4-9 分かりましたね?
金属が軋むかすかな音で、不意に意識が呼び覚まされた。重い瞼を薄っすら開けると、ローテーブルの向かいの座椅子で舟を漕ぐ祐也が目に入る。座椅子は、キィ、キィと一定のリズムで軋む音を立てていた。
はて、あたしは何をしていただろうかと考え、はっと思い出す。
「あ」
どうやら、原稿作業の見張り中、「いったん休憩するから、優衣も休め」と言われ、そのままうっかり寝てしまったようだ。
あたしが溢した声は思いのほか大きかったらしい。祐也が「ん?」と気の抜けた声と共に舟漕ぎを止めた。
「ごめん。職務怠慢だった」
座椅子の上で完全に体を起こしたのを見てから、すぐさま謝罪の言葉を入れる。祐也は頭の後ろをガシガシ掻きながら、
「いや、俺も寝ちゃってたし、原稿も一段落したからもうだいじょぶ。もう夜中だし、そのまま寝といたら? あ、待ってろ。タオルケット出してくる」
「いや、そこまでしてもらうわけには」
座椅子から立ち上がろうとする祐也を手で制す。
数日前は寒い日もあったが、最近はそうでもない。何もなくたって、充分眠れる。屋根のある場所とソファを貸してもらって、さらにタオルケットまで出してもらおうなどと図々しいにもほどがある。
「え、そう?」
「うん。ありがと。祐也は?」
「俺ももう寝よっかな。……本当にタオルケット要らないんだな?」
「うん。おやすみ」
まだ納得のいっていなさそうな顔の祐也の背中が寝室に消えたのを見届けた後、あたしもソファの隅で丸まって、目を閉じた。
そして、翌日。
なし崩し的に一晩泊めてもらったが、さすがに二日以上タダで居座り続けるのは迷惑極まりないだろう。今日こそは、カナのもとへ行かなければならない。とは言え、どうすればいいのだろう。どうすれば、カナへの償いができる? 昨日の祐也の「普通じゃない?」という言葉も思い出し、さらに考えがまとまらなくなる。
時刻は午前九時を少し回った頃。玄関先でバイトに行く準備をしながら考える。今日は一日バイトの予定を入れている。今祐也の家を出たら、もうカナのもとに行くしかなくなる。
悩む時間を確保するように、スニーカーの靴紐を結んではほどき、結んではほどきしていると、後ろから声が降ってきた。
「もしまだ家帰りにくいなら、しばらくはここに帰ってきてもいいからな」
「え?」
振り返ると、祐也が歯ブラシ片手に立っていた。空いた左手で、側頭部の寝癖を撫でつけつつ、
「さすがに一か月とかは無理だけど、数日なら俺もそこまで気にならないし」
ありがたいが、そこまで甘えてしまっていいものだろうか。いや、流石に良くない。ネットカフェはお金がかかるし、やはり野宿か、と思っていると、
「間違っても、こないだみたいにベンチで寝ようとするなよ。絶対な」
思考を見透かしたかのように、唐突に恐ろしく低いトーンで言われた。その威圧感に押され、あたしは、
「あ、はい……」
としか言えなかった。
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