3-7 自白

 翌日の放課後。ほんのりと暮れた空の色が入り込む生徒会室で、あたしは教室中央の長机の前に座っていた。


 本当は高倉さんが話を付ける予定だった。が、部外者が話に入るとこじれるかもしれないこと、人見知りの高倉さんが震えるほど緊張していたことから、当初の予定とは変わって、あたしが話を付けることとなったのだ。


 放課後、二組の教室前でホームルームが終わるのを待ってから、生徒会長に「話したいことがある」と告げると、彼女は「生徒会室で待っていて」とだけ言った。


 まだ来ないのだろうか、と時計を見やる。暇つぶしがてら、高倉さんを前にした際に時折感じる落ち着かない気分について考えていると、建付けの悪いドアががたがた鳴りながら開いた。振り返ると、涼しい表情をした岸井さんが立っていた。

「ごめんなさい、掃除がちょっと長引いて」

「いや、大丈夫だよ」

 岸井さんは手慣れた様子で、あたしの向かいにあるパイプ椅子を引いて腰かける。


「……生徒会役員の仕事って、前の文化祭で終わりだったよね。生徒会室って使ってもいいの?」

「ええ、次の生徒会選挙までは一応籍自体は置いてあるから」

「へえ、そうなんだ」

 お互い探り合いのような、上っ面だけの言葉を投げ合う。しかし、ずっとそうしているわけにもいかない。


「……あの、さ」

 返事はない。あたしは続けた。

「文化祭三日目の朝、何してたか、教えてもらってもいい?」


 岸井さんは黙ったままだった。

 ああ、口を割る気はないのかもしれない、とそう思った時、

「橋本さんのバイトの告発をしたのはわたしよ」

 無感情な声が埃っぽい空気を切り裂いた。


「……え」

「あなたが考えている通り、わたしがあなたのバイトを密告した犯人ってことよ」

 唐突な自白にただただ戸惑った。そんなあたしの様子は気にも留めずに、岸井さんは続ける。


「本当にごめんなさい」

 頭を下げられた。


「え、ああ、うん……」

 曖昧にうなずくしかないあたしに、岸井さんは静かに口を開く。

「一つ、訊いてもいいかしら。どうやってわたしまでたどり着いたの?」

「あ、それは……」


 あたしは高倉さんの推理と、昨日あったことを手短に話した。

「そう……」

 岸井さんは軽く目を伏せながら言った。しかし、すぐさま顔を上げるときっぱりと告げた。


「本当にごめんなさい。芸能活動のことを学校に知られると面倒なことになると思って。それで、お詫びに何をしたらいいかしら」

「いや、別に見返りは求めてないよ。しいて言うなら、あたしがバイトしてることを誰にも言わないって約束してくれるだけでいい。そうしたら、あたしも岸井さんが芸能活動してることは誰にも言わない。あと、あたしの無断バイトを密告したことも」

「そう。本当にありがとう。そして、本当にごめんなさい。約束は、絶対に、守るわ」

 それだけ言って、岸井さんは生徒会室を出ていった。


 知らず知らずのうちに息が詰まっていたらしい。喉の奥から固い息が漏れ出た。

 パイプ椅子にもたれかかって、さきほどまでのことを回顧する。


 岸井さんの言葉には徹底して感情が匂わなかった。ただ、「約束は絶対に守る」という言葉の「絶対に」の部分にだけ、押し殺したような熱が見えた気がした。そして、その熱に触れた時、あたしはまた落ち着かない気持ちになった。これは一体何なのだろう。

 加えて、同じタイミングで強烈な引っ掛かりも感じた。しかし、この正体も見当がつかない。何だろう……。


 思考の海に沈みそうになったその時、扉の方からがたっという音が聞こえた。見ると、扉の隙間から見慣れた長い前髪の生徒の姿が見える。

「高倉さん」

 立ち上がって扉を開くと、高倉さんがおずおずと姿を現した。


「どうしてここに」

「さっき、岸井さんが生徒会室から出てくるのを見て……生徒会活動は今休止中って聞いてたので、もしかして橋本さんと話してたんじゃないかと思って来ちゃいました。すみません……」

「別に謝ることじゃないでしょ」

「それで、岸井さんとはどうなりましたか?」


 こてんと首を傾けて、高倉さんが言う。あたしはさきほどまでの思考は一旦脇に置いて、答えた。


「岸井さんがあたしのバイトの件を他の人に言わない代わりに、あたしも岸井さんの芸能活動と告発の件は誰にも言わないって、約束してきた」

「あ、そうなんですね。良かった」

 高倉さんはほっと胸をなでおろす。一瞬高倉さんに引っ掛かりのことを相談しようかと思ったが、その引っ掛かりをどう説明すればよいか分からなくて、あたしは結局口を閉じた。


「まあ、全部解決したし、帰ろ」

「はい、そうですね。……あれ、何か落ちてませんか?」

「え?」

 高倉さんの言葉に生徒会室の中を振り返ると、岸井さんが座っていたパイプ椅子の下に薄い青色の何かが落ちているのが見えた。

 近寄って、しゃがみ、拾い上げてみる。

「……生徒手帳、ですか?」

 後ろから見ていた高倉さんが声を上げる。

「うん。多分岸井さんのだと思う」

 一応中を確認してみると、


 〈氏名 岸井ひなか (17歳)

 生年月日 平成××年 2月 24日生〉


 とある。岸井さんのもので正解だったようだ。


「さっき落としたんでしょうか? また今度届けないとですね」

「そうだね」

 岸井さんの生徒手帳をとりあえずスカートのポケットに入れると、あたしたちは生徒会室を後にした。

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