2-3 こんにちは②(カナ視点)
散々Q&Aタイムで騒ぎ散らした私たちは、一旦ティーブレイクを挟んだ。
「まあ、要するに、あたしの幼馴染がカナの好きな漫画家だったってこと」
優衣ちゃんがティーカップを持ち上げながら、淡々と告げる。世間は狭いなあ。
「それで、カナ。ツイートのこと訊いたら?」
「えっ、ほんとに訊くの?」
優衣ちゃんの言葉に、思わずそう返してしまう。もともとツイートの一件から、広哉先生を呼んだわけだけれど、いざ質問を口にしようとすると、「こんなことのために、あの広哉あきらを家に呼んだのか」という思いが頭をよぎるのだ。でも、せっかく来ていただいたのに、安い紅茶一杯だけ出して帰らせるなんて、それこそ失礼と言うものではないか。
ああ、どうしよう。ええい、とりあえず訊いてしまえ!
「あの、こんなことでわざわざお呼び出しして、本当に申し訳ないんですが、そのっ……昨日、ツイート一回もしなかったのは何でですか? あ、あの、昨日から気になってて!」
勢いよく頭を下げると、広哉先生は「あー」と頭を掻きながら目をそらした。
「昨日、確かにツイートしてないわ。忘れてた」
「ということは、何か問題があったわけではないんですね⁉」
「それは大丈夫。全然大丈夫。まあ、ある意味問題はあるんだけど」
「どういうこと?」
優衣ちゃんが訝しげな顔をする。
「『広哉先生、さっき問題がどうのって言ってたけど、大丈夫かな。借金とか? いや、対人関係のもつれ? 大丈夫かな、ねえ優衣ちゃんはどう思う?』って言われるのはもうめんどくさいから、その問題とやらについて、カナに話してから帰ってくれる? もちろん無理にとは言わないけど」
「優衣ちゃん、私そんなに声高くないよ」
「それに、場合によっては力になれるかもしれないし。カナが」
「ええ、私⁉ いや、頑張らせていただきますけども‼」
ぎゃーぎゃー騒ぐ私たちを見て、広哉先生は少し逡巡した様子を見せる。しかし、その後、ゆっくりと口を開いた。
「昨日、ツイートできなかったのは、大学のサークルの先輩が相談の電話を掛けてきたからなんだよ。しかも、そん時先輩は酒飲んでたみたいで、電話切ろうとしたら、『先輩を裏切るのか』って騒がれて。気が付いたら、夜中の二時だった……」
「なんか……ご愁傷様」
優衣ちゃんは珍しく、本気で同情する表情を見せた。
「それが、『問題』ですか?」
「いや、電話かけてきたこと自体は問題ないんだよ。問題はその内容でさ。なんでも、その電話かけてきた先輩、彼氏に浮気されてたらしいんだよ」
「浮気、ですか」
自分とは縁遠い言葉に、思わずオウム返しをしてしまう。優衣ちゃんもあまりピンと来ていない顔だった。優衣ちゃんはそのかわいさゆえによくモテていたが、誰とも付き合わなかったらしい。もし誰かと付き合っていたとしても、優衣ちゃんのようなかわいい子を彼女に持っていながら、浮気するような不届き者はいないだろう。仮にいたとしても、私が成敗する。
「そう、浮気。しかも、ただの浮気じゃない。相手が既婚者だったらしいんだよ」
「要するにその先輩は遊び相手だったってこと?」
優衣ちゃんの言葉に、広哉先生が軽く頷く。
「先輩の話だと、そうっぽい。で、来週の日曜にその不倫してる彼氏と奥さんが食事するっていう情報が手に入ったから、その食事現場に突入して、奥さんの目の前で不倫を暴露してやる! って言ってるんだよ」
「過激ですね……」
「過激だよ……」
疲れた様子で広哉先生が呟く。
昔から女の恨みは買うものでない、とはよく言ったものだけれど、本当に買うべきではないと私はしみじみ思った。
「で、食事するって情報はあるけど、どこでするかまでは分からないんだってさ。だから、その店の特定を手伝ってるんだけど、一切見つからなくてさ。仕事が滞って滞って。正直、次の原稿が結構まずい状況に……」
ツギノゲンコウガケッコウマズイジョウキョウニ?
「そんな、そんなの……」
気が付けば、私はテーブルに手を付いて、身を乗り出していた。
「絶対にダメです!」
「え?」
「連載が止まっちゃったら、全国、いや全世界のファンが悲しみます! 来月の二十五日には初のドラマCDが付いてる八巻が出たりして、今一番大事な時期なのに……もっともっと『2ハナ‼』の良さがいろんな人に広まる時期なのに……!」
「あ、ああ、そうだね。それにしても、ドラマCDのこと知ってるんだ」
「ファンなんだから、当たり前ですよ! 『2ハナ‼』初のドラマCD! 主人公の柊役には
「あ、ありがとう?」
「あっ、そうだ! 私もお店の特定を手伝います‼ ちゃちゃっと特定すれば、原稿に集中できますよね⁉ そうですよね?」
「え、ああ、おう」
「よし、私、全世界のファンのために、そしてまだ見ぬファンのために頑張ります‼」
私はぐっと握った拳を勢い良く振り上げる。
戸惑いきった広哉先生と額を押さえた優衣ちゃんに気づいたのは、もう少し後のことだった。
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