2-9 推理②
「ってことは、佐々木さんはオタクってこと? でも、これだけじゃ根拠が薄い気がするんだけど。可能性としてなくはないけど、これ一つを根拠にするには、若干弱い気がする」
「佐々木さんのスマホにはどんなアプリが入ってたか、覚えてる?」
「え?」
不意打ちの質問に固まったあたしの代わりに、祐也が口を開く。
「えっと……確か、見逃し配信サービスのアプリが三つだけ、じゃなかったっけ。今時珍しいよな。俺、ゲームとかめちゃくちゃ入れてるし」
「そうです。でも、仁藤さんによると、佐々木さんの家のテレビはすごく高性能だって話でしたよね。録画も大容量できるって。じゃあ、何で見逃し配信サービスを三つも入れてるんでしょうか?」
「あまりにもテレビが好きで、録画しすぎて、録画残量が足りないから別で見てる、とかじゃ。チャンネルはいろんなの観れるって言ってたから、テレビじゃ見られないチャンネルの番組を観ようとしてたって可能性は低い気がするし」
その答えには、あたしが突っ込みを入れた。
「いや、それはないと思う。仁藤さん家のテレビはそんなに録画できなくて、代わりに録画してもらってるって言ってたから。いくら恋人とは言え、自分の録画したい番組より、恋人の方の番組を優先して録画したりしないでしょ」
関係性が対等ではないならまだしも、仁藤さんの話を聞く限り、あの二人の関係性は健康的に見えた。祐也の説はあまり現実的ではない。
「あ、そっか。じゃあ、何で」
そこで止まった会話に、カナが入り込む。
「見逃し配信サービスは、観たい番組を見逃した時にも使えるけど、テレビでは観たくない番組を個人でスマホで観ることも可能にするんです。
……さっき優衣ちゃんが言ったように、仁藤さんは、佐々木さんの家でテレビをよく観てるし、録画もさせてもらってます。言い換えれば、仁藤さんは、佐々木さんの家のテレビ状況を掌握してるんです。佐々木さんが何の番組に興味を持って録画してるか、とかも分かるはずです」
「掌握は言い過ぎだと思うけど……まあ、ある一面ではそうかもな。録画した番組の一覧とかも自由に見られるだろうし」
祐也が苦笑いしつつも、肯定する。
カナは柔らかくも、はっきりと言い切った。
「だから、佐々木さんは、仁藤さんにバレずに観たい番組を観るために、見逃し配信サービスを使ってるんじゃないかなって」
「あー、そういうことかー」
祐也が軽く天を仰ぐ。あたしにも、その「仁藤さんにバレずに観たい番組」の正体が分かりつつあった。
確か、佐々木さんと仁藤さんが一緒に観ている番組の中に、アニメは入っていなかった。「このラインナップだと、カナは退屈だろうな」と思ったから覚えている。あれほど幅広くいろいろ観ているのに、アニメが入っていないのは、意図的に避けているからだと考えることができるのではないか。
つまり『仁藤さんにバレずに観たい番組』=アニメの可能性が高い。オタク趣味を家族や恋人に隠したがる人は多いと聞くし、無い話ではない。が。
「そこまで過剰になって隠す必要ある?」
確かに、オタクは偏見を持たれやすいかもしれない。しかし、最近ではオタクでなくともアニメや漫画を楽しむ人はかなり多い。そこまで過剰になる必要はないと思うのだが。
しかし、カナはふるふると首を振った。その表情には僅かな憐憫が浮かんでいた。
「仁藤さんが決定的な言葉を言ったのかもしれないよ」
「決定的な言葉?」
「いわゆる差別的なこと。これは完全に憶測だけど」
「……あ。いや、でも、まだそうじゃない可能性もあるでしょ?」
「残念だけど、高倉さんの推理は当たってると思う」
あたしの言葉を、苦々しい口調で、祐也が遮った。煮え切らない態度で続ける。
「愛理先輩、二次元とかそのオタクのこと好きじゃないというか、苦手というか……まあ、ストレートに言うと嫌ってるんだよ。理由は知らないけど。二次元のこと好きな人の気持ちは全然理解できないって感じ。表立って口に出すなんてことはしないけど、言葉の端々に”そういうの”を感じることは多いかな」
自己紹介の時の仁藤さんの言葉を思い出す。
――最初、春木野って聞いた時、赤月がオタクになったんかと思ったわ。そんなわけないよね。
やたら確認するような口調だったのは、そういうことだったのか。
「だから、佐々木さんとの会話でも同じようなことが起こってたなら、高倉さんの推測はあり得るかも。……あー、その、誤解がないように言っとくけど、愛理先輩、別に悪い人じゃないからな。俺が
「そう、なんだ……」
なぜだか少しショックだった。ついさっき仁藤さんの清らかな感情に触れたばかりなのに、いきなりあまり好ましくない面を見せられたからだろうか。それとも、何かを好きであることに対する妨げが、いまだ人々の無意識下で生き残っていることを突き付けられたからだろうか。
あたしの心中を知ってか知らずか、カナがあっけらかんと言った。
「ま、そんなもんですよね。オタクに対するテンプレイメージも消え切ってませんし」
「あー……いまだに、オタク=誰彼構わず『萌え~!』って言って騒ぐ、みたいなイメージの人もいるからな……。オタクだっていろいろ頑張ってるのに」
どこか疲れたように言う祐也に、カナがうんうんと首を縦に振る。
「そうなの?」
「うん。いろいろあるんだよ。不文律だし、オタク間でも争いの火種になったりするけど。
そもそもアニメとか漫画に限らず、自分の趣味って、見ず知らずの人にばらまくものではないからね。私だって、誰彼構わず、オタクトークぶつけてるわけじゃないし」
そして得意げにぐっと胸を張る。誰彼構わずぶつけているわけではないのに、あたしにぶつけてくるのは何故だろうか。
カナは「あ、あと優衣ちゃんに言っておくとね」と付け足し、
「オタクって私みたいなやつばっかじゃないよ。むしろほとんどいないと思う。優衣ちゃんにとって『オタク』っていうと、私が思い浮かぶかもだけど、おしゃれに興味があって、コミュ力高いオタクの方がよっぽど多いから!」
と、なぜか得意げに言った。カナの言葉に祐也が重ねる。
「というか、まあ。『あの人はオタクだ』って言ったって、趣味なんてその人を構成する一要素でしかないわけだし。人格を全て決定するものじゃないんだから、いろんな人がいるのは普通過ぎるぐらい普通なことだよな」
ふーん、と相槌を打つ。趣味は人格を全て決定するものじゃない、か。
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