2-8 推理①
「えっとー、それは、どういうこと?」
祐也が当惑した様子で、目をパチパチさせる。対するカナはあっさりと、
「そのまんまです。佐々木さんは浮気なんてしていなくて、全て仁藤さんの勘違いと憶測なんだと思います」
「え? いや、でも、愛理先輩は」
「カナ。何がどうなってその結論にたどり着いたの?」
困惑し切っている祐也が可哀想だし、何より自分も気になる。先を促すと、カナは「今から話すことはほぼ憶測に過ぎないんだけどね」と前置きしてから、しっかりとした口振りで話し始めた。
「まず初めに。仁藤さんの話によると、自分と出会う前から佐々木さんは既婚者だったんじゃないかって話だったよね」
祐也と二人、黙って頷く。
「でもね、もし佐々木さんが本当に既婚者だったとしたら、おかしなところがあるんだよ」
「おかしなところ?」
カナはふいに祐也の方を向き、
「赤月さん。ちょっと想像してみてください。
赤月さんは、二股をしているとします」
「え」
唐突すぎる仮定に、祐也が固まる。そりゃそうだ。
「普通、付き合ってる二人には、二股してるってことを隠したいと思いますよね?」
「え、ああ、まあ。そうだと思うけど。いや、俺は二股したことないし、これからもしないけど」
祐也のさりげない「まあ、俺は無罪ですけど」アピールを華麗にスルーして、カナはさらりと言った。
「だったら、仁藤さんを『あいり』って名前で、LINEに登録するでしょうか?」
「え? ……あ」
裕也が思わずといった様子で声を漏らす。あたしも軽く目を見開いた。そうだ。確かにおかしい。
LINEのアカウント名は、別に本名で登録しなければならないわけではない。適当に別の名前で入れるなり、苗字で入れるなり、どうとでもできる。それなのに佐々木さんは、女性だと判断される可能性が高く、さらに言えば、五十音順で一番上に来て目立ってしまう『あいり』という名前で登録していた。仁藤さんがしたように、いつ奥さんがスマホを覗くとも知れないのに。それなのに、『あいり』として登録されているということは、仁藤さんは隠したい存在ではない=遊び相手ではない可能性が高いのでは、ということだ。
まあ、トーク履歴さえ消していれば、見られても言い訳は可能、という考えもあるかもしれないが、浮気相手を本名で登録するのは心理的に憚られるものがあるだろう。
祐也が顎を押さえながら、独り言のように呟く。
「スマホのセキュリティに自信があったとか? いや、違うな。めんどうがって指紋認証を設定してないって言ってたし、愛理先輩にも簡単にパスワードを知られてる」
「でもさ、スマホを二台持ちしてたってことはないの? 仁藤さんと付き合うようになってから、仁藤さん用にもう一台買った、とか。それだったら、『あいり』って登録しても、奥さんには見られないよね?」
黙った祐也の代わりに、あたしは疑問を飛ばす。
仁藤さんは「奥さんのアカウントを見落としたかも」と言っていたが、佐々木さんがスマホを二台持っていたのなら、奥さんのアカウントを見つけられなかったという話もさらに納得のいくものになる。仁藤さん用と奥さん用でスマホを分けていたのなら、仁藤さんが覗いたスマホの中に奥さんのアカウントが存在するわけがないからだ。
しかし。
「いや、それもないよ」
「何で」
「仁藤さんが佐々木さんに初めて会った時、佐々木さんのスマホにはすでにヒビが入ってたって言ってた。で、今年の一月、佐々木さんのスマホを覗いた時に撮ったっていう写真に映ってたスマホにもヒビが入ってた。佐々木さんは、仁藤さんと出会った時に使ってたのと同じスマホを使ってると思うよ。少なくとも、今年の一月の段階では」
「あ、そうか」
もし、仮に二台持ちしていたとしても、別のスマホに全く同じ形のヒビを入れるというのはほぼ不可能だ。形の違うヒビに、仁藤さんが気づかなかったというのも不自然。
と、それまで「なるほど」とうなずいていた祐也が待ったを掛けた。
「いや、でも待って。じゃあ、電話の件は? 既婚者だってはっきり分かる内容だった、って。何をどう聞き間違えても、そうはならないんじゃない?」
カナは一つだけ小さくうなずくと、
「電話の内容から、佐々木さんを既婚者だってはっきり考えるようになるには、単に女性の名前を聞くだけじゃ不十分ですよね。女の人の名前と仲睦まじい様子を聞いただけだったら、普通は結婚相手じゃなくて、彼女かな? って思うはずですから。年齢的にも佐々木さんはまだ若いですし、いきなり『結婚してたんだ!』とはならないはずです。つまり、仁藤さんは一般的に結婚相手を意味する単語を聞いたってことになります。そういう単語って何がありますか?」
「『妻』とかってこと?」
あたしが訊くと、カナは大きくうなずく。
「そうそう。妻に奥さん、家内、女房、カミさん……そして、嫁」
カナがそこまで言うと、
「ああぁーっ!」
祐也が唐突に叫び声を上げた。次いで、人差し指をビシッとカナに向ける。
「まさか、そういうこと⁉︎」
「そういうことじゃないかなって思ってます。浮気してないなら、そうじゃないかなって」
静かにうなずくカナ。対するあたしは、まったくついていけていない。
「え、何。どういうこと?」
「優衣ちゃんも分かるはずだよ。私がよく言ってるから」
「カナが……」
顎を押さえて考えてみる。
祐也が反応したのは、「嫁」の単語。嫁……嫁……カナからよく聞く「嫁」……。
「あっ、推しのこと?」
確か、特別に好きなキャラクターや推しのことは「嫁」と呼ぶはず。
半ば身を乗り出すようにして言うと、カナはにっこりと微笑んだ。どうやら正解だったらしい。
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