3-4 視聴覚室の推理
翌日、昼休み。
あたしは紗希と春香に断って、弁当箱を持って視聴覚室へ向かった。
高倉さんがどのようにして犯人を炙り出そうとしているのか気になったのだ。とは言え、あまり期待もしていない。高校生の推理など、お遊びの枠を出ないだろう。
高倉さんは昨日と同じ席で、クリームパンをかじりながらスマホをいじっていた。部屋に入って来たあたしを見て、首を傾げる。
「橋本さん、ど、どうかしましたか?」
「いや、進捗どうかなー、と思って。それと、情報提供に」
「情報、提供?」
高倉さんはまた首をこてんと倒す。あたしは高倉さんの向かいに座ると、弁当箱を開きながら言った。
「そう。犯人は多分、生徒会役員のうちの誰かだと思う」
「それはまた、どうしてですか?」
深沢高校の文化祭は一、二日目は行内開催だが、三日目は外部のホールを押さえて、文化部がステージ披露を行う。そのため、一般生徒はホールに直接集合するが、ステージに出る文化部と全体の指揮を執る生徒会役員は学校で準備をしてからホールに向かうこと、しかし、文化部は職員会議が始まる前にホールに向かうので、職員会議の間に職員室に忍び込めるのは生徒会役員しかいないことを伝えた。
「なるほど、そうなんですね」と呟いた高倉さんが、美味しそうにクリームパンを一口かじる。その様子を見ながら、あたしは言った。
「あたしの態度が昨日とばっつり変わったのに、何にも言ってこないんだね」
「へ?」
「ほら、昨日のあたし、もっと優しいっていうか、人当たり良かったでしょ」
外面が剥がれたことについて何かしら言われると思っていたのだが、結局高倉さんは一度もあたしの態度の変化に言及しなかった。それどころか高倉さん自身の態度も変わらない。
高倉さんがうーんと唸ってから、慎重に口を開いた。
「確かに、昨日『見返りは何?』って訊かれた時、急に人が変わったなー、今までのは演技だったんだー、とは思いましたけど……。橋本さんにとっては、そっちの方がいいのかなって思ったので」
「そっちの方がいい?」
「私がいることで、橋本さんが自分を偽らずに済むなら、むしろそっちの方がいいかなって。だって、自分を偽るのって、疲れるでしょう?」
「……」
言われたことのない言葉だった。自分を偽らないと、「周りからおかしいと思われるよ」と言われてきたのに。それなのに――。
「あ、あと、橋本さんみたいな華やかな美少女に、冷たくされるのもなんかいいなあって」
……そっちが本音か。
呆れを多分に含んだため息をこぼすと、高倉さんが
「というか、昨日と言えば、橋本さんの意見をろくに聞かずに暴走しちゃって、ほんとにすみませんでした!」
と言って、唐突に頭を下げてきた。
「昨日? 意見?」
「あれ、覚えてないですか? ほら、私の好意を一方的にぶつけたり、橋本さんの意見も聞かずに『犯人見つける』とか言ったりしましたよね、昨日」
「ああ、それくらいなら、別に。高倉さんにいろいろ言われて、戸惑いはしたけど。別に不快に思ったわけじゃないし。」
そう言うと、高倉さんはほっと胸をなでおろした。
「ああ、良かったです……。私、昔から暴走して周りが見えなくなることが多かったんです。それで、人に迷惑を」
「そうなんだ。確かに、高倉さんが取る行動を嫌だって思う人は一定数いるかもね」
「う……」
小さく呻く高倉さん。あたしは腕を組み、「けど」と続けた。
「どんな方法であれ、何かを守るために行動できるのって凄いことでしょ。それに、少なくともあたしは不快に思わなかったから、別にあたしの前では好きなようにやってくれていいよ。
それで、犯人捜しの進捗はどう? 何か分かった?」
少し呆けたような顔をしていた高倉さんは、あたしの問いかけに我に返ったように答える。
「あ、えっと。やみくもに犯人を探しても意味がないので、とりあえず『どうして密告をしたのか』を考えてみたんです。そこから犯人を絞り込もうかと。
密告した理由として考えられるのは、脅迫、もしくは嫌がらせです」
「理由……」
昨日、生徒指導室で聞いた理知的な口調で、高倉さんが話す。あたしは箸箱から箸を取り出しつつ、その先を促した。
「まず、脅迫。弱みを作ることで、金銭などを要求するものです。でも、これは多分違います。普通、『第三者に秘密を知られたくなければ、金を寄越せ』となるところを、犯人自ら第三者に橋本さんの秘密——《ふれーず》での無断バイトを知らせているので」
なるほど。確かに教師を通さずに、あたし本人に脅しをかけなければ意味がないのに、犯人はそうしなかった。ということは、犯人に何かを脅し取ろうという気はまったくないということか。
「続いて、嫌がらせ。これには三パターンあると思います。一つ目が経済的な嫌がらせ。バイトを辞めさせて、経済的に困窮させる嫌がらせです。でも、バイトしないといけないなら、届け出を出して堂々とバイトすればいいだけです。無断でバイトする必要はないわけです。
二つ目は先生からの人望を失わせる嫌がらせです。でも、これも多分違います。無断バイトは校則違反ですけど、犯罪ではないですし。それに、橋本さんの今までの品行方正さを考えたら、無断バイトくらいならお釣りが来ます」
「まあね。あたし、教師からの信頼厚いし」
「おっしゃる通りです」
高倉さんが力強くうなずく。一種のボケだったのだが、スルーされてしまった。
何とも言えない気持ちで白和えを口に運びながら、高倉さんの話に耳を傾ける。
「そして、三つ目が生徒からの人望を失わせる嫌がらせ。要するに、『あいつ、無断バイトしてたぜー』って言いふらして、周りの生徒から橋本さんに向けての評価や人望を下げる嫌がらせです。でも、これもないと思います。校内で橋本さんの無断バイトの件が一切話題になってないからです。学校の裏サイトでも話題に上ってませんでした。多分、学校側がかなり厳重に情報を管理してるから、橋本さんが無断バイトで呼び出されたことを誰も知らないんです」
「あー」
里芋の煮付けを箸で切りながら、思わずうなずく。確かに、ミーハーな春香あたりには触れられるだろうと身構えていたが、結局誰も無断バイトの件については触れてこなかった。
「ていうか、うちの高校に裏サイトなんてあるんだ」
どうやら件の裏サイトを見ているらしい。スクロールパッドを人差し指と中指でなぞりながら、高倉さんは答える。
「ありますよ。一部の人しか使ってませんけど。でも、これ見てたら、結構無断バイトしてる子、多いんですよね。親にも内緒でって人も多くて。保護者からの同意書なんて、いくらでも偽造できますし」
「へえ、そうなんだ」
他にも無断バイトしている生徒がいるなんて、知らなかった。あたしは氷山の一角でしかなかったのか。
高倉さんが唇を尖らせて言う。
「なんか、不公平ですよね。他にもいっぱいバイトしてる人がいるのに、橋本さんだけ呼び出されて」
「まあ、ちょっと運が悪かっただけだよ」
いなすように言ったが、高倉さんはますます納得いかないと言った表情になる。
「でも、なんか態度が腹立つんですよ」
「態度?」
「はい。なんか『無断でバイトしてるオレ、カッコいい!』みたいな」
「あー」
お年頃だし、そういう馬鹿なやつが出てきてもおかしくないだろう。どうせ数年後には綺麗な思い出になっているだろう。
「中でもひどいのは、ハンドルネーム“湿地のライオン”です」
「誰それ」
「誰かは分かんないですけど、今二年生の生徒会役員っぽいです。今年で晴れてセブンティーンみたいなこと言ってるので。その人の書き込みがひどいんですよ。
どうやら今年の一月、無断バイトが増えてきたから学校で取り締まろうって話になって、生徒会役員と生徒指導教員の間で話し合いがあったらしいんですよ」
そうだったのか。そんなことも知らず、のうのうとバイトしていたとは我ながらなかなか恐ろしい。
「その話し合いの時に、無断バイトの前科がある生徒を監視したり、無断バイトが多い地区の見回りをした方がいいんじゃないかって意見が先生たちから出たらしいんですけど、この湿地のライオンは自分がバイトしてるのバレたくないから、『先生たちの負担が心配』とかそれらしいこと言って、その意見を却下させたらしいんです。そこまでは許容範囲ですけど、『うちの高校は無断バイトで呼び出されても、適当にバイト辞めますって言えば解放してくれるから、これでもう無敵』とか『オレのおかげで、無断バイト前科ありの奴は監視の目からすり抜けられた、感謝しろ』とか書いてるんです!」
「そういう年頃だからしょうがないよ。というか、嘘でも『バイト辞めます』って言えば、解放してもらえるんだ」
「みたいですね。生徒会役員の間では有名みたいです」
勝手が分からないから、怯えすぎていたが、実際はそんなに適当だったのか。
「それで、推理の続きは?」
「あー、腹立つー!」とほおを膨らませる高倉さんに続きを促すと、高倉さんははっと口を押さえて、恥ずかしそうにうつむいた。しかし、すぐさま顔を曇らせる。
「とりあえず考えてみたんですけど、案が全部潰れちゃったんですよね。でも、他に密告した理由がなかなか思いつかなくて……それに、そもそも橋本さんが誰かの恨みを買うタイプには見えないし」
事実、恨みを買わないようにそつなくこなして来た。正直なところ、全く心当たりがない。
それにしても、お遊びの枠を出ないと思っていたが、結構本格的な話になってきた。内心で感心していると、「そう言えば」と高倉さんが口を開いた。
「橋本さんって、何で《ふれーず》でバイトしてるんですか?」
「え? あー。高校入学してすぐくらいの時に店長にスカウトされて。で、春木野って、うちの高校の生徒がほとんど来ないでしょ?」
春木野以外の地区なら、それなりにうちの高校の生徒を見かけるが、春木野ではとんと見かけない。おそらくうちの高校にオタクが少ない上、高校の近くに小規模ではあるもののアニメショップがあるからだろう。わざわざ二駅先の春木野まで遠征してくる生徒はいない。高倉さんは春木野によくに来ていたようだが。大方高校近くのアニメショップが小規模すぎて満足できなかったとか、そのへんだろう。
「てわけで、春木野ならバイトしても学校にバレにくいし、ここでなら大丈夫そうって思って。結局バレたけどね」
つらつらと最後まで喋ったあと、高倉さんが「あ、そういう意味じゃなくて」と気まずそうに声を上げた。
「バイトしてる理由の方です。遊ぶお金欲しさにバイトするタイプに見えないし、何でなんだろうって」
「何、で……」
さっきまですらすら喋れていたのに、急に言葉に詰まった。
「えっと……」
「あ‼」
何でもいいからそれらしい答えを言おうとすると、唐突に高倉さんが叫んだ。
続けて、あたしに向けて人差し指をびしりと突きつける。
「それですよ!」
「え、え?」
「犯人はどうしてバイトしている橋本さんの写真を撮れたんだと思いますか?」
興奮した様子の高倉さんが昨日のように詰め寄って来る。先ほど自分でした質問の存在は遥か彼方に飛ばされてしまったようだった。興奮しすぎて手に力が入っているらしく、クリームパンが高倉さんの手の中で窮屈そうに身を捩る。
それにしても、「どうしてあたしがバイトしているところを写真に収められたか」とはどういうことだ?
「そんなのたまたま見かけたからでしょ? 春木野を歩いてて、たまたま……」
そこまで言って、自分の言葉に引っ掛かりを覚えた。犯人はたまたま春木野を歩いていた?
あたしの言葉が止まったのを見て、高倉さんがうんうんと嬉しそうにうなずく。
「そうです。春木野は世に言うオタクの街。わざわざやって来る人なんて、限られています。『遊び場所探してて、たまたま来ちゃったー』って、場所でもないです。だから、犯人は定期的に春木野に出入りしていたんだと思います。そう考えると、無断バイトを告発した意味も分かってきます」
「告発した意味?」
首をかしげると、高倉さんは淀みなく言葉を続ける。
「先手を打ったんですよ。
犯人は春木野に定期的に出入りしていたけれど、何らかの理由から春木野に出入りしていることを周囲の人間に知られたくなかった。しかし、春木野で橋本さんがバイトしているのを見つけてしまう。いつ橋本さんに自分の姿を見つけられて、周囲の人間に言われるか分からないという不安を抱えた犯人は、あることを考えたんです」
「あること?」
「《ふれーず》でのバイトを辞めさせて、橋本さんを春木野から追い出す計画です。だから、犯人は写真を撮って、学校に無断バイトを告発したんです」
「なるほど……で、犯人が春木野に出入りしてることを知られたくない何らかの理由って何?」
春木野に出入りしていることを知られたくない理由が、あたしには一切思いつかなかった。まさか、犯人は隠れオタクで、オタクであることを隠したかった、なんてことはないだろう。同じ高校の生徒を売ってまで、隠さなければならないとは思えない。
高倉さんは静かに告げた。
「断定はできませんが、おそらく橋本さんと同じ理由が考えられるんじゃないかと」
「同じ……あ、無断バイト?」
「はい」
高倉さんが力強くうなずいた。
なるほど。犯人の無断バイトを目撃する可能性の高いあたしを春木野から追い出すため、写真を撮って、学校を通して《ふれーず》を辞めるよう仕向けてきたということか。しかし。
「でもさ」
あたしは口を開いた。高倉さんがふっと顔を上げる。
「春木野でバイトしてることがばれそうなら、別のところでバイト探せばいいだけじゃない?」
確かに春木野でのバイトはバレにくい(あたしは結局バレてしまったが)。しかし、他の地域でも、注意さえすればバイトをしてもバレないだろう。そこまでして、春木野でのバイトにこだわる理由が分からなかった。あたしだって、《ふれーず》にそこまでのこだわりはない。
高倉さんは軽く曲げた人差し指を口に当てて「うーん」と唸ったかと思うと、こてんと首を倒して言った。
「雇う側と雇われる側、どちらにとっても替えのきかないバイトをしているのかもしれませんよ?」
「そんなバイトある? たかだか高校生だよ? 替えなんていくらでもきくでしょ」
「校則によれば、禁止されているのは『バイト』ではなくて、あくまで『金銭を稼ぐ行為』ですし、バイト以外の可能性もあると思います」
バイト以外の金銭を稼ぐ仕事……。
「あっ、高校生起業家!」
「もし
「……じょ、ジョークじゃん」
あまり考えなしに喋るものではないと思った。
「なかなか思いつきませんね……替えのきかない、バイト以外の金銭を稼ぐ行為」
「バイト以外、ねえ」
二人して唸っているうちに予鈴が鳴った。時間切れだ。
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