4-11 分かりましたね?パート2(カナ視点)
結局水曜日になっても、優衣ちゃんは帰って来なかった。一応メッセージを送ると、「大丈夫だから」などの短い返事はくれる。これは避けられ始めた先週の土曜日から変わらない。けれど、これ以上は何もない。赤月さん曰く、「多分、自分の中でまだ罪悪感を捨てられないんだろうな」とのことだった。
ただ、心配ばかりしてもいられない。どれだけ精神状況が悪くても、日々の生活は回さなければならない。
スーパーで買い物を済ませ、重い足取りで家路を辿っていると、道の反対側に見慣れた顔が見えた。《ふれーず》のメイドさんであるヒビキさんとウララさんだ。この名前はいわゆる源氏名というやつで、私は本名を知らない。ヒビキさんは黒髪ポニーテールと赤縁眼鏡が印象的な美女で、ウララさんは茶髪のショートヘアとくりくりした瞳が可愛い美少女だ。
結構な頻度で《ふれーず》に顔を出している上、同僚と同居しているとあってか、二人は私のことを知ってくれていたらしい。ヒビキさんから手を振られた。ウララさんも小さく会釈してくれる。おどおどしながらそれに応じていると、二人は、というよりヒビキさんがこちらに近づいてきた。ウララさんもそれに続く。
「おー、カナちゃんじゃん。やっほ」
「どうも、カナさん」
「あ、えと、ども。えと」
「大丈夫だって。取って食べたりしないから。やだなあ」
「あ、あはは」
「余計怖がらせちゃってません?」
ウララさんがメイドさんの時とは異なる、冷めた口調で言った。
ヒビキさんは「もー、失礼だなー」と言いながら、「あ、そうだ」とポケットに手を突っ込んだ。その中をごそごそと漁り始める。
「カナちゃんにこれあげる。手、出して」
「え? は、はい」
おずおずと両手を出すと、ヒビキさんはその中に何かをぽとんと落とした。見てみると、缶バッジだ。ボロボロの格好をしたピンク髪の女性がかっこよく銃を構えている姿が描かれている。
「これは……『BURN UP』の缶バ、ですよね?」
「そうそう」
ヒビキさんはうんうんとうなずく。
『BURN UP』とはスマホでプレイできる
どうしてこれを私にくれるのだろう。私もゲームの類はするけれど、『BURN UP』は完全未プレイだ。映画も観ていない。
私が首を傾げて固まっているのを見て、ヒビキさんが同じように首を傾げた。
「あれ? じゃあ、アタシがあげた缶バの貰い手ってカナちゃんじゃないの?」
「え?」
「いや、ちょっと前にね、橋本から何かもう要らないアニメとかゲームのグッズ持ってないかー、って訊かれて、『BURN UP』のグッズならあるけどって言ったら、それくれませんかって言われたんだよ。だから、カナちゃんが『BURN UP』にハマって、そのプレゼントとして欲しがってると思ってたんだけど」
「特に何も貰ってません。ほんとに優衣ちゃんがそう言ってたんですか?」
「うん。缶バとかキャラクターのTシャツとかいろいろあげた。クリアファイルとポストカードは大丈夫ですって断られたけど。……本当に貰ってないの?」
「はい」
二人して首をかしげていると、ウララさんがさして興味なさそうな様子で言った。
「そーいや、優衣さん、二日ぐらい前に店長からピンク色のウィッグ借りてましたよ。『今週の土曜日のバイトの時に返します』って言ってました。なんか目覚めたんですかね?」
「え?」
缶バッジにキャラクターの描かれたTシャツ、ピンクのウィッグ。少し考えてみる。……もしかして。いや、さすがに考えすぎだろうか。……でも。
「あ、の、すみません、急用ができたので帰ります‼︎ えっと、貴重な情報、ありがとうございました‼︎」
私は頭を下げると、あっけにとられた様子の二人には申し訳ないけれど、大急ぎで家路を走り始めた。
私の推測が当たっているかは分からないけれど、優衣ちゃんはもしかしたら、例の不審者を捕らえるため、おとりになるつもりかもしれない。
優衣ちゃんが受け取ったのは一目で「BURN UP」のファンだとはっきり分かり、且つ身に付けられるものばかりだ。クリアファイルとポストカードは断ったというから、おそらくこれは確定のはず。そして、「BURN UP」のアニメ版主人公と同じ髪色のウィッグ。動機はよく分からないけれど、優衣ちゃんは、自分をオタクに見せかけて、不審者をおびき寄せるつもりかもしれない。
とりあえず家に駆け込み、中に優衣ちゃんがいるかどうか確認する。いたら、直接問い詰めようかと思っていたが、やはりまだ帰ってきにくいようだ。
ひとまず赤月さんに電話を掛ける。
「あっ、あの赤月さん! 優衣ちゃんって帰ってきてますか?」
『まだだけど……どうかした?』
緊張を含んだ様子の赤月さんに、私は不審者の件や優衣ちゃんが企んでいるかもしれないことをかいつまんで話す。赤月さんは最後まで黙って聞くと、低い声で言った。
『それマジ?』
「まじです。いや、まだ憶測なんですけど。
優衣ちゃんは私みたいな考え無しじゃないので、多分不審者の正体は危ない人じゃないと思うんです。本当に危ない人なら、しかるべきところに相談するはず。不審者、もしかしたら優衣ちゃんの知り合いなのかもしれない」
この可能性はかなり高いと思う。偶然不審者に遭遇する可能性はかなり低いので、不審者をおびき寄せるには、自身の位置を知らせなければならない。つまり、優衣ちゃんが連絡を取れる相手ではないのか、と。
赤月さんは、数回困ったように呼吸すると、
『無理な気はするけど、一応訊いてみる』
と言ってくれた。
私たちは一旦電話を切った。赤月さんは優衣ちゃんが帰宅し次第、土曜日の予定を聞き出し、連絡をしてくれるそうだ。
大体三時間後に、電話がかかって来た。応答をボタンをタップすると、赤月さんはもどかしそうに息を吸って、開口一番苦々しく、
『やっぱり無理だった。『特に何もないけど』としか。そりゃ、止められるの分かってて言わないよなあ』
「いくら優衣ちゃんが大丈夫だと判断した相手でも、何が起こるか分かりませんし……どうしよう」
私は、一度俯いて考える。何か良い方法は……そうだ。
「こうなると、当日優衣ちゃんを尾行するしか」
『尾行⁉』
「ひっ⁉」
電話越しの素っ頓狂な声に、私も素っ頓狂な声を上げてしまう。
『高倉さん、正気?』
赤月さんは、ありえないといった声音で言った。
でも、それほど悪い案でもないと思うのだ。
「だって、これなら、危ないことがあった時に止められるし、なんなら例の不審者の隙を突けて、有利に捕獲できるかもしれないですし、一石二鳥ですから」
今のところ、例の不審者がナイフなどの危険なものを使っていたという話はない。それに、優衣ちゃんが自らをおとりに不審者を捕えようとしているという話は私の予想に過ぎない。事を大きくしたくてもできないのが現状だ。奇襲なら、運動神経の悪い私でもなんとかできるかもしれない。
『た、確かに……』
赤月さんは、ためらいがちにだけれど、同意を示し、
『……じゃあ、俺もついていく』
「え⁉」
なんてこった。そんなつもりではなかったのだけれど。来てほしい、と言っているように聞こえてしまったろうか。
赤月さんは、心底不安そうに言った。
『だって、正直高倉さんだけだと、心配なんだけど。高倉さんって、高校の時の体育の授業で、バスケットボール顔面から受けてたよね?』
「いや、でも奇襲すれば、私でも……」
『五十メートル走、十三秒代だったよね?』
「……それは、その」
『移動教室の時、階段でいっつも息切れしてたよね? 美術の授業で筋肉痛になってたよね?』
「何でそんなに覚えてるんですか‼」
恥ずかしい。穴があったら入りたい。
『いや、インパクト強かったから……。というか、何で美術で筋肉痛になるの? 原理は?』
「……絵筆を持って、ぶれないように固定してたらそうなりました」
『そうなんだ……まあ、てなわけで、俺も同行します。異議無いですね?』
「……はい」
子供を諭すような言い方に、私は頷くほかなかった。
それから私たちは土曜日のことについて話し合った。
まず、優衣ちゃんが赤月さんのアパートを出たタイミングで、赤月さんが私に連絡を入れる。赤月さんのアパート前で待機していた私が優衣ちゃんを一先ず尾行。私が尾行している間に、赤月さんも家を出て、途中で合流する予定だ。赤月さんは既に優衣ちゃんに探りを入れているため、怪しまれている可能性がある。そのため、まずは別行動することになった。
また、当日何かあった時のために、私は小型スタンガンを貸してもらえることになった。何でも、以前漫画の資料用に人から譲ってもらったのだと言う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます