第48話 とあるクリスマスの日常(1)

 それから数日後、クリスマスイブがやって来た。


 残念ながらクリスマスと言えど学校は通常通り行われたが、授業は午前中のみだったので大して苦ではなかった。


 ホームルームを終え、寄り道をしつつ家に着いたのは午後3時を少し過ぎた頃。


 辺り一面には雪が降り積もり、ひやりとした肌寒い風が緩やかに吹いている。


 一切の濁りのない純白の白に染め上げられた外の様子は、綺麗という言葉だけでは表現できない程に幻想的な景色となって街を様変わりさせていた。


 ぞくに言うホワイトクリスマスだ。


 再び肌を撫でた冷たい風に、油断していたらまた風邪を引いてしまうかもしれないな、と和樹はかじかんだ手に息を吹きかけた。


 真治と由奈は今日という日を待ちきれなかったのか、帰りのホームルームが終わるのと同時に家に直帰し、事前に用意していたというパーティーグッズを抱えて和樹の家に集合していた。


「おーい、遅いぞ和樹」

「なんで俺よりお前らが早く着いてんだ」

「だって待ちきれなかったもん。私たちが今日という日をどれだけ楽しみにしてたのか、和樹には分からなかったのかぁ」

「少なくとも俺よりは楽しみにしてたってのは分かるな」


 和樹が帰りに由奈に頼まれたケーキを取りに行っていたとはいえ、真治と由奈の家は和樹の家からかなり離れている。


 どうやってここまで来たのかを尋ねると、真治が親に予め事情を話していたらしく、前日から荷物を車の中に詰めて、家に帰ったら速攻で出かけることができるように準備していたとのことだった。


 どうやら、本当に楽しみにしていたらしい。


「だからって2人とももう三角帽子かぶってんのかよ。家に入ってからでいいだろ」

「いいじゃん。和樹のも買ってきてるよ?」

「はいはい家の鍵開けるからちょっと扉から離れてくれ」

「なんか和樹ノリ悪くない? 私そんな子に育てたつもりないんだけど」


 一応和樹としてはテンションは高い方なのだが、由奈にはそうは見えないらしい。


「お前に育てられた覚えもねぇよ。ほら、外で待つのは寒かっただろうし早く入れよ」


 和樹が鍵を開けると、真治と由奈は家の中へと飛び込んでいった。


「「お邪魔しまーす!」」


 真治も由奈も、今日はいつにも増してテンションが高い。日頃の3倍は騒がしい。


 由奈は割と平常運転な気がしなくもないが、今回は日頃は割と落ち着いている真治さえも和樹から見ても分かりやすいほどテンションが上がっている。


「ねぇねぇ、和樹の部屋に入ってもいい?」


 荷物を自分の部屋に置いていると、由奈が部屋の入口から顔を覗かせていた。


「そういえば由奈は和樹の家に来るの初めてだったな」

「うん。思春期の男子高校生の部屋ってどんな感じか気になるんだよね。和樹、駄目かな?」

「まぁ……入ってもいいぞ。でも、別に面白いものなんて何も──」

「再びお邪魔しまーす!」


 和樹の言葉を最後まで聞くことなく、由奈は自分の荷物を廊下の隅にまとめて和樹の部屋へと身を滑らせていった。


「付き合ってるわけでもない男の部屋なんて覗いて何が楽しいんだか」

「細かいことは気にすんなよ。それより、まずはパーティーの準備しようぜ」

「そうだな」

「あ、和樹。これ渡しとく」


 そう言って真治が持参していた袋から取り出したのは、由奈と真治がかぶっているものより明らかに派手な帽子だった。


 水色や薄桃色といったパステルカラーによって装飾されたシルクハットのような帽子に「MERRY CHRISTMASメリークリスマス」とでかでかとした刺繍ししゅうわれており、根暗な性格である和樹がかぶるには精神的なハードルがかなり高い。


「なんだよこれ」

「3人分の三角帽子探したんだけどさ、運悪くて2つしかなかったからそれの代用品」

「代用品の割には1番派手なのはなんでだ」

「今日の主役ってことで」

「別に俺の誕生日でもないんだから主役とかないだろ」

「いいのいいの。家を貸してもらってるんだから、実質和樹が主役ってことで」

「意味がわからん」

「せっかく買ったんだしとりあえずつけてみろよ。おっ、サイズぴったりじゃん」


 一応抵抗を試みたがやはり真治に力比べではかなうはずもなく押し倒され、半ば強引に派手帽子をかぶらされる。


「……もういいだろ、外すぞ」

「えー。そんなに恥ずかしいか?」

「当たり前だ。こんなの由奈に見られたらたまったもんじゃない」


 真治にからかわれるのは日常茶飯事さはんじなのでどうということはないが、由奈の場合は話が違う。


 彼女の場合、1度ネタにされるとしばらくの間会う度に同じことで笑われる羽目になるので、できる限りそういった事態は避けておきたかった。


 空中大回転男という酷いあだ名を付けられた時にも、由奈には散々いじられて心身共に疲弊していたのは記憶に新しい。


 幸い、由奈は和樹の部屋に入っていたおかげでまだ見られてはいない。


 最悪の事態は避けられたようだ。


「だそうですよ、由奈」

「何それ和樹! こっち向いてよ!」


 そんなことはなかった。


 和樹の部屋探索を終えたらしくリビングに来ていた由奈は、帽子をかぶらされている和樹を見るなりスマホを取り出して写真を撮り始めた。


「俺の写真なんて撮って何に使うんだよ」

「スマホの待ち受けにしよっかな」

「なんでだよ。おい彼氏さん、お前も流石に彼女の待ち受けが他の男になるのは嫌だろ。由奈を止めてくれ」

「別に構わないぜ。俺は由奈が楽しければそれでいいかな」

「まじかよ……」


 恐らく由奈は、和樹が静止させようとしても満足するまではシャッター音を鳴らすのを止めないので、和樹は静かに嘆息してから自分の部屋に向かった。


「あー待ってよ和樹。まだ動かないでぇ」

「じゃあ着替えさせてからにしてくれ。なんか俺だけ制服だし」


 真治たちは家に帰って着替えてきていたため私服だったが、和樹は家に到着したばかりなのでまだ制服を着たままだった。


 由奈はちぇー、と唇をとがらせていたが、「部屋着姿の和樹を撮れると思えばいいだろ」という提案に納得したらしく、スマホを鞄にしまった。


「それじゃ俺たちは和樹が着替えている間にパーティーの準備しとくか」

「そうだねー」

「和樹、皿とかコップ並べてていいかー?」

「おう。食器棚にあるから頼む」


 和樹が自分の部屋に向かい部屋着を取り出そうとしていると、こちらにとてとてと軽快な足音が近づいてくるのに気付いた。


 何の用だ、と後ろを振り向けば、そこに居たのはスマホを構えた真治の姿。


 目が合うのと同時にシャッター音が鳴り、真治は満足気に笑みを浮かべた。


「和樹って意外といい体つきしてんのな」

「……お前ら俺の写真撮るの好きなの?」

「そりゃもう大好きですよ」

「次撮ったらお前飯抜きな」

「え、それは勘弁」


 撮られるのが面倒なので彼らが楽しみにしていた和樹の料理を脅し文句として使ってみたが、意外と効果てきめんだったようで、真治は僅かに頬をひきつらせていた。


「許してください何でもしますから」

「何でもするならリビングに戻って後で使う食器を並べといてくれ」

「イエッサー」


 真治が慌ててリビングへと戻ったのを確認した後、和樹は手早く着替えを済ませて料理を用意するためにキッチンへと向かった。

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