃないですけど」
そう言うと、赤月さんは笑った。
「うん、そういうこと。
モチーフのことは知らなかったけど、俺は愛理先輩のすぐそばで二人の仲の良さをよく聞いてたから、こんな深い二人の仲に、本来は楽しむはずの趣味がヒビを入れようとしてるって、どういうことなんだろう、趣味って何なんだろうって思って」
「そういうことだったんですね……あ、もしかして、佐々木さんの趣味を仁藤さんに言わない方がいいって言ってたのも、こう考えてたからですか? 趣味を
赤月さんは「あー」と言って、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「全く関係ないわけじゃないけど、俺自身の経験の方が関係してるかな」
「……経験?」
首をかしげると、「俺さ」と話してくれた。
「小学生の頃からマンガ描いてたんだよ。あん時はまだアナログだったけど。で、中二の時、画材とマンガを買って、家に帰ろうとしてた時に近所の人に会ってさ。その人には昔から良くしてもらってたんだけど。その人に、『どこか買い物に行ってたの?』って訊かれて。
当時の俺、マンガ書いてることを誰にも言ってなかったんだよね。なんか恥ずかしくて。でも、誰かに言いたいなーとも思ってて。だから、その近所の人に言ってみようかなって思ったんだよ。近すぎない人の方が言いやすいってあるじゃん。だから、マンガを買ってきた話をする流れで言ってみようって思って、マンガを出してみたら」
そこで、赤月さんは一度黙った。そして、
「『もう中学生なのに、まだマンガなんて読んでるの? 賢い祐也君には似合わないよ』って言われた」
その言葉に、ぐっと喉の奥が詰まるような気がした。赤月さんが何とも思っていないような顔で言っているのが、付いた傷の大きさを物語っているような気がした。
「最初にびっくりして、その次に恥ずかしくなって、いろいろ嘘ついて誤魔化した。その場で言い返せばよかったんだけど、その時は急すぎて、怒りよりも恥ずかしさが勝っちゃって。だから、未だに自分の趣味を人に言うのが、その、怖い」
何も言えなかった。「怖い」というその短い一言で、赤月さんが当時の姿で見えるような気分に陥った。
「まあ、こういうことがあって」
赤月さんは平たい調子で言った。どう言ったものか、おどおど迷っていると、私を返事を待たずに赤月さんが続けた。
「で、ここからが本題だよ」
「え」
「俺に『まだマンガなんて読んでるの?』って言ったこの人、誰だと思う?」
「え? 誰って……」
そんなの知りようがないのでは、と続けようとして、赤月さんの言葉に遮られた。
「優衣の父親」
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