第50,5話 いっそこのまま
「悪い。ちょっとトイレ行ってくる」
「お、どうした。顔色悪いぞ」
「多分、調子乗って食い過ぎたんだと思う」
「この後ケーキもあるんだぞ。大丈夫か」
「分からん。……まぁすぐ戻る」
食事を終え4人で和気
和樹が一時的に居なくなると、リビングはしばらく静かになった。
「……さて。和樹が戻ってくるまでの間、何を話そうか」
「何でもいいよー」
「私も何でも構いません」
先程は由奈が楓華に畳み掛けるように話しかけていたのだが、由奈は既に大いに満足しているらしく、今は自分から話したいこともないようだった。
真治は由奈とであれば日を
前々から話してみたいと思っていたが、いざ対面するとなるとなかなか話しかけづらい。
和樹との関係を尋ねようにも、本人が居ないときに訊くのは心做しか気が引けた。
「うーん、困ったな」
「……すいません。私が居たら話しづらいですよね」
真治が頭を悩ませていると、楓華が申し訳なさそうに肩をすぼめて、しゅん、と
「い、いやそんなことはないんだけどさ」
慌てて否定したが、それ以降は言葉が出てこなかった。
初見の人だろうと、誰とでも仲良く話せることが自分の長所だと今日まで思っていたのだが、案外そうでもないらしい。
気の利いた言葉すら浮かばなかった。
和樹が居てくれればもう少し話しやすくなるので、早く戻って来ねぇかな、と考えてしまう。
「うーん。さっきは私が楓華ちゃんに質問攻めしちゃったからなぁ……。今度は楓華ちゃんが私たちに質問するってのはどう?」
「私たちって……俺もかよ」
「いいでしょ。話題出したんだから文句言わなーい」
「へいへーい。でも急に、さぁ質問しよう、って言ったって何か訊きたいことあるか?」
「それは楓華ちゃんに訊いてみないと分からないじゃん」
突然質問してくれ、と言われて、そう簡単に質問が思いつくだろうか。恐らく、思いつかないか、考えるのに時間を要するかのどちらかになる。ほぼ交流のなかった相手なら尚更考えにくいだろう。
目の前に居るのは、以前に和樹と「高嶺の花」となんの
今までの面識と言えば、転校してきた日に和樹を連れて行って不慮の事故で放り投げてしまったときぐらいだ。
「まぁ、そういうわけなんだが、天野さん。何か俺たちに訊きたいことあるか?」
「……えっと、ないわけではないですけれど」
「何でもいいよ! 好きなお菓子とか好きなラーメンとか好きなパフェとか!」
食べ物ばっかじゃねぇか、と思ったがここで突っ込むと2人で盛り上がってしまい質問しにくくなってしまうだろう、と口を
「好きなものとかではないんですけど……」
「うんうん! なになに?」
由奈が凄い勢いで楓華に迫っていくので、今は止めろ、と片手を軽く引っ張って押さえる。
由奈は真治の胸元に居ると落ち着くらしく、そっとしまい込むように腕で肩を覆うとご満悦そうに頬を緩めた。
その様子を、楓華はどこかほうけた顔で見つめていた。その表情は、真治と由奈がじゃれ合う様子を羨ましそうに感じているように思えた。
まさか、と一瞬だけ想像してみたが、それは先程和樹たちにきっぱりと否定されてしまっていたことを思い出し、すぐに振り払った。
「えっと……田村さんと心音さんは、どういった経緯で和樹く……九条さんと仲良くなったんですか?」
下の名前で呼びあっていることをぎこちなく隠した楓華の質問に、由奈は僅かに頬を緩ませる。
「へー。気になるの?」
「少し参考に……い、いえ。興味があったといいますか」
「興味か……してもいいけど、あんまり楽しい話にならないと思うぞ?」
おそらく脳内で幸せな妄想を膨らませているであろう由奈は放っておいて、真治は僅かに俯いて腕を組んだ。
「……そうなんですか?」
真治の返答に、楓華の表情は少しだけ不安の色を帯びた。
「まぁな。仲良くなった、って言うより、和樹が心を開いてくれるまで俺がしつこく絡みに行った、って言う方が近いからな」
「……心を開いてくれるまで、とは」
「あぁ。本人が居たら言えないけど、アイツに初めて話しかけた日とか、胸ぐら掴まれてガチでキレられたからな」
「キ、キレられた……?」
「あ……勘違いしないで欲しいんだが、そうなった原因は俺だ。話しかけてすぐに胸ぐら掴まれた、ってわけじゃなくて、俺が的確に和樹の地雷を踏み抜いたのが原因でな」
楓華が深刻そうな顔をするので、あぁまずいな、と真治は冗談っぽく話したのだが、逆効果だったらしい。
「和樹くんがそんなに怒るなんて……想像できないです」
「まぁ、色々あったんだ」
「そうなんですね……。すいません、余計な質問をしてしまったみたいで」
「いやいや、別に謝るようなことじゃないって。仕方ない仕方ない」
申し訳なさそうにしている楓華を見て、真治は今の話の続きをするかどうか迷った。
それは、和樹にとってタブーな話題。触れられたくないであろう過去の話だ。
ほぼ初対面の人に、するべき話ではないというのは分かっている。
好きな食べ物とか、観ているドラマとか。初めて話すのだから、そんな感じのありふれたテーマで盛り上がるのがきっと理想的だ。
友人の過去について詳細に、しかも許可なく本人抜きで話してしまうのは、人としてやってはいけない行動だろう。
(……でも、な)
『なぁ九条。なんでお前そんな人生悟ったみたいな顔してんだ?』
『別にいいだろ。お前には関係ない』
『関係ないってなんだよ。なぁ、相談なら乗るぜ? くだらねぇ悩みの1つや2つぐらい、この田村真治様が解決してやるぞ』
『……今、なんて言った』
『相談なら乗るぜって』
『その後だ』
『ん? えっと……くだらねぇ悩みの1つや2つぐらい、この田村し────』
『俺のことよく知りもしねぇクセに、くだらねぇなんて勝手に言ってんじゃねぇぞ』
日頃なら、相手が和樹であれば力勝負で負けることはない。
しかし、あの時は違った。その細い腕からは到底考えられない力が、真治の胸ぐらを掴んでいた。
真治がふと、その
(でも、ここで伝えておかないと、天野さんもいつか和樹の古傷に不意に触っちまうかもしれないしな……)
自分の発言が無意識に相手を苦しめてた、って気づいた時には、手遅れなことが多い。
それを真治は、身をもって実感していた。
「……まぁ、この話はまたいつか機会があったら話そうぜ。本人が居ないところで話すのは、少し気が引けるしな」
話題を変えよう、と由奈に視線を向けると、真治の心情を察してくれたのか緩く顔を縦に振り、楓華の方へと近寄った。
真治ほどではないが、由奈も和樹の過去についてある程度知っている。以前、和樹の承諾を経て断片的に話したのだ。
この話を続けるのは和樹にもクリスマスパーティーの雰囲気的にも好ましくないと分かってくれる筈だ。
「ねぇねぇ、和樹はまだ自分の胃腸と格闘してて時間かかりそうだし、みんなでトランプでもしない?」
「おっ、いいなそれ」
「わ、私もぜひしたいです」
「んじゃ決まり!何して遊ぼっか。この人数だとババ抜きか七並べとかかな」
「あとは神経衰弱とかもできると思います」
「いいじゃん神経衰弱。とりあえずそれしようぜ」
「はーい。それじゃ机にカード広げるからみんなでバラバラに並べてくださーい」
机にカードを裏向きに並べながら、真治は楓華の顔をちらりと覗いた。
透き通るような白銀色の髪に、控えめな性格とは裏腹に
そんな彼女に、和樹はどのようにして心を許したのか。
『……一緒に居て楽しかったから』
本人はそう言っていたが、真治にはどうもそれだけとは思えなかった。異性の話題を出そうとするとすぐに不機嫌になるような和樹のことだから、きっと他にも理由がある気がするのだ。
(まぁ……あくまで想像だし、俺がその理由を考えても検討すらつかねぇんだけどな)
「あの、田村さん。どうかしましたか?」
「あっ、いや悪い。考え事してた」
「次は真治の番だよー。時間稼ぎして私たちの記憶力を削ごうなんていう
「そんなことしなくたって由奈は勝手に忘れるだろうが」
「ひどい! そうやって私を馬鹿にしてぇ……。許さないよ。ねぇ! 楓華」
「えぇ? ……こ、これは許されませんね?」
「おい由奈。唐突に話題振ってっから天野さん困ってんじゃねぇか」
「元はと言えばゲーム中に考え事して私を怒らせた真治が悪いと思いま〜す」
「へいへい大変
誠意が足りないなぁ、と深くため息をつく由奈を横目に、真治は友人がおそらく高校生活で自分と由奈以外に初めて心を開いたであろう楓華に、和樹と今後とも仲良くしてやってくれ、と意を込めて会釈するのだった。
〘補足あとがき〙
投稿を一旦休むと近況ノートの方には書き込んだのですが、この話のPVだけが異様に伸びていたのでこちらにもその理由を付け加えさせていただきます。
実は自分、大学共通テストを終えて今は私立や国公立受験を控えている身なので、生活時間の大半を勉学に割いています。
そのため、自分が受験を終えるまでは執筆を開始することが難しいです。(下書きはあるけど構成や文章の見直しをする時間が無い)
恐らく、更新が再び始まるのは合否が分かる3月末〜だと思います。それまで投稿はお休みさせていただきます。
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