第9話 和樹と楓華と購買パン(1)

 転校生──天野楓華を家に泊めた翌日。


「それでは、今日の授業はここまで」

「起立、気をつけ、礼」


 ありがとうございました、と輪唱めいたクラスメイトたちの挨拶の後、昼休みの開始を告げるチャイムが鳴った。


 しばらくすれば、各々が弁当を持って仲の良いグループと集まり始め、教室内が少しずつ賑やかになっていく。


 和樹もクラスメイトと同じように鞄から弁当箱を取り出そう──として、いつもならそこにあるはずの感触がないことに気づいた。


「和樹〜。飯にしようぜ」


 後ろから真治に声をかけられ、和樹は膝元に鞄を置いてから中身をもう一度確認して、静かにため息をついた。


「なんだ、俺と飯を食うのに飽きたかぁ?」

「違う、そうじゃなくてだな」

「和樹くんも刺激が欲しいお年頃ですもんねぇ……。彼女とか作ればいいのに。毎日が楽しくなるぞ?」

「さりげなく惚気のろけんな。俺は彼女なんて作れるほど顔も中身もスペック高くねぇよ。そもそも興味が無い」

「興味が無いとか言うやつに限ってもう既に目星をつけてたりするんだよなぁ……」

「そんなわけあるか」


 苦笑まじりにからかってくる真治をあしらいながら、和樹は事の顛末てんまつをどう説明しようかと脳内の整理を始める。


 すると真治は、何かをひらめいたのか、近くの空いていた机から椅子を持ってきて座る場所を確保してから和樹にまじまじと視線を向けた。


 こういった時の真治のはやけに鋭いので、下手なことは言わない方がいいだろう。


 日頃、異性に興味がないと言っている和樹が女性を、ましてや校内で注目の的である楓華を家に泊めたと知られれば、真治を含め校内中の男子が敵になってしまう恐れがあるからだ。


「もしかして……俺という優秀な男を差し置いて他の奴に浮気とか?」


 真治のことを一瞬でも警戒した自分が馬鹿らしく思えてしまった和樹であった。


「どの口が言ってやがる……。そもそも彼女がいるのにすぐに他の女に興味を持つお前だけには言われたくなかったな」

「女性に対する知的好奇心が旺盛おうせいだ、と言ってほしい」

「後で由奈に報告しとくか……」

「……ま、まじで勘弁してください和樹様。ってか、話を戻すけど、何かあったのか?」

「あぁ……。それなんだが」

「ん?」


(……さりげなく話題変えやがったぞコイツ。まぁその方が助かるんだけど)


 そう突っ込んでやりたかったのは山々やまやまだったが、先程の件は後ほど由奈に連絡をしておけばいいことなので、和樹は整理し終えた自分の状況について、真治に話すことにした。


「……弁当家に忘れたっぽい」


 早急にり行われた脳内会議の結果、一昨日転校してきた楓華をなんだかんだで家に泊めていたので弁当作りを忘れていた、と真治にそのまま話すと後々ややこしくなりそうなので、弁当を忘れた理由については適当に誤魔化そうということに決まった。


「珍しいな、和樹が忘れ物するなんて。しかも弁当かよ」

「まぁ昨日は……勉強してたからな。寝坊しかけてバタバタしてたんだ」

「まだ期末試験まで時間あるのに?」

「対策は早いに越したことはないだろ」

「それもそうか」


 嘘は言っていない。


 ……実際、勉強していたというよりは、殆ど楓華に教えられていたといったものなのだが。


「確かに今日の和樹は凄かったな。さっきの数学の問題の説明、先生もベタ褒めしてたし」

「ま、まぁな」


 これも付きっ切りで丁寧に教えてくれた楓華のおかげではあるのだが、もちろん言えるはずもなかった。


 不本意とはいえ、他人の成果を自分のものにしているようで、少しだけ申し訳なさを感じながら、和樹はちらりと授業で使ったノートをみやった。


「きっと俺の教え方が上手だったからだな」

「それだけは断じてない」

「ひでぇ」


 和樹が即座に否定すると、真治はなんであれで分かんねぇんだか、とふれくされたように呟く。


 残念ながら、数学に関して真治の教え方はこれでもかと言うほどに参考にならない。


「なんでこの公式を使ったのか」と尋ねれば「この式とその式がズドドドド」と返され、「ここの途中式が分からない」とノートを貸せばアラビア語のような不思議な羅列の文字が書かれている。


 ちなみに「このアラビア語はなんだ」と質問した時には「いやどう見ても連立方程式だろ」と返された。そこには数字もアルファベットも見当たらなかったんですがそれは。


「んで、昼飯はどうするんだ?」

「一応財布は持ってきてるし、今から購買でパンでも買ってくる」

「了解。あ、購買のパンは競争率高めだから早めに行かないと無くなるぞ」

「まじか。急がないとマズイな」


 和樹は鞄から取り出した財布をポケットに入れた。


 購買があるのは、2階の突き当たりにある音楽室の手前の廊下。


 和樹はこれまでに1度も購買に行ったことがないので、その人気がどれ程のものかは風の噂で耳にしたことはあるものの正確には把握していなかった。


 しかし、昼食を食べられないのは流石に午後からの授業が苦しくなってしまうので急いで向かった方がいいだろう。


「俺は1人で寂しく食べてます〜」と唇を尖らせ、不満げに弁当の包みを外し始めた真治をよそに、和樹は早歩きで購買へと向かった。




〘あとがき〙

 どうも、室園ともえです。

 今回も読んでくださった方々、本当にありがとうございます。


 ここからは転校生、天野楓華と主人公である九条和樹の学校生活や放課後の日常を書いていく予定です。


 受験勉強があるため土日投稿という毎日投稿されている方々に比べれば非常に遅いペースですが、ぜひ来週も読みに来てくださると嬉しいです。


 もしよろしければ、フォローや感想、★レビューや♡など、お願いします。


 次回は17日の午後9時に公開予定です。


 それでは、また。

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