第42話 子供っぽいのはお互い様
「あとは水とめんつゆを入れて、豚バラに火が通るのを待ちます」
「みりんは入れないのか?」
「みりんにはでんぷん質を固くしてしまう効果があるので、じゃがいもやお肉が固くならないように最後に入れます。煮魚などの場合は先に入れますけどね」
「そうなんだな。今までは全部まとめて入れてたからなぁ……だから固かったのか」
楓華のアドバイスを無駄にしないように、和樹は胸元のポケットに
「歯ごたえがあったほうが好みなのであれば、わざとみりんを一緒に入れるというのも1つの方法ですよ」
「いや、俺は断然柔らかいのが好きだな」
「ならよかったです」
「おう」
「……最初に聞いておけばよかったですね。柔らかいのと固いのとどちらが好みなのか」
「終わりよければすべてよし、ってことで」
「ふふっ。確かにそうですね」
和樹としては口の中でほろりと崩れる程度の柔らかさが好みなので、特に問題はない。
仮に、楓華が歯ごたえを優先していたとしても、和樹が作るよりよっぽどいいものになると分かりきっている。それを咎める必要はないだろう。
楓華はコトコトと心地いい音を立てる鍋を眺めながら、そわそわと肩を小さく揺らしていた。
「────♪。────♪」
耳をすませば、鼻歌を歌っていることに気づく。
(出来上がるのが楽しみなのか?)
意外と子供っぽい所もあるんだな、と和樹は内心で苦笑した。
「みりんを入れたあとにキッチンペーパーで落し蓋をして、5分ほど煮込めば、肉じゃがは完成ですね」
「やっとか……。ありがとな、楓華。ほんとに何から何まで」
「いえいえ。私は少し手伝っただけですので。物覚えが早かったので助かりました」
和樹は料理を始める前に「俺、かなり不器用だから……お手柔らかに頼む」と念を押して伝えていたおかげか、とてもスムーズに作業が進行した。
何を質問しても親切かつ丁寧に答えてくれるので、和樹としても非常に楽に調理することができた。
本当にいい友人に恵まれたな、と楓華に感謝の念を向けつつ、使い終えた皿や包丁を洗っていると、時刻は午後1時半を過ぎようとしていることに気づく。
「お、そろそろ完成したんじゃないか」
「そうですね。少し遅いですが、昼食にしましょう」
「だな」
楓華の了承を得た和樹は、設定していたタイマーを止めて、食器棚から皿を取り出す。
完成した肉じゃがや楓華が作った常備菜の数々がテーブルに並べられ、食卓が色鮮やかに染められていく。
肉じゃがからは昨日と同様に香ばしい香りが漂っており、空腹感を刺激してくる。
そこに料理の
「美味そう……。ていうか、中華和えってこんな感じなんだな」
「逆にどんなものを想像していたのですか」
「キムチとかタバスコ入れて真っ赤になってる激辛野菜炒め的な」
「流石に断りもなくそんな胸焼けしそうなものは作りませんよ。そもそも私、辛いのはそこまで得意ではないので」
「へー。てっきり好き嫌いなんて全くないのかと思ってたんだが」
和樹の中で、楓華は才色兼備の完璧美女という評価を得ている。なので、苦手なものがある、という
「意外と多いですよ? ナスやきのこ類などは食感が苦手なのであまり食べませんし」
「俺もナスは苦手だな。なんか見た目が毒々しいというか……得意じゃない」
「ですよね。もう少し可愛らしい見た目だったら食べる気にもなるのですが」
「えっと……可愛らしい見た目のナスってどんな感じのナスなんだ?」
「言葉通りの意味です」
「うん、分からん」
楓華の発言に少し困惑しつつも、和樹たちは配膳を済ませ終え、椅子に腰掛けた。
楓華に視線を向けると、何故か和樹の首元を見つめて服の
エプロンを外して、目の前の料理に向かって手を合わせる。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がってください」
柔らかな微笑みを浮かべた楓華は、食事を作り終えた疲労を忘れさせてしまうぐらいに魅力的で、和樹はそれを顔には出すまいと、手元の味噌汁を口につけた。
和樹の家では白味噌を使っていたので味わいこそ違えど、やはり楓華が監修してくれたおかげでいつもより味のレベルが数段上がっている。
沸騰させると味噌の風味が飛んでしまうので火加減には気をつけてください、と釘を刺されていたので意識してみたが、やはり何度もこうべを垂れたいと思ってしまうほどには美味しかった。
顆粒だしの風味もほんのりと味を主張し、バランスのよいものになっている。
同じ味噌汁でもここまで変わるのだな、と感嘆しつつ、他の品にも手をつけていく。
中華和えは醤油の塩味と砂糖の甘さがちょうど良い塩梅になっており、野菜が1口大に切られていることも相まってか、無限に箸が進んでいく。僅かに
そして本命の肉じゃがは、やはりと言うべきか、1番美味しかった。
昨日同じものを食べたとは思えない程に味わいが新鮮で、1つ1つの食材が口の中に放り込まれる度に舌を満足させ、喉を通過していく。
後にくるバターの塩味もいいアクセントになっている。
(こんな美味い味を覚えたら、自分の料理じゃ満足できなくなるかもな)
明日からは自分で料理を作る日々に元通りなので、楓華からテクニックを教えられているとはいえど、今食べている料理より味のランクは下がるだろう。
願わくば、これからも楓華の手作り料理を食べ続けていたい、と思ってしまう。
「……どうした?」
「あっ、いえ……」
和樹が僅かに落胆していると、楓華はこちらをまじまじと見つめていた。
気になって訊いてみれば、顔を緩く横に振りながら、ぱくぱくと箸を進めていた手を止める。
「幸せそうに食べてるな、と思いまして」
そんなことを言われ、和樹は以前に風邪を引いて早退した際に、真治と似たような会話をしたことを思い出していた。
『ほんと幸せそうに食うよな』
『そんなに顔に出てるのか?』
『逆に出てないと思ってるのかよ』
(そんなに分かりやすく顔に出てんのか、俺)
「そんなにか?」
その時の真治への返事と似たような返答をすれば、こくりと小さく頷かれる。
「目が輝いているというか、落ち着きがないというか。言葉にせずとも『美味しい』と感じているのが伝わってきますよ」
「お、落ち着きがない……?」
「子供っぽい、と言うべきかもしれません」
先程の楓華を見た際に、和樹も同じことを考えていたので、思わず咳き込んだ。
それは楓華もだろう、と言いたかったのだが、咳が止まらなかったため、それどころではなくなってしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……お、おう。ありがと」
楓華が慌てて席を立って背中をさすってくれたおかげですぐに調子を取り戻したが、意表をつかれたせいでやけに心臓がうるさかった。
楓華のほうをまじまじと見れば「私の顔に何か付いていますか」と首をかしげられるので、何でもないという意を込めて首を横に振っておく。
(……自覚がないのはお互い様らしいな)
和樹は心の中で苦笑しつつ、再び肉じゃがを口の中へと放り込んだ。
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