第12話 変わらないはずの放課後(1)
しかし、そんな和樹の考えはあっさりと覆されてしまうことになる。
「……付き合ってくれませんか」
思春期の男子高校生なら容易く勘違いしてしまいそうなフレーズを、彼女は細々と呟いたのだった。
──────
和樹はいつも通り、放課後に夕食の買い出しをするため、帰宅途中に近所のスーパーへと向かっていた。
今日の夕飯は何を作ろうか、と考えながらスマホの料理アプリを起動する。
「手軽に置き換えヘルシーレシピ」や「ササッとパパっと定番料理!」などといったコラムを気の向くままに眺めて、しばらく悩んだ末に、今日はオムライスに挑戦してみるということに決定した。
(上手く作れるといいけどな……)
和樹は1人暮らしを始めてから、基本的に料理は自分で作るようにしていた。体調が優れない際はコンビニ弁当やサプリメントで済ませてしまうこともあるが、それ以外は自分で献立を考えたり、調べたりしている。
自分で作れた、という達成感を比較的手軽に得られるからか、料理は和樹の日常の中での1つの趣味となっている。
しかし、それらの料理の腕はまだまだ発展途上であり、週に1、2回のペースで失敗作を作ってしまうことも多い。
つい先日も、焼き魚の焼き時間の調整を間違えて、形の悪い炭くずを生み出してしまったばかりだ。
それ以外にも、あめ色玉ねぎを黒焦げ玉ねぎにしたり、乾麺を水から茹でてグズグズになってしまったりと、失敗の種類は多岐にわたる。
そんなこんなで本日の献立が決まったので、スマホを鞄のポケットに入れようすると、誰かに背中をツンツンと指先でつつかれていることに気づく。
(……なんだ?)
こそばゆい感触に耐えかねて、その場で振り返ると、和樹の目線より少し低い位置に見覚えのある銀髪が揺らいでいた。楓華だ。
楓華は和樹と目が合うと、どこか安堵したように頬を緩ませ、ほっと息をついていた。
「よかったです……。無視されてるのかと思いました」
「……俺は無視してたつもりはないんだけど?」
「じゃあ、なんですぐに気づいてくれなかったんですか」
楓華は不満げに眉をうっすらと寄せてながら、腰に手を当てていた。どうやら機嫌を損ねてしまっているらしい。
そう言われて、和樹はひとまず自分の行動を振り返ってみる。
学校から出た後、スーパーに向かいながらスマホを電源を付け、しばらく料理アプリを眺めながら歩いてきた。
……眺めながら、歩いてきた。
料理アプリを見るのに気を取られて、楓華の呼びかけに気づかなかったということだろうか。
「……いつから後ろに?」
「あそこの曲がり角ぐらいからですね」
楓華が指さした場所は、今の和樹達がいる場所からおよそ五百メートルほど。つまり少なくとも7分程は和樹の後ろをついてきていたということになる。
「何度呼んでも返事がないので、私も不安になります。……迷惑かけすぎて避けられてると思いました」
迷惑かけてる自覚はしてましたけど、と弱々しく呟きながら、楓華は視線を足元に落とした。
「わ、悪い。そういうつもりはなかったんだ。ちょっと夕飯何にするか考えてて」
「……そうなんですか?」
「あぁ。スマホでレシピ調べてたんだ。こんな感じのやつ」
無視していたつもりはないという証明も兼ねて、和樹は眺めていたスマホの画面を楓華に見せた。その画面には、肉じゃがや和風サラダといったの簡単かつ美味しい料理の面々が映し出されている。
それを見た途端、楓華の朱色の瞳が大きく見開かれた。そして、和樹の顔とスマホの画面を交互に見ながら「わぁ……」とまるで幼い子供のような反応を見せる。
「これ、九条さんが作るんですか」
「そうだな。だから今その買い出しに行こうと思ってて」
「……そうですか」
何故か残念そうに肩を落とす楓華を横目に、和樹はそもそも何を話してたんだっけ、と本題に戻ることにした。
「そういえば天野さんは俺に何か用事?」
「あ、それなんですけど……」
「ん?」
「……付き合ってくれませんか」
和樹には一瞬、その言葉の意味が分からなかった。恐らく今、きょとん、という言葉がしっくりくる顔をしている気がする。
(付き合うってどっちの意味だ? いや絶対付き添いの意味だろうけど)
すると、和樹の脳内で謎の口論が発生し、「付き合うとはどういうことか」という哲学的な内容の言い争いを始めた。
我ながら実に単純な男だな、と和樹は苦笑してしまう。
「……夕食の買い出しに」
「ですよね」
「え?」
「いやすまん。なんでもない」
その後に続けて発せられた言葉に、和樹はそっと胸を撫で下ろした。
どうしてそんなに紛らわしい言い方をした、と突っ込みを入れようとしたが、楓華の表情を見る限り自覚はないようなので喉まで出かかった言葉をそっと飲み込んだ。
「……」
「九条さん、どうしました?」
「あ、あぁ。考え事してた」
「……それで、その……返事は」
続けて発されたこの一言も無自覚でやっているとなるとそれはそれでタチが悪い気がしなくもないが、それだけ楓華がピュアな少女であるということなのだろう。
「いいよ。俺も行く予定だったし」
「よ、よかったです」
和樹がそう答えると、楓華はぱっと表情を明るくした。
別に頼むなら和樹でなくてもいいのではないかとは思ったが、ここで聞いても余計な一言にしかならないだろう。
「それじゃあ行こうか」
「……よろしくお願いします」
(まぁ最寄りのスーパーは一緒だし、関わる機会が全くない、ってことはないか)
───カシャッ
「え?」
「天野さん、どうかしたか?」
突然楓華が振り返ったので、和樹もそれにつられて後ろを確認した。
しばらく辺りを見渡したが、特にこれといったものは見当たらなかった。
「いや……誰かが居た気がしたので」
「すぐ近くに公園あるし、子供が歩いてたんだろ。多分気のせいだと思うけど」
転校してきたばかりなので、公園の場所を楓華が知らないのも無理はないだろう。
「そ、そうなんですかね」
「そんなことより、早く行かないと特売セールの品が無くなるかもしれないし、急ごう」
「九条さんって意外と節約家なんですね」
「1人暮らしだからな」
「……なら、私と一緒ですね」
そう言うと楓華は、何故か静かに口元を緩め、柔和な笑みを浮かべた。
理由は分からなかったが、その笑顔を見ていると、自然と胸の中に熱が宿っていく感触があった。
どこか、懐かしい感覚だった。
〘あとがき〙
どうも、室園ともえです。
今回も読んでくださった方々、本当にありがとうございます。
そろそろ総合型選抜とかいう入試の期日が迫ってきていて「やべぇなんで今ネット小説書いてんだろ」って焦っていますがこれが楽しくて楽しくてやめられないんです。
もうちょっと緊迫感というか緊張感というか、そういった意識を持つべきですよね。
ちゃんと真面目にやります。やってます。
よろしければ、フォローや感想、指摘や★評価や♡など、お願いします。
次回は明日投稿予定です(真面目とは)
それでは、また。
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