第19話 ギブアンドテイクはテイク多めに(1)

 楓華と真治に看病された翌日には、和樹の体調はほぼ回復していた。


 本来であれば朝早く起きて登校の支度を始めなければならないのだが、幸い、今日は祝日であることを思い出す。


 助かった、と息を吐きながらほっと胸を撫で下ろしていると、お腹が空腹を訴えるようにぐるるると情けない音を立てる。


(……腹減ったな)


 ぐるぐると空腹を訴えてくる腹をなだめるように擦りながら、和樹は台所へと向かった。


 あまり手の込んだものを作る気にはなれなかったので、とりあえず目玉焼きとトーストでも焼こうと冷蔵庫を開けた。


 すると、見慣れないタッパーが幾つか並んでいることに気付く。


 忙しい時に備えて作り置きをしておくことはあるが、和樹の記憶では最近は比較的時間にゆとりがあったので、冷蔵庫内に並べられている品々を作った覚えはない。


(こんなの置いてたっけ……)


 誘われるようにその内の1つを手に取ると、1枚の小さな紙が貼り付いていた。


『簡単なものですが、幾つか作っておきました。よかったら召し上がってください』


 そこには、昨日も見かけた丁寧な丸文字で一言、そう書かれてあった。


 恐らく、というか確実に、楓華が作っていったものだろう。


(……本当に、頭が上がらないな)


 昨日の看病だけでも十分有難いというのに、翌日のことも考えて作り置きまでしてくれていたとなると、感謝を通り越して罪悪感すら抱いてしまいそうになる。


 ギブアンドテイクはテイク多めに、とは言うが流石にこれは多すぎやしないだろうか、と苦笑する。律儀にも程がある。


 タッパーの中身を確認してみると、肉じゃがやサラダなど、簡素ながらも丁寧に作ったことがうかがえる品々がそれぞれ詰められていた。


 学校に持っていく弁当用に冷凍していた米を解凍した後、楓華が作ってくれていた肉じゃがを温め、リビングのソファに腰かける。


 温め終えたタッパーを開けると、ふんわりと食欲をそそる香りがリビングを満たした。


 ジャガイモを基本とした野菜と豚肉が煮られたものだ。煮汁の色は薄めで、あまり濃い味付けを好まない和樹には有難い限りだった。


 コップに注いだお茶をゴクリと飲み干し、まずはジャガイモを口に運ぶ。


「……美味しい」


 分かってはいたものの、やはりそう言わずにはいられなかった。


 味付けは薄めだが、きちんと素材の味を活かされている。野菜に染み込んだだしが絶妙で、噛み締めるごとに旨みが溢れ出してくる。スッと口の中を突き抜ける味の深みが、今まで食べてきたものと段違いだ。


 和樹が作ったとしても、絶対にこの味にはならないだろうと断言出来る。


 野菜はどれも柔らかく、少し舌に力を込めればほろりと崩れていく。この感覚がまた心地よく、癖になってしまう。


 ほかほかの米と共に口に運べば、胃の中には幸福感が広がっていく。


 もし和樹がこの料理の点数を10点満点で付けるとしたら、なんの躊躇いもなく満点を差し出すだろう。そう考えてしまう程に、ただひたすらに美味しくてたまらない。


 文字通り、とりこにされていた。


 その後も殆ど無心で食べ進め、気付けば、タッパーの中身は空になってしまっていた。


「……ごちそうさまでした」


 箸を置き、食後の挨拶を済ませば、空腹を満たしたお腹が幸福感をこれでもかと主張してくる。


「……これが、あと3回は食えるのか」


 冷蔵庫の中身を確認した際、タッパーは5つ程並んでいた。全て中身を見たが、他にも主食として食べることが意図された料理ばかりだったので、分けて食べれば3食分程になるだろう。


「そりゃあ、女神だなんて呼ばれても誰も文句言わないよな」


 本人が知っているかどうかは不明だが、成績優秀、スポーツ万能、優美高妙ゆうびこうみょうをはじめとした噂が校内には日々飛び交っているので、和樹もそれを耳にすることがあった。


 クラスが違うので詳細は不明だが、とにかくそれらは彼女を賛美するような内容のものが殆どだ。


 白雪姫だの、アイドルだの、才能の原石だの、日々新しい愛称か増えていっている。


 その内の1つには、時折見せる笑顔が女神のように美しいということから、一部の生徒から女神様と呼ばれているというものがある。


 流石にそれは言い過ぎではないか、と和樹は先程までは思っていたのだが、あながち間違いでもないのではないかと感じてしまう。


 知っている限り一切の欠点が見当たらない完璧な美少女である楓華を女神と例えても、文句を付ける輩はそうそう出てこない筈だ。


(まぁ……本人に女神様なんて言ったら怒られそうだけど)


 彼女は自分の実力が優れていることを他人に誇るような性格ではないことを、和樹はよく知っている。


 そんな彼女を下手にたたえるようなことをすれば、間違いなく不快にさせてしまうに違いない。


 そんなことはしたくないな、という思いを胸の内に収めながら、和樹は空になったタッパーを洗い始めるのだった。



〘あとがき〙

 どうも、室園ともえです。

 今回も読んでくださった方、本当にありがとうございました!


 今年が最後の機会なのにカクヨム甲子園のお題がなかなか決まらない……やべぇ。


 今のところ、思い出を振り返りながら互いの大切さを改めて実感していく日常系ラブコメを書こうとしているのですが、如何いかんせんオチがまとまらなくて……。


 明日からまた頑張ります。


 もしよろしければ、フォローや応援、★評価や感想など、お願いします。


 次回はまた来週に投稿します。


 ぜひお楽しみに。


 それでは、また。

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