4-2 共鳴

 自分自身に被害が及んだ時はあれほど穏やかだったのに、アーレちゃんとやらに被害が及んだ途端、恨みに憑りつかれたカナの頼みを、あたしは結局断れきれなかった。一応犯人は高校生だと言うし、そこまで危なくはないだろう。もし何かあっても、止めればいいだけだ。


 とりあえず、幸ちゃんと鈴ちゃんの二人にメッセージを送ってみたところ、鈴ちゃんからには「そもそも被害者と面識がない」と断られたが、幸ちゃんは被害者の一人と知り合いとのことだったので、被害者の一人を紹介してもらえることになった。


 紹介してもらったのは、本多陽希ほんだはるき君、深沢高校三年生。サッカー部の主将をしていたそうで、同じく副部長をしていた幸ちゃんとは部長会議でよく会っていたらしく、その縁で仲は良いらしい。予備校も同じところに通っているのだとか。


 情報の聞き取りにはあたしも同席することにした。最初はそのつもりはなかったのだが、流石に仲介した人間が一人もいないのは気まずすぎるだろうということでこうなった。


 幸ちゃんを介して本多君と連絡を取り、日付はかなり急だが翌日の木曜、場所は深沢高校にほど近いチェーンの喫茶店に決まった。以前、幸ちゃんとお茶をした喫茶店の別店舗だ。



 そして、当日。時刻は四時を少し回った頃、あたしたちと本多君は喫茶店の前で落ち合った。入店し、軽く自己紹介を済ませる。本多君は、明るめの髪にピアス、軽く着崩した制服という、チャラそうで、いかにも人気者そうな風貌の少年だったが、なぜか機嫌がすこぶる悪そうだった。深沢高校はテスト期間真っ只中らしいので、だからだろうか。


「とりあえず注文しようか」

 カナがウインナーココア、あたしが紅茶に決め、残る本多君に「決まった?」と問いかける。すると、

「いや、オレは別にいいっす」

 と愛想のない一言が返ってきた。


 入り口の黒板に六月のおすすめとしてさくらんぼのチーズケーキが描いてあったのを思い出し、勧めてはみたが、これも「オレ、チーズ嫌いなんで」とすげなく断られてしまう。


 一人一品は注文しなくてはならなかったので、最終的にはしぶしぶカフェオレを注文していたが、その後も本多君の態度は変わらなかった。


 予備校からの帰り道、背中にブラックコーヒーを掛けられたこと、部活のジャージに掛けられたのでクリーニングは必要なかったものの、目立つ染みになってしまったこと、そのため体操服に着替えてから家に帰ったこと、現場には空のコーヒーの缶が転がっていたことは辛うじて教えてくれたが、その後は何を訊いても、「特に」「別に」の一点張り。他の被害者を知っているか訊いた際には、顔を背けられることもあったくらいだ。ちなみに、カナは不機嫌な高校生に怯えまくって、ろくに口を開けていなかった。


 挙句の果てには、「オレ、もう帰っていいすか」の一言とともに、本多君は財布を取り出し、ファスナーを開ける。その時、隙間からレシートが一枚ひらりと落ちてきた。


「あ」

 レシートは地面を滑り、カナの足元で止まった。ずっと固まっていたカナも、さずがに足元のレシートを無視してしまうほどでなく、身をかがめて、拾おうとする。


 レシートを拾い上げたカナは、驚いた様子で口を開いた。

「本多さん、もしかして『アレブル』お好きなんですか?」

「え?」

「……は?」

「だって、レシートが」


 カナは「あっ、勝手に見てしまってすみません」と軽く謝りを入れると、レシートをテーブルの上に置く。覗き込んでみると、木那製菓のチーズクッキーを三袋だけ購入していた。日付は昨日。何となく話が見えてきた。


「今チーズクッキー三袋買ったら、おまけでミニ色紙貰えるキャンペーンやってるじゃないですか。さっきチーズ嫌いって言ってたのに、チーズクッキーを三袋も買ってたから、そうかなって。私も『アレブル』好きで、チーズクッキー買ったので」


 途端、本多君ががばっと顔を上げる。なんだなんだ。

「え⁉︎ 『アレブル』好きなんすか⁉」

「はい、大好きです!」


 唐突な態度の変化に戸惑いつつも、カナがにっこりと笑って答える。すると、本多君は急に目を輝かせながら身を乗り出さんばかりの勢いで話し始めた。


「マジすか! オレ、めっちゃ好きで!」

「私もです!」

「あのミニ色紙、競争率ヤバくなかったっすか?」

「うちの近所のコンビニはまだ無事でした。本多さんのとこはもう全滅ですか?」

「瀕死です。アレテーの最後の一枚死守してきました。サルウォとダクルオンは全滅で、エレウテリアがまだ何とかって感じっす」

「うわー、お疲れ様です!」


 唐突な盛り上がりを見せるカナと本多君。要するに本多君は「アレブル」が好きで、同じく「アレブル」好きのカナと共鳴を始めたということか。

 ……何だこの展開。



 二人はしばらく盛り上がり、カナが「あっ、優衣ちゃんごめん!」の言葉でようやく終わりを見せた。


「いや、まあ、別にいいけど。もう同じものが好き同士で話したいことはないの? もしあるなら、気が済むまで話したら?」


 カナは人見知りなだけで、最初の「親しくなる」という関門さえ突破できれば、人と会話をするのは好きなタイプだと思う。せっかく共鳴できる人がいたのだから、気が済むまで喋ればいい。


「優衣ちゃん……!」

 しかし、あたしの提案は本多君に遮られた。

「あ、の。ちょっと待ってください」

「ん?」

「ふぇ?」


 本多君は、最初の不機嫌な表情とも、先ほどまでの楽しそうな表情とも違う、秘密を告げるような表情で訊いてきた。


「その……高倉さん達って、二次創作とかBLに抵抗あったりします?」

「大丈夫です。優衣ちゃんは?」

「多分、大丈夫。けど、それがどうかしたの?」


 あたしたちの答えを最後まで聞くと、本多君はぼそっと呟いた。

「不審者の件について、話します」

「え?」

「へ?」


 そして、本多君は驚くべきことを話してくれた。

 不審者の被害に遭ったのは、本多君を除くと合計三人。その全員が本多君の友達なのだという。


「最初、何で言ってくれなかったんですか?」

「だって、言うにはオレが腐男子だって言わないといけなかったから」


 「フダンシ」とは、「腐男子」ということで合っているのだろうか。つまり本多君はBLが好きだ、と。しかし、それが不審者事件とどう関わって来るのだろう。


「オレと被害に遭ったやつら、みんな同じLINEグループのメンバーなんすよ。その……腐男子のグループなんすけど、同じ予備校の同級生三人とオレで、去年作ったグループっす。誰にも言ってなかったんすけど、それがどっかから漏れて、そのLINEグループのメンバーが狙われたんだと思います」


「最初から言ってくれればよかったのに」

 言うと、本多君の目つきが変わった。腹を立てている目だ。


「だって、腐男子ってだけで馬鹿にして来たり、あらぬ疑い掛けてくる奴がいるじゃないすか! 単にBLが好きなだけなのに、同性愛者と勘違いして、気持ち悪がって来たり。普通に同性愛者の人にも失礼なんだけど。マジでありえねえ。

 てなわけで、高倉さん達が偏見を向けてこないとも限らなかったから、黙ってました」


 なるほど。最初の不機嫌さと、他の被害者について訊いた時の強い拒絶に得心が行った。そして、それを「アレブル」トークでカナがほどいた、と。


「あれ、でも私も同じ被害に遭ったんですけど、本多さんとは今日が初対面ですよ? 他の被害者の方も多分誰も知らないと思います」


 きょとんと首をかしげるカナを見て、そう言えばそうだと思い至る。もし本多君のLINEグループのメンバーが狙われたわけではなく、本多君が通う予備校の生徒が狙われていたのだとしても、カナは無関係だ。


「オレも山岸から『私の先輩達に陽希君を紹介したいんだけど』って言われた時は何でだろうって思ってました。てっきりLINEグループのメンバーだけが狙われてるんだと思ってたので、他にも被害を受けた人がいるって思ってなくて。でも、さっき話して思ったんすけど、これ、オタクが狙われてるんじゃないすか?」

「え?」

「だって、高倉さんとオレ達の共通点ってそれしかないじゃないすか。オタクは犯罪者予備軍だと思ってる、時代遅れなやつが犯人なんすよ、きっと」


 憤慨している本多君の言葉に思わず眉根を寄せてしまう。本当にそうなのだろうか。


 確かに、カナと本多君の共通点は漫画などが趣味であるという点しかない。が、今の時代にそんなことをする人がいるのだろうか。今は漫画やアニメが好きでも、そこまで排除されるとは思えない。あたしがオタクではないから実感が湧かないだけなのだろうか。


 横目でカナを見やると、あたしと同じように何とも言えない顔をしていた。疑問が残っている顔だ。流石に本多君の予想は無理があるようだ。となると、カナと被害者の高校生たちに他に共通点があるということになるが、これと言って何かあるとも思えない。これは、思った以上に謎が深まってしまった。

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