4-6 バイト?

 がたがたの心理状況のままバイトに突入したが、慣れ故にミスをすることは一度もなかったのが我ながら皮肉で、滑稽だった。


 そうして本日分のバイトを終え、家路を辿ろうとしたが、どうも足が重い。

 カナのもとに帰るか? いや、カナに何と言えばいいのか分からない。じゃあ、今すぐ父にあの発言を取り消すように電話してみるか?


 ふらふらと歩き、春木野第一公園にたどり着く。ベンチに座って、スマホを取り出し、とりあえず父の電話番号を表示してみるが、どうしてもコールボタンに触れることができなかった。


 何と情けない。この期に及んで、まだ自分が可愛いのだ。自分の感性がずれていると思われるのが嫌で、否定されるのが怖くて、間違えていないと言い切る勇気がなくて、逃げようとする。優しい人の悪口一つ撤回できない。


 経済的に自立できてから父と対峙する機会を設けるというも、結局ただの言い訳になってしまった。いや、最初からそのつもりだったのかもしれない。機会を先延ばしにするだけの口実。岸井さんや高倉さんへの嫉妬に気づいた時、すぐに機会を設ければ良かったのに、そうしなかったのがその証拠だ。どうせ、逃げていただけだ。ずっと問題に向き合っている振りをして、自分自身すら欺いて、先延ばし続けて。情けない情けない情けない。


 スマホを手に持ったまま、ベンチでうなだれる。

「……もう自分に失望したくないのに」

 ぽつりと言葉が漏れる。ああ、みっともない。


 今日はもう野宿でもしようか。今は六月だし、一日ぐらいなら乗り切れるはず。

 ベンチの上をポケットティッシュで軽く拭い、横になってみる。よし、案外いける。そのまま目を閉じようとした時。


「おーい? 何しようとしてんの⁉」

 右斜め前の草むらからがさっと音がして、ぬっと人影が現れた。その姿を見て、あたしはぽかんと口を開ける。


「祐也?」

 そこには、ラフな赤いTシャツに、太縁の眼鏡を掛けた祐也がいた。


 そう言えば、祐也は目が悪かったから、いつもコンタクトだったなあ、とどうでもいいことを思い出しつつ、身を起こす。


「何でここに」

「それはこっちのセリフなんだけど」

「いや、ベンチ座ってただけじゃん」

「今確実にベンチで寝ようとしてたよな? 目、閉まってたもんな?」

「気のせいだよ。あ、分かった、祐也、今目疲れてるんでしょ?」

「話逸らすな」

「それは祐也もでしょ。さっきあたしが何でここにいるか訊いたの、はぐらかしたじゃん」

「散歩だよ」

「本当に?」

「マジマジ」


 ぶんぶんと首を振る祐也。少々、挙動が大きい気がするが、気のせいだろうか。とは言え、特に居場所を知らせたりもしていないので、本当に偶然なのだろう。昔から祐也はあたしを前にすると、なぜか挙動不審になることが多かったので、それと同じようだ。


「まあ、もう遅いし、早く帰れよ」

「うん、分かってるよ」

 と言いつつも動く気配を見せないあたしに、祐也は後頭部をガシガシ掻きながら言った。


「……もし暇ならさ、バイトしない?」

「は?」


 祐也は今度は盆の窪あたりに手をやって、心底疲れた様子で言った。

「今さ、結構原稿が期限ギリギリなんだけど、どうも筆が乗らないんだよ」

「原稿って、『2ハナ‼』だっけ。それの?」

「おう。だから、俺が寝たり、サボったりしないように、見張っててほしいんだよ」

「見張り?」


 思わず首をかしげる。見張りすることだけがバイト?

 あたしの仕草をどう勘違いしたのか、祐也が念を押すように言う。


「もちろん謝礼は出すよ」

「いや、見張るだけなのにお金貰う訳には」

「誰も金出すとは言ってないけど」

「じゃあ、ボランティアじゃ」


 祐也は両手をぱっと広げ、いたずらっぽく笑って見せた。

「夕食の提供。これでどう?」


 あたしは自分の腹部に目を遣る。バイトの休憩時間はバタバタしており、夕食を食べる時間はなかった。最後の食事は昼時のパスタと海老一つだ。お腹はかなり減っている。夕食を事実上タダで食べさせてもらえるのはありがたい。


「な、頼む。この通り!」

 祐也が目をぎゅっとつむって、ぱちんと手を合わせてくる。


 迷った末、

「……あたしで良ければ」

 祐也からのバイトを承諾した。

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