1-8 世の中、上手くできている

 十分ほど経ったろうか。

 恨みがましく軋みながら、更衣室の扉が開く音がした。扉の影から姿を現したのは世にも清楚な美少女。


 水色のバレッタでハーフアップにされた黒髪はさらりと流れ、肌は透き通るほど白い。眉に掛かる程度の厚めの前髪の下には、潤んだ黒目がちの瞳。真っ白な膝丈ワンピースと淡い水色のカーディガンを薄い体に纏っている。


 彼女は小さく口を開いた。かと思うと。

「優衣ちゃん、何てことしてくれたの‼︎ こうなること分かっててやったよね、ね‼︎」

 喚き始めた。

 次いで頭を抱えて、がたがたと震える。

「怖かった……」


 何が起こったかというと。

 まず、《ふれーず》の店長は服飾が好きで、男女を問わず着せ替え人形のように着替えさせるのが大好きである。


 そして次。カナは幼い頃から対人コミュニケーションが苦手で、それゆえ人と目を合わせなくて済むよう前髪を長く伸ばすようになった。その結果、自分の容姿に自信を失くし、着飾ることが嫌いになった。


 最後に、あたしはカナにバイトを妨害され、何かしらの報復をしたかった。店長がこの時間になると、更衣室の衣装ケースをいじりながら昼休憩を取るのを知っていたあたしは、店長を利用した報復計画を思いつく。


 カナを更衣室に押し込んで、適当に言葉を弄すれば、きっと店長はカナを着飾らせる。そうすると、あら不思議。店長は着せ替え人形で遊べて大喜び、あたしはカナへの報復ができ、せいせいするというわけだ。

 世の中、上手くできてるなあ。


 それにしても、カナが美少女だということを始めて知った時は、大層驚いたものだ。いつだったかはもう忘れたが、前髪を上げて目元が見えた時の衝撃は凄まじかったのを覚えている。人間の印象は、大方が目で決まっていると言っても過言ではないと、その時知った。


 ちなみに美少女だという自覚は、カナには一ミリもない。小さい頃から前髪が長く、自分の顔を直視することがあまりなかったからだろう。いや、むしろ自信のなさからあえて鏡を見ることを避けていた可能性もある。とりあえずその思い込みはかなり強い。


 カナは顔を両手で押さえて何やら呻いていたが、今度は口をくわっと開いた。

「こんなに前髪短くなって……お外に行けない‼︎」

「お嫁に行けない、みたいに言うな」

 別にそんな短くもないだろうに。むしろ長めに残してもらえている方だと思う。店長も大人だ。本人の意向をそれとなく考慮してくれたのだろう。


 カナが革製の腕時計をちらと見やる。

「あっ、そろそろ行かないと!」

「まだ早くない?」

 時刻は二時二十分。約束の三時までまだ結構ある。駅中のファミレスはここから十分もかからないし、随分とせっかちだ。


「yukiNoさんの弟さんに会うんだよ! ちょっと、いや、だいぶ早いぐらいの方が良いよ‼︎」

 そうですか。勝手にしてください。


 強張った表情で、カナが言う。

「じゃ、じゃあ。い、いい行ってきま、す」

 そして、おぼつかない足取りでぱたぱたと店を出て行った。


 さて、と。


 カナの後ろ姿を見送ったあたしは、ツインテールにした髪をほどいて、フリルのついたエプロンを外した。

 次に休憩室へと向かうと、リュックを探って自転車の鍵の存在を確かめる。


 よし。

 行くか、ファミレス。


 せっかくの機会だ。うちの美少女の反響がどれほどか、見ておきたい。

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