4-8 深夜の密談(カナ視点)
時刻は深夜一時を回った。電気を消したままぼんやり起きていた私は、けたたましい音で着信を知らせたスマホに一度肩を跳ね上がらせた。しかし、画面に「赤月さん」の文字を見ると、すぐさま飛びつき、応答ボタンをタップした。噛みつくように叫ぶ。
「あっ、赤月さん! 優衣ちゃんは⁉」
『おお、びっくりした。だいじょーぶ、ちゃんと保護しました。今はソファでうたた寝してる。高倉さんの関与も特に疑ってないと思うよ』
「ああ、良かったです……」
ほっと胸をなでおろす。良かった、何事もなく保護されたようだ。
何があったかというと。
夕方、お父さんに出くわした優衣ちゃんの様子がおかしくなったので、私は心配になり、優衣ちゃんのバイトが終わる時間に《ふれーず》まで出向いた。あの様子なら、家に帰りたがらない可能性が高かったからだ。
案の定、優衣ちゃんは春木野第一公園で足を止め、動かなくなってしまった。しかし、私は避けられている身だ。下手に話しかけに行くと、逃げられてしまうかもしれない。ということで、赤月さんに事情を話し、優衣ちゃんを保護してもらえないか頼んでみたのだ。赤月さんは二つ返事で了承し、原稿作業の見張りという名目で優衣ちゃんを保護してくれることになったのだ。ちなみに、赤月さんは非常に真面目かつ臆病な性格ゆえ、締め切りに遅れそうになることはほぼないらしく、原稿は実際にはもう仕上がっているらしい。
そして、無事保護できたら、連絡をいれてくれることになったので、連絡を待っていたというわけだ。
良かったあ、と気の抜けた息を吐いていると、赤月さんは確認するような口調で訊いてきた。
『というか、優衣を保護する役割、本当に俺で良かったの? 仮にも俺、優衣に、その、片思いというか、その、アレなんだよ?』
「いやあ、優衣ちゃんに手を出す度胸、赤月さんにはないだろうなって思ってたので」
『高倉さんさあ、広哉あきらと赤月祐也で対応違いすぎない? 一応同一人物なんだけど』
「でも、手は出してないんですよね?」
『……おっしゃる通りです。俺にはとても無理です。……そもそも大変な時に、どうこうしようとするのは絶対に嫌だし』
赤月さんは苦々しく言い切った。電話越しだけれど、顔をしかめているのが簡単に想像できる。赤月さんが誠実な人で良かった、と心の底から思った。
「それで、優衣ちゃんが逃げ出した理由って分かりましたか?」
私は優衣ちゃんの保護を頼む時、あつかましいのは充分承知の上で、優衣ちゃんが私を避けた理由を聞き出してもらえないか、ということも頼んだのだ。
赤月さんは先ほどまでの表情豊かな声から一転して、冷静に告げた。
『分かったよ。雅秀さんが高倉さんの悪口を優衣に言ったらしいんだけど、それに反論できなかったどころか、あまつさえ同意までしちゃったんだってさ。だから、罪悪感で、顔を合わせられないんだと思う』
「そんな……気にしなくていいのに」
悪口陰口の類はもう言われ慣れている。優衣ちゃんが気に病む必要はないのに。
『一応、俺なら気にしない、とは言っといたけど。あ、あと、優衣から話を聞き出す時に、高倉さんの悪口言っちゃった。ごめん』
「え?」
赤月さんは私の悪口を言わなければならなかった経緯を手短に話すと、念を押すように言った。
『もちろん本心じゃないからね? 演技演技』
「大丈夫ですよ。優衣ちゃん、私が悪口言われること、嫌がってくれたんですね」
『おう。悪口言い続けたら、すぐ口割ってくれた。それとさ、聞き間違いかもしれないんだけど、優衣がやったことは別に普通だよって言った時、『情けなくない?』って言われた気がすんだよな』
「情けない?」
『なんか、子供みたいな顔してた』
ぼそっと赤月さんが呟く。子供みたいな顔、かあ。
優衣ちゃんが何を考えていて、何に苦しんでいるのか、現状をどうしたいのか、まだ分からないけれど、普段の様子とは違うことだけは分かった。
私に何かできることはないだろうか。
『とりあえず明日、もうちょいいろいろやってみるわ』
「お願いします」
電話越しの赤月さんには見えていないけれど、私はスマホを耳に当てたまま、とりあえず深く頭を下げた。
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